(30)No? -第2章-

~チャンミン~

 

来年度のカタログのテーマが決定したところだった。

今年度はユンの彫刻作品が全6号、表紙とグラビアを飾るが、大幅な予算オーバーが不評で、コストダウンが求められていた。

結果、王道で無難なフラワーアレンジメントで進めることとなった。

各号1人、計6名のフラワーアーティストを選定する必要があり、僕らカタログ部総出で目星をつけたアーティストに打診をかけてゆくのが、当面のスケジュールだ。

 

「チャンミン」

 

会議室を出た時、主任(僕の1年先輩にあたる)に呼び止められた。

この主任は三度の飯より噂話が好物な、要注意人物なのだ(主任まで昇進できたのは、社内のあらゆる噂を聞きつけ、うまく立ち回った結果によるものだろう)

社内恋愛をしていた頃、僕とカノジョの仲を社内に広げ、仕事をやりにくくさせ、そんな環境に疲れた彼女は社外の別の男に心変わりしてしまった...そんな過去があった。

 

「何か?」

 

内容の見当がつかず警戒する僕に、主任はニタニタ笑いながら、自販機コーナーへと僕を誘った。

 

「お前は仕事の関係者につくづく弱いんだなぁ。

ちょい前のモデルさんとはまだ続いてるのか?」

「?」

 

前年度版は、僕は主任とペアを組んで動くことが多かったから、当然僕とリアが交際を始めた件を知っている。

そして、広報担当として社内に噂を広めてくれたのだ。

 

「今度は芸術家か...それも...はあぁ...これは参ったなぁ。

見られたのは俺で助かったな」

「?」

 

芸術家か...ユンを指しているのは分かったけれど...「見られた」ってどういう意味だ?

「チャンミンがまさかなぁ...驚いたよ。

黙っといてやるから、気にするな」

 

主任は僕の肩をポンポン叩くと、この場を去っていった。

しばらく僕の頭にクエスチョンマークが飛び交っていたが、「そういうことか!」

 

民ちゃんだ。

 

主任は街中かどこかで、ユンと民ちゃんが揃っているところを目撃したのだろう。

事情を知らないから、見間違えても仕方がない。

明日には課内のメンバーの、僕を見る目の質が変わっているだろうな(後輩Sは目を輝かせて『先輩!詳しい話を聞かせて下さい』と飲みに誘いそうだ)

否定して回るのも面倒だし、「またか」と課員たちも話半分にきいてくれるだろうし。

 

「さて、と」

僕は伸びをし、自販機コーナーの窓の外を眺めた。

雲一つない冬の快晴、気持ちのよい日だ。

ユンとの打ち合わせは午後からで、その際に民ちゃんとの約束を果たすつもりでいた。

午前中のうちに、細々とした書類仕事を済ませよう。

 

エレベータを待っていると、ポケットの中の携帯電話がメールの着信を知らせた。

「民ちゃんかな?」と、ディスプレイを確認してみると...。

 

「...ん?」

 

今頃になって、僕は気づいた。

身体が熱くなったのが分かった。

主任が目撃するには、民ちゃんとユンが一緒に街中のどこかにいないといけない。

あの二人はアトリエを出て、外を出歩いていたということだ!

 

何のために!?

 

(昼食を外でとっただけだ、それだけのことだ)

 

エレベータを降りた僕は、イライラ気分を意識して一掃し、携帯電話を耳に当てた。

僕個人の携帯電話に、直接連絡があるのは特に珍しいことじゃない。

(営業部員ではない僕に携帯電話は支給されていないし、外出していることが多い僕を捕まえるには、オフィスの電話ではなく携帯電話を鳴らした方が確実に連絡がとれる)

 

そうなのだけど、相手がライターのエムさんの場合は、少しばかり警戒してしまうのだ。

明日のユンとの打ち合わせに同行したいそうだ。

 

「いいですよ」

 

断る理由がなくて、待ち合わせの時間を決めて電話を切った。

一度はっきりと交際を断った過去はあるけれど、エムさんの未だ僕へ向けられる好意には気づいていた。

来年度の誌面でも、エムさんに依頼することが決まっているから、さらに1年は関係が続くことになる。

好意を寄せられて悪い気がしなかったのは以前までの僕。

僕のカノジョはガラスのハートの持ち主なんだ。

(つい一昨日の夜、実感した)

 

民ちゃんとユンが主任に目撃されたように、いつどこで、僕とエムさんが一緒にいるところを、民ちゃんに目撃されるかしれない。

誤解して悲しませるような真似はしたくないんだ。

 

「...しまった」

 

明日は、ユンに民ちゃんとのことで釘を刺すつもりでいた日じゃないか。

 

(つづく)