(24)君と暮らした13カ月

 

 

~秋~

 

 

ふり返るとそれらしい看板の裏面が見えた。

 

この日はよりによって日曜日で、看板の前に小さな映画館がある。

 

子供向け映画の上演前らしく、親に付き添われた子供たちが辺りをたむろしている。

 

子供は大人たちよりも、ずっとあからさまな好奇の視線を送ってくるから。

 

気が進まないけれど、引き返して確認してみるしかない。

 

「ふぅ...」

 

深呼吸をした。

 

私の背中でチャンミンが、「大丈夫、大丈夫」と励ましてくれている。

 

親の手を握る子供たちを羨ましいなんて、私は思わない。

 

きびすを返し、早歩きで看板が建つところまで戻った。

 

看板を見上げて私は、失望の吐息を吐いた。

 

どうしよう...。

 

それは役場への案内看板で、動物園の文字はない。

 

そもそも今歩いている通りが間違っているかもしれない。

 

二股に分かれていた道を、きっと左に曲がるべきだったんだ。

 

不安と焦燥で胸が苦しくなった。

 

早く動物園に行って、ユノさんにタミーのことを伝えて、家に帰ってもらわないといけないのに。

 

ユノさんの話をじっくり思いだしてみた。

 

毎日、通勤に商店街を通っていく、なんて話していたっけ?

 

「誰かに道を尋ねてみたらどうです?」

 

「...そんな...できっこないよ」

 

「失礼なことを言う人がいたら、僕が噛みついてあげます」

 

「噛みつくなんて、ダメだよ」

 

「それなら、あなたが頑張るしかないですよ。

あなたならできますよ」

 

「...無理」

 

「僕はあなたに代わって道を尋ねることができません」

 

「...そうだね」

 

「僕はあなたの顔が好きですよ」

 

私に背負われ、リュックサックの中で身体を丸めているチャンミン。

 

リュックサック越しに、チャンミンは私の背中をふにふにと揉んだ。

 

私は意を決して止まってしまった脚を動かし、古本屋の前でノートと鉛筆を取り出した。

 

客がひとりもいなかったからだ。

 

店主は「いらっしゃい」も言わない不愛想な初老の男の人で、私を見ても無関心な態度だった。

 

『動物園までの道を教えてください』

 

そう書いたページを店主に見せた。

 

店主は問うように私の顔を見たので、私は自身の喉を指さし、首を振った。

 

背中のチャンミンはじっと、身じろぎひとつしない。

 

「歩いていくのか?」

 

私は頷いた。

 

「遠いぞ」

 

店主は私の手から鉛筆を取ると、さらさらと地図を描いてくれた。

 

やっぱり二股に分かれた道を、左に進まないといけなかったようだ。

 

返してもらった鉛筆で私は『ありがとう』と書いた。

 

会釈して店を出ようとした時、

 

「待ちなさい」

 

呼び止められて、何か失態をおかしてしまったのか不安になった。

 

「動物園まで送っていってやる」

 

きょとんとする私に店主は、

 

「あそこまでここから5kmもあるんだぞ。

そんなデカい荷物を持ってなんて...。

子供の足じゃ無理だ」

 

戸惑った私は、「お店はどうするのですか?」を伝える意味で、ぐるりと店内を見回してみた。

 

「どうせ客なんて来ない」

 

そう言って店主は、戸を閉め鍵をかけると、札を『CLOSED』へとひっくり返した。

 

 

道中の店主は無言だった。

 

私は膝にチャンミン入りのリュックサックを抱えていた。

 

ユノさんのトラックといい勝負の、古ぼけたワゴンだった。

 

荷台に本が山と積んであるため、動物園への坂道を上るワゴンは、回転数を上げたエンジン音でうるさかった。

 

象やキリン、ライオンのイラストが描かれた大きな看板が見えてきた。

 

「着いたぞ」

 

私は新しいページに『ありがとう。助かりました』と書いて、店主に見せた。

 

車から降り、ふと思い至ったことがあり、『お金はいくらですか?』と尋ねた。

 

「子供から金がとれるか。

これは俺の親切心だ」と、店主はかかかっと笑った。

 

素直に受け取っていいのか、私は店主を探る目で見ていた。

 

「代わりに今度、俺んとこで本を買っていけ。

あんたは本が好きそうだ」

 

『どうしてわかったのですか?』

 

「本好きの眼をしている。

じゃあ、俺は行くぞ。

店を留守にしているからな」

 

店主のワゴンは、黒煙をあげながら走り去っていった。

 

私はここで、店主が私と会話する間、一度も目を反らさなかったことに気付いた。

 

 

動物園脇の木陰で、チャンミンをリュックサックから出してあげた。

 

「よく頑張ったね。

窮屈だったでしょ?」

 

頬かむりをしたチャンミンの身体じゅうを撫ぜ、頬ずりをし、鼻にキスをした。

 

「すごいねぇ。

よくお利巧さんしていたねぇ。

さすがチャンミンだねぇ」

 

ありったけの褒め言葉をかけた。

 

多分、私自身、気持ちが昂っていたのだと思う。

 

チャンミンも私の顔をよだれでベタベタになるまで、舐めた。

 

「ほらね。

僕の言ったとおりでしょう?

あなたならできるって、僕は知っていましたよ」

 

この昂りは...達成感と喜びだ。

 

その理由は...わざわざ言葉にしなくても分かってる。

 

 

「もう少しの辛抱だよ」

 

チャンミンをリュックサックにおさめ、私は立ち上がった。

 

こころなしか楽々とリュックサックを背負えている気がした。

 

私はチケット売り場の窓口で、ユノさんを呼び出してもらうよう頼んだ。

 

窓口のお姉さんはずっと、不信そうな表情だった。

 

大人に付き添われず、大き過ぎるリュックサックを背負った子供。

 

加えて、深々とかぶった帽子のせいで口元しか見せておらず、ノートで会話する子供だからだ。

 

案内された裏の通用門からユノさんが現れたとき、私は彼に抱きついた。

 

感動のあまり泣いてしまった。

 

ずっと会いたくてたまらなかった人との感動の再会みたいに。

 

「うー、うっ、うー」

 

ユノさんは唸る私をぎゅっと抱きしめて、頭を撫ぜてくれた。

 

 

(つづく)

 

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