(14)初恋-19歳-

 

 

「俺にとってはね、チャンミンはひとりの男なんだよ。

おっと!

『僕は人間じゃなくて、アンドロイドです』って台詞は、ここでは禁止」

 

「...男ですか。

いい響きですね」

 

「チャンミンは、男だろ?」

 

チャンミンは頷いて、再び俺の胸に頬を埋めた。

 

その甘えるような仕草に、じわりと温かいもので俺の心は満たされた。

 

「ねえ、チャンミン」

 

「...はい」

 

「どうして俺にキスしたの?

怒らないから、教えて?」

 

俺の質問には、沢山の意味が込められている。

 

『チャンミンは、俺のことをそういう目で見ているの?』

 

『俺は、チャンミンをそういう目で見てもいい?』

 

その許可を、チャンミンから貰いたかったのだ。

 

そういうこと...つまり、俺はチャンミンが好きなんだ。

 

この『好き』は、新たに加わった類の『好き』だ。

 

「...したかったんです」

 

チャンミンはぼそっと言った。

 

「どうして?」

 

「答えにくいことを、追求しますねぇ。

こんな気持ち、持ったらいけないんです。

いけないのに...」

 

「それで?」

 

「前に、LOVEとLIKEの違いについて、会話をしましたよね」

 

「したね。

チャンミンは、『LOVEもLIKEも同じ』って言ってたよね」

 

「よく覚えてますね。

恥ずかしいです」

 

「LOVEとLIKEがどうしたの?」

 

今の俺なら、その違いが分かる。

 

「これを聞いて、僕を追い出したりしないでくださいよ?

気持ち悪いって思わないでくださいよ?」

 

「するわけないだろ?

さっき言っただろ?

俺はチャンミンとずーっと一緒にいるって」

 

「そうでした。

LOVEとLIKEの話をした時、僕はこうも言いました。

僕にも『心』があると」

 

「うん、言ってた」

 

チャンミンは優しくて涙もろい感動屋なんだ。

 

「ここ2年ばかり、僕は悩みを抱えていました。

アンドロイドにあるまじき感情を抱えて、困りきっていたのです。

それはですね...ユノの質問に答えます」

 

ドキドキした。

 

「僕はユノにキスをしました。

キスしたくなったからです」

 

「...チャンミン」

 

撫ぜる手の平の下で、チャンミンの短髪が乾きはじめてきていた。

 

「僕はユノが大好きだって、言いましたよね?

LOVEもLIKEの違いはないって」

 

「うん」

 

「今も、そのままの意味の通りです。

僕は人間のように、ユノと同じように、心があります。

LOVEとLIKEが混在した気持ちを抱えています」

 

チャンミンは、あいも変わらず小難しい言葉を使って話すんだから。

 

「あのですね」

 

チャンミンはここで言葉を切り、こほんと咳払いをした。

 

顔も耳もリンゴみたいに真っ赤になっていて、可愛いなぁ、と思った。

 

「ユノにキスしたくなった欲求は、LOVEから来ています。

近頃、LOVEが勝ってきて、困っているのです」

 

「え...」

 

「僕はユノが大好きです。

ユノを愛していますよ」

 

チャンミンが伸ばした両手に、俺の頬は包まれた。

 

「アンドロイド風情が、LOVEの気持ちを持ったら...いけませんか?」

 

俺はぶんぶんと首を振った。

 

「ユノは...僕の気持ちを聞いて...困りましたか?」

 

「困らない、困らないよ」

 

涙を堪えていられるのも限界だった。

 

「...以上が、ユノにキスをしたくなった理由です。

あ!

もうしちゃいましたけどね」

 

「じゃあさ、あの時は?

車の中で。

あの時も、キスしてきただろ?」

 

見下ろしたチャンミンの顔がぼっと、もっともっと赤くなった。

 

「...起きていたんですか?」

 

「うん、寝たふりをしてたんだ。

あの時も、同じ気持ちだった?」

 

「...はい」

 

「数えてみたんだ。

俺とチャンミンって、これまで3回もキスしてるんだよ?

でも...最初のはキスのうちに入らないな。

子供過ぎたし、チャンミンに水を飲ませるためのものだったから」

 

「ちゃんと覚えているんですね」

 

滅茶苦茶恥ずかしがっているチャンミンを、俺はからかえなかった。

 

2度目の時、あの頃の俺は、ドンホに恋をしていた。

 

チャンミンが自分の気持ちを隠さざるを得なくて、当然だった。

 

チャンミンは怖かっただろう。

 

もし、相手が俺じゃなく別の人間だったら、『ふしだら』な感情を主人に対して抱いていると知られたら、大抵の場合、別のアンドロイドと交換されてしまうものだったんだ。

 

もっと酷い主人だったら、そのアンドロイドにふしだらなことをさせることだって、あり得ない話しじゃない、。

 

俺だったから、チャンミンは話す気になったんだ(これは、俺の己惚れなんだけどね)

 

チャンミンに対して抱いてはいけないと、俺自身が自制していた感情。

 

なぜなら、チャンミンはアンドロイドだから。

 

人間みたいな見た目だけど、工場で造られたものだから。

 

でも、チャンミンにはちゃんと、『心』がある。

 

チャンミンも俺と同じ想いを持っていてくれたんだ。

 

チャンミンの場合は、人間相手に、しかも主人相手に決して抱いてはいけない感情だった。

 

でも。

 

俺とチャンミンは対等だ。

 

俺はそう思っていても、チャンミンの中で染みついた...プログラムされた本能を、そう簡単に変更はきかないだろう。

 

長い時間をかけて言い聞かせてゆけば、少しずつでもチャンミンの中の恐怖は消えるんじゃないかな、と思った。

 

「俺はね。

チャンミンのキス。

びっくりしたけど、滅茶苦茶嬉しかったよ」

 

これだけは必ず伝えないといけない気持ちだ。

 

「俺も、LOVEだよ」

 

...言ってしまった!

 

「......」

 

俺を見上げるチャンミンは、真顔になったかと思うと、両眉も口角も下げてしまった。

 

チャンミンが困った時の表情だ。

 

「困った?」

 

「困りませんよぉ」

 

うるると涙を蓄えていたのがふっと壊れて、つーっと顎に向けて流れ落ちた。

 

チャンミンの頭を、むぎゅうっと抱きしめた。

 

「ユノ!

苦しいです!

それに...アツアツですよ。

お屋敷に帰りましょう」

 

無理やり俺の腕の中から抜け出たチャンミンの顔は、やっぱり真っ赤だった。

 

今になって、くらりと視界がぼやけてきた。

 

「ほらぁ!

ささ、僕にもたれてください」

 

心の交換をするのに集中していて、具合が悪かったのを忘れていた。

 

この日。

 

俺とチャンミンとの関係性に、大きな変化が訪れた日だった。

 

LOVEとLIKEの狭間で彷徨っていた気持ちに答えが見つかった。

 

でも...。

 

俺たちにはまだまだ、解決しなければならないことが沢山あった。

 

チャンミンと一緒にいるためには、沢山の課題がある。

 

屋敷にいる間は、気が抜けない。

 

俺がしっかりしていないと。

 

「ユノ!

後ろ」

 

チャンミンに背中を叩かれ振り向くと、

 

「わあぁぁぁ」

 

街並みのずっと向こうに虹がかかっていた。

 

いつの間にか雨が上がっていた。

 

 

(つづく)

 

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