「俺にとってはね、チャンミンはひとりの男なんだよ。
おっと!
『僕は人間じゃなくて、アンドロイドです』って台詞は、ここでは禁止」
「...男ですか。
いい響きですね」
「チャンミンは、男だろ?」
チャンミンは頷いて、再び俺の胸に頬を埋めた。
その甘えるような仕草に、じわりと温かいもので俺の心は満たされた。
「ねえ、チャンミン」
「...はい」
「どうして俺にキスしたの?
怒らないから、教えて?」
俺の質問には、沢山の意味が込められている。
『チャンミンは、俺のことをそういう目で見ているの?』
『俺は、チャンミンをそういう目で見てもいい?』
その許可を、チャンミンから貰いたかったのだ。
そういうこと...つまり、俺はチャンミンが好きなんだ。
この『好き』は、新たに加わった類の『好き』だ。
「...したかったんです」
チャンミンはぼそっと言った。
「どうして?」
「答えにくいことを、追求しますねぇ。
こんな気持ち、持ったらいけないんです。
いけないのに...」
「それで?」
「前に、LOVEとLIKEの違いについて、会話をしましたよね」
「したね。
チャンミンは、『LOVEもLIKEも同じ』って言ってたよね」
「よく覚えてますね。
恥ずかしいです」
「LOVEとLIKEがどうしたの?」
今の俺なら、その違いが分かる。
「これを聞いて、僕を追い出したりしないでくださいよ?
気持ち悪いって思わないでくださいよ?」
「するわけないだろ?
さっき言っただろ?
俺はチャンミンとずーっと一緒にいるって」
「そうでした。
LOVEとLIKEの話をした時、僕はこうも言いました。
僕にも『心』があると」
「うん、言ってた」
チャンミンは優しくて涙もろい感動屋なんだ。
「ここ2年ばかり、僕は悩みを抱えていました。
アンドロイドにあるまじき感情を抱えて、困りきっていたのです。
それはですね...ユノの質問に答えます」
ドキドキした。
「僕はユノにキスをしました。
キスしたくなったからです」
「...チャンミン」
撫ぜる手の平の下で、チャンミンの短髪が乾きはじめてきていた。
「僕はユノが大好きだって、言いましたよね?
LOVEもLIKEの違いはないって」
「うん」
「今も、そのままの意味の通りです。
僕は人間のように、ユノと同じように、心があります。
LOVEとLIKEが混在した気持ちを抱えています」
チャンミンは、あいも変わらず小難しい言葉を使って話すんだから。
「あのですね」
チャンミンはここで言葉を切り、こほんと咳払いをした。
顔も耳もリンゴみたいに真っ赤になっていて、可愛いなぁ、と思った。
「ユノにキスしたくなった欲求は、LOVEから来ています。
近頃、LOVEが勝ってきて、困っているのです」
「え...」
「僕はユノが大好きです。
ユノを愛していますよ」
チャンミンが伸ばした両手に、俺の頬は包まれた。
「アンドロイド風情が、LOVEの気持ちを持ったら...いけませんか?」
俺はぶんぶんと首を振った。
「ユノは...僕の気持ちを聞いて...困りましたか?」
「困らない、困らないよ」
涙を堪えていられるのも限界だった。
「...以上が、ユノにキスをしたくなった理由です。
あ!
もうしちゃいましたけどね」
「じゃあさ、あの時は?
車の中で。
あの時も、キスしてきただろ?」
見下ろしたチャンミンの顔がぼっと、もっともっと赤くなった。
「...起きていたんですか?」
「うん、寝たふりをしてたんだ。
あの時も、同じ気持ちだった?」
「...はい」
「数えてみたんだ。
俺とチャンミンって、これまで3回もキスしてるんだよ?
でも...最初のはキスのうちに入らないな。
子供過ぎたし、チャンミンに水を飲ませるためのものだったから」
「ちゃんと覚えているんですね」
滅茶苦茶恥ずかしがっているチャンミンを、俺はからかえなかった。
2度目の時、あの頃の俺は、ドンホに恋をしていた。
チャンミンが自分の気持ちを隠さざるを得なくて、当然だった。
チャンミンは怖かっただろう。
もし、相手が俺じゃなく別の人間だったら、『ふしだら』な感情を主人に対して抱いていると知られたら、大抵の場合、別のアンドロイドと交換されてしまうものだったんだ。
もっと酷い主人だったら、そのアンドロイドにふしだらなことをさせることだって、あり得ない話しじゃない、。
俺だったから、チャンミンは話す気になったんだ(これは、俺の己惚れなんだけどね)
チャンミンに対して抱いてはいけないと、俺自身が自制していた感情。
なぜなら、チャンミンはアンドロイドだから。
人間みたいな見た目だけど、工場で造られたものだから。
でも、チャンミンにはちゃんと、『心』がある。
チャンミンも俺と同じ想いを持っていてくれたんだ。
チャンミンの場合は、人間相手に、しかも主人相手に決して抱いてはいけない感情だった。
でも。
俺とチャンミンは対等だ。
俺はそう思っていても、チャンミンの中で染みついた...プログラムされた本能を、そう簡単に変更はきかないだろう。
長い時間をかけて言い聞かせてゆけば、少しずつでもチャンミンの中の恐怖は消えるんじゃないかな、と思った。
「俺はね。
チャンミンのキス。
びっくりしたけど、滅茶苦茶嬉しかったよ」
これだけは必ず伝えないといけない気持ちだ。
「俺も、LOVEだよ」
...言ってしまった!
「......」
俺を見上げるチャンミンは、真顔になったかと思うと、両眉も口角も下げてしまった。
チャンミンが困った時の表情だ。
「困った?」
「困りませんよぉ」
うるると涙を蓄えていたのがふっと壊れて、つーっと顎に向けて流れ落ちた。
チャンミンの頭を、むぎゅうっと抱きしめた。
「ユノ!
苦しいです!
それに...アツアツですよ。
お屋敷に帰りましょう」
無理やり俺の腕の中から抜け出たチャンミンの顔は、やっぱり真っ赤だった。
今になって、くらりと視界がぼやけてきた。
「ほらぁ!
ささ、僕にもたれてください」
心の交換をするのに集中していて、具合が悪かったのを忘れていた。
この日。
俺とチャンミンとの関係性に、大きな変化が訪れた日だった。
LOVEとLIKEの狭間で彷徨っていた気持ちに答えが見つかった。
でも...。
俺たちにはまだまだ、解決しなければならないことが沢山あった。
チャンミンと一緒にいるためには、沢山の課題がある。
屋敷にいる間は、気が抜けない。
俺がしっかりしていないと。
「ユノ!
後ろ」
チャンミンに背中を叩かれ振り向くと、
「わあぁぁぁ」
街並みのずっと向こうに虹がかかっていた。
いつの間にか雨が上がっていた。
(つづく)
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