「従兄弟?
多いからなぁ」
従兄弟の人数を尋ねられた夫はひとりふたりと指を折ってカウントしてゆき、「...11人くらいかな」と答えた。
「それは多いね...」
「ああ」
夫はTV台の引き出しから爪切りを取り出した。
「じゃあ、一番年上の従兄弟っていくつ?
...あ~、ティッシュを敷いてね」
夫は僕が取って寄こしたティシュペーパーを敷くと、その上でパチンパチンと足の爪を切り出した。
色白で、ごつごつと頑丈で大きな足をしている。
「え~っと...40歳手前だったと思う。
10年以上は会っていないかもな。
あの人...どうなってるだろう...禿げてるかも」
くくくっと一人笑いしている夫を横目に、僕は思う。
大人になれば遠方に暮らす従兄弟とは自然と疎遠になりがちだが、旧家である夫の実家では、季節の節目や祭事ごとに親類縁者たちが集結する機会も多いだろう。
僕と夫夫となったことが発端で、夫は彼らと疎遠になってしまったのだ...と、しんみりしてしまったが、僕は疑問解消の続きに戻ることにした。
「じゃあ、一番年下は?」
「若いぞ~。
まだ5歳か6歳じゃないかな」
「2番目に若いのは?」
「...Jかなぁ。
20歳も飛ぶだろ?」
「......」
Jちゃんは確か、25歳だ。
5歳の子の次はJちゃん...アオ君は17歳。
僕はパチリ、とTVの電源を落とした。
「...アオ君って従兄弟の子供だって言ってたけど、従兄弟って誰?」
「え!?」
爪を切っていた夫の手が止まった。
「ユノの親戚関係を全部把握しなくてもいいし、今までも興味がなかったんだ。
でも、この前Jちゃんと会ったって話したよね?」
「あ、ああ」
Jちゃんにアオ君の教科書を見られてしまったついでに、夫の従兄弟たちについて探りをいれた件については話していなかった。
「その時に、ちらっと訊いてみたんだよ。
ユノの従兄弟について。
アオ君の両親がどんな人なのか興味が湧いてさ。
彼って不器用なのに如才のなさそうだし、人懐っこそうなのに内弁慶だ。
ふわっと、とらえどころがない感じでしょ?」
「まあ...そうだな」
「彼は『溺愛する両親から離れたくて、最終的にここにやって来た』って言っていたよね。
でも僕にはふわっとした違和感があったんだ。
不器用で、僕らの手助け無しじゃ心もとない子なのに、彼の両親の顔が全然見えないんだよ」
「女の子じゃあるまいに。
しょっちゅう電話がかかってきたりしたら、過保護だろ?
溺愛=過保護じゃないと思うけどなぁ。
アオ君をひとり立ちさせるために、一切手出しをしていないだけじゃないのか?」
「...そうかもね。
でもさ、僕、分かったことがあるんだ」
「何を?」
「ユノの従兄弟の中には、アオ君の親に該当しそうな人がいないってこと!」
足の爪を切り終えた夫はティッシュペーパーを捨て、爪切りを引き出しに戻した。
夫はこの一連の動作の間、言葉を探しているように見えた。
「いないって判断したのは?」
「ユノの従兄弟の最年長は38歳だって、Jちゃんが教えてくれた。
でも、アオ君本人が、『両親は50代後半』だって話していたんだ。
そうだったよね?」
「ああ」
「ユノの従兄弟の中には『アオ君の親』はいないことになる。
従兄弟の最年長が38歳。
でも、アオ君の両親は50代。
それならば、従兄弟なのかなぁ、って思ったんだ。
『従兄弟の子供』って僕がきき間違えただけの話でさ。
でも、ユノの話によると、高校生の従兄弟はいない」
僕は前のめりになって、夫の顔を真正面から見つめた。
「ねえ、ユノ」
ズバリ、核心を突くことにした。
「結局さ、アオ君って何者なの?」
「...うっ」
虚を突かれたような夫の表情から、「とうとう来たな」と覚悟の意志も感じられるかも...と深読みすることもできた。
「彼と付き合うのに、素性を知る必要はないけどさ。
僕に知られたくないのだとしたら、詮索すべきじゃないけどさ。
でも...僕とユノは夫夫じゃん。
隠し事したくないなぁ、って思ってるんだ。
僕ばっかり何も知らずに、3人仲良くしていられないよ。
ユノばっかりずるい!」
夫は子供っぽく駄々をこねる僕に弱いのだ。
「う~ん...」
迷っている証拠に、夫は口元を手で覆い視線をあちこちと彷徨わせている。
「謎を謎のままにしておけないのは、小説家の性かなあ。
はははは」
最後のダメ押しで、おどけてみせると、夫は「分かったよ」と、諦めたように肩を落とした。
「...大袈裟な話じゃないんだ。
いや...驚かせてしまうかもしれないと思って、敢えて伏せていたところもあると言えばある。
う~ん、何て説明したらよいか」
「...実はアオ君の両親が亡くなっているとか?」
「生きてるさ」と夫は首を振った。
「ユノの親戚の、誰かの隠し子とか...?」
「チャンミ~ン...。
どうしてそこまで話が飛躍するんだよ?」
夫はほとほと呆れたといった風にがっくりと、額に手を当てため息をついた。
「ユノがちゃんと教えてくれないからに決まってるじゃん。
想像だけがむくむくと膨らんでしまうんだ。
僕って小説家だから想像力豊かなの」
「まぁ...そうだな」
夫は僕から目を反らし、TVのリモコンをいじり始めた。
「説明しづらいんだよなぁ。
俺も最初、信じがたかったんだ。
知らなければ知らないで済む話だし」
「...なんだよ?
怖いなぁ」
胸がドキドキと、手は汗で湿ってきた。
煮え切らない引っかかったような言い方に、僕は焦れてきた。
「...僕、凄いことを考えてしまった」
「なんだよ、その悪い顔は。
怖いんだけど?」
「なんだよ~」
僕は顔を歪ませた夫に近づくと、彼の耳元に囁いた。
「アオ君って...『ユノの子』とか?」
(つづく)
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