~B~
(今日も用意されていない...)
Bはダイニングテーブルを見るなりため息をついた。
ユノがBのために作った料理がラップをかけられてテーブルに用意してあるのが常だった。
用意してあったからといっても、万年ダイエッターのBがそれを口にすることはほとんどない。
口にすることはなくても、ユノがBの帰りを待っていたという証を確認できる安心材料だった。
3か月ほど前から、テーブルの上に何も用意されない日が出現した。
自分への関心が薄れてきたのでは、とBは不安に陥る。
(そっか...今日の場合は3日帰らないって連絡を入れたんだった)
この日のBはむしゃくしゃしていて、虚しさと小さな怒りを抱えていたからユノのぬくもりを必要としていた。
ワンピースを脱ぎ、下着だけになったBは冷蔵庫のドアを開け、直接口を付けたペットボトルから水をがぶ飲みした。
「...気持ち悪っ」
蓄積した昨夜のアルコールが、疲労した身体に堪えていた。
足を引きずるように寝室へたどり着くと、ダブルベッドへうつ伏せに倒れこんだ。
シャワーを浴びる余裕などなく、肌に悪いと分かってはいるけれどメイクはそのままだ。
両脚をこすり合わせ、剥がすようにストッキングを脱ぎ捨てた。
「暑っ...」
エアコンのリモコンを操作し、足元に折りたたまれた薄掛け布団を脚で蹴っ飛ばした。
ユノが整えたベッドはあっという間に乱れてしまった。
(なんだかんだ言ってても、私の帰る場所はユノの元なんだわ)
Bはそう再認識しながら、ずぶずぶと眠りの世界へと落ちていった。
~チャンミン~
ガチャリと玄関ドアを開け音に続いて、僕がいるリビング近づく誰かの気配を察した。
(Bさんだ!)
僕ったら、宅配便の荷物を待つ間にソファで寝入ってしまったようだ。
Bさんの帰りは明後日頃になると聞かされていたから、予定より早い帰宅に焦ってしまった。
(どうしよう...)
寝たふりをしてやり過ごそうか、立ち上がって「初めまして」と挨拶をすべきか迷った。
Bさんは「気持ち悪い」だのため息だの漏らしていて、とても機嫌が悪そうだった。
ソファで背中を丸めて横たわっている僕の存在に気付いていないらしく、僕は気配を消すことに決めた。
入口からリビングを見渡した時、この巨大なソファは背を向けている。
Bさんはよほど喉が渇いていたようで、ごくごくと喉を鳴らして水を飲む音がここまで聞こえてきた。
(...どんな人なんだろう)
ユノさんの彼女とやらがどんな見た目の人なのか気になってきた。
僕は頭にひざ掛けをかぶり、クッションとクッションの隙間から目を覗かせた。
(すごっ!)
僕は心の中で驚きの声を上げた。
ゆるいウェーブをかけた長い髪に、濃い目の化粧に負けない彫りの深い目鼻立ち。
グロスが塗られた唇はぽってりとしている。
こぶし位に小さな顔は細い首に支えられている。
細い腕、細いウエスト、細い白い脚。
(すごっ!)
全部全部完璧だった。
「あ~あ。
まじ疲れた。
寝よ」
Bさんは飲み残しのペットボトルをそのままに、リビングから立ち去ってしまった。
バタン、と寝室のドアを勢いよく閉める音。
とても疲れていたようだから、これから眠るのだろう。
「ふぅ...」
僕は耳をそばたて、寝室のドアが閉まったままなのを確認したのち、そろりとソファから身を起こした。
声をかけなくて正解だった。
ユノさんが不在のタイミングで挨拶したとしても、歓迎されない予感がした。
ほんの十数秒のぞき見しただけの判断に過ぎないのだけど、なんとなく...なんとなく、Bさんは気が強い女性なんじゃないかと思ったのだ。
不意打ちにピンポーンとチャイムが鳴った。
僕は飛び上がった。
実家から送った荷物が届いたようだ。
Bさんが目を覚まし、部屋から出てきたら大変だ。
僕は足を立てないようにつま先だちで、寝室の前を駆け抜けた。
(つづく)
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