(3)旦那さん手帖-ハロウィーン-

 

<11月1日>

 

私に課せられたノルマは、週に一度この日記を書くこと。

2、3日前に書いたばかりなのに、本日こうしてペンをとっているワケは、奥さんが伏せっているからだ。

ダイニングテーブルにこのゴージャスなノートを広げ、日記にしてはボリュームある文章を書ける状態にないのだ。

奥さんはベッドの中から、腹が減っただの、暑いだの寒いだの、トイレまでおぶってくれだの、遠慮なく私を呼ぶ。

私はとことん奥さんに甘い。

冷凍ピザを焼いたり、快適な温度になるようストーブを付けたり消したり、用足しが終わるまでトイレの前で待っていたり、奥さんの仰せの通りに走り回っているのだ(我が家は狭いから、走り回ることはできないが、イメージとしてはそう)

 

【奥さま追記】

ユノは僕に負けず劣らず、正確を期するための但し書きが多い。

長年一緒にいると、似てくるものなんだなぁ。

 

 

奥さんがベッドから出られないのは、私にも責任がある。

前夜の性交渉で、奥さんに相当無理をさせてしまったのだ。

どれだけ激しかったかは、後日奥さんが詳細をこの日記に書いてくれるだろうから、私は概略を述べるだけにする。

(今日明日と横になっていれば、回復するだろう)

お気に入りショップで注文した小道具とコスチュームに、私たちは異常なほどに興奮してしまった。

カボチャ尽くしの料理そっちのけで、精魂尽き果てるまで行為に没頭してしまった。

三十路に数度のフィニッシュと徹夜は辛い。

日常的に行っているものはどこか義務的なところがあり、正直マンネリ気味だ。

だから、ハロウィーンといったイベント事は、雄である自分たちを思い出させてくれる、いいスパイスだ。

 

【奥さま追記】

ハロウィーンでこうだから、クリスマス、バレンタイン、結婚記念日の盛り上がりは凄いのだ。

僕らは相性抜群。

出逢って15年も経つのに、互いの身体にはまだ暴かれていない快楽スポットがありそうなんだ。

 

 

<遡って10月31日>

ハロウィーンと言えば仮装。

結婚当初は、せいぜいキャラクターもののお面をかぶるレベルだったのが、年々本気度が増してきた。

参考までに、仮装の候補に最後まで残ったのがこれだ。

仕事帰りに仕込むにはかさばる為、却下した。

 

【今年の私】

駅のトイレで着替える。

ストッキングを穿くのに苦労する。

予行演習通りメイクをする。

脱いだスーツと革靴はコインロッカーに預ける。

(考えることは皆同じで、空いている最後のひとつだった)

(明日、回収する)

コートを羽織ろうかと思ったが、荷物になるため、これもロッカーに預ける。

街中は仮装した者があちこちたむろしていて、私の仮装など大したことない。

信号待ちをしていたら、テレビ取材に捕まった。

パンプスは歩きづらい。

帰宅予定時刻を30分も押していた。

仮装したチャンミンが、私を驚かせようとワクワクして待ちかまえているはずだ。

 

今年のチャンミンは気合が入っていた。

私は無様にも腰を抜かすこととなった。

 

 

家は真っ暗だ。

(私を驚かすため)

暗闇の中で私を驚かせようと、デカい身体を丸めて隠れているチャンミン...可愛い奴だ。

逆に驚かしてやろうと、音を立てないようゆっくり玄関のドアを開けた。

直後、「ひっ」と悲鳴の一端が喉にせり上がってきた。

チャンミンの作戦に早々のってたまるかと、その悲鳴を飲み込んだ。

満月の月明かりがガラス窓を通過して、玄関のたたきを青白く照らしている。

目をこらしてみると、玄関の上りから廊下へと、黒々としたもので汚れている。

市販の血のりがばらまかれているのだろう。

パンプスを脱いで、血のりを踏まないよう、抜き足差し足で台所を目指す。

(家にあがるには靴を脱ぐのだから、パンプスを履く必要はなかった)

(コートも然り)

床がきしむたびドキリとし、深呼吸をした。

バタン、という音に、飛び上がりそうに驚いた。

台所にたどり着くなり、私は照明をつけた。

ここでも、悲鳴をあげかけて、ぐっと堪えた。

シンクとガス台の下あたりが血の海だったのだ。

ところが、死体になりきって転がっているはずのチャンミンがいない。

別のところに隠れていて、私を驚かすつもりなのだ。

チャンミン、馬鹿だなぁ。

どこにいるのかバレバレだ。

血のりの足跡を追ってゆくと、トイレのドアの前で消えていた。

 

「この中を見たら、あなたはびっくりしますよ」とあらかじめ分かっていて、心の準備ができているのに、人というものは驚いてしまうものなのだ。

勢いよくドアを開けた。

ドアを開けた真正面、便座に腰掛けていたのは白いドレスを着たゾンビだった。

ドレスは泥だらけ、顔は腐りかけており、片目は真っ白に濁っている。

正体がチャンミンだと分かっているのに、悲鳴は止められない。

その悲鳴のデカいこと。

わあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!

私を認めるなり、チャンミンも悲鳴をあげた。

きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!

自分の悲鳴にびっくり、チャンミンの悲鳴にびっくり。

 

 

【奥さま追記】

字がデカいよ、ユノ。

血のりの海の中で寝っ転がって、ユノの帰りを待っていた。

ところが、なかなか帰宅しない。

30分も過ぎると、身体が痛くなってきたし、トイレにも行きたくなってきた。

トイレに駆け込む僕、帰宅したユノ。

便座に腰掛けた目の前で、ドアが開いた。

口裂け女!

白衣に血潮が!

白い帽子に、首から下げた聴診器。

頭には斧が刺さっている。

白のガーターベルトとストッキング。

ユノったら!

可愛い!

可愛いぞ!

 

 

10月31日は書くことがいっぱいだ。

身体が本調子になってから、続きを書くこと。

 

 

<20××年のハロウィーン仮装>

旦那さん・・・口裂け・ミニスカ・ナース

奥さま・・・ゾンビ花嫁

ハロウィーンって、こんなイベントだったっけ?