(58)オトコの娘LOVEストーリー

~チャンミン~

 

驚いて横を振り仰いだらユノさんだった。

 

「ユノさん...」

 

いつの間にかバルコニーに出てきて、いつの間にか僕の横に立っていたのだ。

 

バルコニーは暗くてシルエットしか分からないけれど、ユノさんはきっと困ったような顔をしているんだと思う。

 

言葉が見つからなくて不貞腐れた顔をした僕は、手すりの上にあごを乗せた。

 

心の中は沢山の言葉で溢れそうなのに、いざとなると1つも出てこない。

 

「おでこを怪我するよ」

 

僕の頭を撫ぜようとするユノさんの手をはねのけた。

 

「チャンミンちゃん...」

 

乱暴なことをしてごめんなさい。

 

リアさんを抱いていた手で触って欲しくないんだ。

 

それなのに。

 

ユノさんの言い訳の言葉が聞きたかった。

 

ユノさんが恋人のリアさんを抱きしめたからって、僕に謝る必要なんてないのに。

 

ユノさんは僕の「恋人」じゃないのに。

 

どうしてイライラするんだろう。

 

 


 

~ユノ~

 

リビングの窓を開けてバルコニーに出た。

 

昼間の熱気を冷ましてくれた雨が止み、湿度に満ちているけど涼しい夜気に包まれた。

 

足が濡れるのも構わず裸足でぺたぺた歩いて、手すりに両腕を乗せる。

 

「?」

 

人の気配がする方を見ると、手すりにもたれてブツブツ何かをつぶやいているチャンミンが居た。

 

6畳間のドアをノックする勇気がなかっただけに、バルコニーでの遭遇は嬉しかった。

 

暗闇に彼の白い髪が浮かび上がっている。

 

裸足で足音がしなかったせいもあって、彼は俺の存在に全然気づいていないようだ。

 

ぶつぶつ言っていたかと思うと、額をごんごんと手すりに打ち付け始めた。

 

(何してるんだよ!?)

 

彼の頭に触れた。

 

形のよい後頭部とやわらかい髪を手の平で感じた。

 

ところが俺の手は払いのけられた。

 

そして、ぷいと顔を背けられてしまった。

 

俺を拒絶する彼は、初めてだった。

 

「怒ってる?」

 

彼がなぜ怒っているのか見当がつかない。

 

「目に毒ですから、そういうことは寝室でやってください」とか、「心配して損しました」とか、か?

 

「怒ってませんよ」

 

彼がぶすっとした顔をしているのは、暗くたって想像がつく。

 

膨れている理由がヤキモチだったらいいなぁ、って小さく期待した。

 

「ユノさん」

「ん?」

 

リアと抱き合っていたことを咎められるのかと身構えて、何て答えようか頭をフル回転させた。

 

「大人って、好きじゃない人ともキスってできるんですか?」

 

「えっ!?」

 

リアとキスをしているところを目撃されたのだと、ヒヤッとした。

 

「どうしてそんな質問をするの?」

 

動揺を悟られないよう、聞き返す。

 

「できる」と答えたら、俺という男は誰とでも気軽にするタイプだと誤解される。

 

「できない」と答えたら、リアとしていたキスは「ホンモノ」だと誤解される。

 

だから、彼の質問に答えられない。

 

「うーん...ユノさんの意見が聞きたかっただけです」

 

そよ風が彼の前髪をかすかに揺らした。

 

「ユノさんのファーストキッスって、いつでしたか?」

 

俺は目をつむって過去の記憶をたどる。

 

「高校生...頃かな?

チャンミンちゃんは?」

 

「えー、聞きますかー?」

 

彼は両頬に手を当て、くねくねし出した。

 

「うふふふ、あのですね...」

 

その時、彼の言葉の続きが着信音に遮られた。

 

ハーフパンツのポケットを探ったが、俺の携帯電話はリビングにあるんだった。

 

彼もワンピースをまくり上げお尻の辺りを探っていたが、そこからスマートフォンを取り出して「もしもし」と応答している。

 

彼はワンピースの下にレギンスパンツを穿いており、そのウエストゴムにスマートフォンを挟んでいたようだった。

 

彼らしくてクスッとしていたら、

「えええっー!!」

 

彼の大声とその後のやり取りが緊迫していて、通話が終わるのをじりじりと待った。

 

「僕は今から出かけないといけません!!」

 

彼はそう宣言すると、大慌てで6畳間へ走っていく。

 

「チャンミンちゃん!」

 

俺も彼を追いかける。

 

「!!!」

 

余程慌てているのか、彼は俺に構わずテキパキと着替え出した。

 

イチゴ柄のショーツを穿いていた。

 

回れ右すればいいのに、俺はついつい観察してしまう。

 

「どうしたの?

ご家族に何かあった...とか?」

 

「そんなところです」

 

彼はTシャツとデニムパンツ姿になるとリュックサックを背負った。

 

「もうすぐ産まれそうなんですって。

お兄ちゃんのお嫁さんです」

 

「え!」

 

「お義姉さんが入院中は、僕が留守番を仰せつかってるんです。

ちっちゃい子が3人いるから、お兄ちゃんだけじゃ心配です。

今から病院に行ってきます」

 

「チャンミンちゃん!

病院までどうやって行くの?」

 

時刻は午前2時だ。

 

「タクシーです」

 

こんな時車を持っていたら、彼を送ってあげられるのに。

 

「しばらく朝ご飯を用意してあげられませんが、ちゃんとご飯を食べてからお仕事に行ってくださいね」

 

「じゃ」っと勇ましく片手を挙げた。

 

「待った!」

 

俺は彼の手首をつかんだ。

 

「俺も行く。

一緒に行くから」

 

「えー。

ユノさんが来ても、何の役にもたちませんよ。

病院でウロウロされても、迷惑ですよ?」

「違うって、チャンミンちゃんを送っていくの。

一人で行かせたら心配だから」

 

「僕は子供じゃありませんよ?」

 

「行く!

俺は行くと決めたから!

着がえるから3分待って!」

 

(つづく)