(16)19歳-初恋-

 

 

まどろみながら、枕元の置時計を睨みつけていた。

 

コチコチと秒針が刻む音がうるさい。

 

チャンミンはきっと、意地悪な女中頭Kに呼び出されて、押しつけられた面倒な仕事を片付けて、そのまま自室に戻ってしまったんだろう。

 

チャンミン特製のココアを待っていたのになぁ。

 

俺はベッドを抜け出した。

 

起き上がった時、ふらついてしまったけど、苦くてまずいだけの薬草茶が効いたのか、心なしか身体が軽い。

 

パジャマを脱ぎ洋服に着替えた俺は、部屋のドアを開け廊下を様子を窺う。

 

「あ!」

 

部屋を出がけにベッドに引き返し、掛け布団の中にクッションを詰めた。

 

それから俺は、控えめに灯りを灯されただけの薄暗くて長い廊下を小走りで進んだ。

 

 

 

 

俺には果たさなければならないことがあった。

 

叔父さんが俺を見る目は、『甥』に向ける類のものじゃないことは、15歳の俺でも分かる。

 

10歳頃から繰り返し俺に目撃させた男同士の絡みの光景...そこで見せた目付きと同じなのだ。

 

男同士...叔父さんがいつまでも結婚する気がないのは、そのせいなんだろうか。

 

今夜の呼び出しは、今までのものとは違う気がした。

 

『目撃』させるだけじゃない、仲間入りさせるつもりだ。

 

叔父さんの下敷きになって、とろんと緩みきった表情を見せた数々の男たちのようになってしまうんだ。

 

ここで怖気付くわけにはいかないのだ。

 

緊張と恐怖の汗なのか、発熱による汗なのか、シャツの脇が濡れている。

 

今日、俺とチャンミンは心を通じ合わせた。

 

俺とチャンミンの間には、LOVEの心が通い合っているんだ。

 

チャンミンがアンドロイドだろうが、俺には関係ない。

 

学校を卒業したら、チャンミンを連れてこの屋敷を出てやるんだ。

 

それまでの間、俺はチャンミンを守ってあげないと!

 

これまでのチャンミンにとっての危険とは、使用人たちや従兄弟たちにいじめられたり、アンドロイドという身分の危うさだった。

 

色気を知った俺は、これら以外にも危険があることに気付いたんだ。

 

俺の子守りでお兄ちゃんで、友だちで、それから...悲しいことに使用人だったチャンミンを、『そういう目』で見るようになってしまった。

 

だから、叔父さんの眼に宿る性的な炎に気付いたんだ。

 

目の前に迫っている、叔父さんという危険。

 

俺が断れば、次はチャンミンが狙われる。

 

その危険から、チャンミンを遠ざけないといけない。

 

「!!」

 

妙な不安感に襲われた。

 

叔父さんの部屋がある階へ上りかけた俺は、向きを変えて階下へのステップに足を下ろした。

 

階段を駆け下り、使用人たちの居住階の廊下を走った。

 

本来ならここに居るべきじゃない俺に、寝間着姿の調理見習いが慌てて頭を下げた。

 

チャンミンの部屋のドアをノックし、返事も待たずにドアを開ける。

 

...やっぱり。

 

室内は真っ暗で、鉄製のベッド(身体の大きなチャンミンには小さすぎる)はベッドメーキングされたままだった。

 

...チャンミンの嘘つき。

 

 

 

 

あの内線電話からどれくらい経っていたっけ?

 

チャンミン相手に叔父さんが何をしたいのか...俺は事細かに想像できてしまうのだ。

 

叔父さんはチャンミンにいやらしいことをするつもりなんだ。

 

もちろん、俺相手にも。

 

「子供を相手にする趣味はないから」と、叔父さんは俺が十分育つのを待っていたのだ。

 

うちの家族は変な奴ばかりだ。

 

嫌な思いをした日は、チャンミンの胸に飛び込んでこらえていた涙を解放させ、背中をさすってもらってきた。

 

この屋敷では俺が一番のチビ助で、両親の庇護の元にいる身。

 

ぐっと耐えて我慢するものだと、これまでそうしてきた。

 

早く大人になって屋敷を出たいとじりじりと待つばかりで、せいぜい使用人たちに横柄に用事を言いつける程度。

 

嫌だ嫌だと内心で文句を垂れているばかりじゃ、駄目なんだ。

 

叔父さんのいる階まで、2段飛ばしで階段を駆け上がった。

 

室内履きが邪魔で、途中で脱ぎ捨てた。

 

肩に羽織ったガウンも邪魔で、脱ぎ捨てた。

 

廊下にまで書籍や家具が溢れていて、その頑丈そうな両開きの扉は固く閉じていた。

 

隙間から照明が漏れている。

 

チャンミンをいやらしい指から逃すために、盾になろうと考えていた。

 

でも、無人のチャンミンのベッドを目にして、気が変わった。

 

俺が屋敷に居る間は誤魔化せても、夏休みが終わった後は?

 

きっぱりと意思表示をした結果...一番の下っ端が盾つくようなことをした俺への罰は凄まじいものになるだろう。

 

ここを追い出されかねないことをしでかす勢いでいこう。

 

願ったりかなったりだ。

 

ごくんと唾を飲み込んだ。

 

心臓が破裂しそうに素早く打っている。

 

ドアノブを捻ってみたところ案の定開かない、鍵がかかっている。

 

そんなことだろうと予想していたから、俺は扉を拳で叩く。

 

「叔父さん、叔父さん!

ユノです!

ユノ、です!」

 

中からは応答はないし、扉は開かない。

 

「叔父さーん!

お待ちかねのユノですよ!」

 

靴を履いてこればよかったと後悔しながら、裸足のかかとで扉を蹴る。

 

大音量でレコードを回しているようで、廊下までその音が漏れている。

 

ちょっとやそっとのノック音じゃ、気付かないんだ。

 

「ユノです!

約束通り来ましたよ!」

 

怒鳴って、扉に手の平を叩きつけた。

 

手を休めてしまったのは、室内からどすんと何かがぶつかるような鈍い音がしたからだ。

 

ちらっと漏れ聞こえたような声は...チャンミンのものか?

 

俺の中で焦りが爆発した。

 

「叔父さん!」

 

廊下に積んであった椅子のひとつをつかんで、扉に叩きつける。

 

砕けた木っ端が俺の頬に当たる。

 

「開けろ!」

 

わめいて、めちゃくちゃに椅子を振り回した。

 

俺が暴れる音に、使用人がひとり、またひとりと様子を窺いに来たようだった。

 

俺は首を振って見せて、彼らを遠ざけた。

 

と、扉が不意に開き、驚いた俺は後ろに飛びずさった。

 

顔を出した人物を、俺はきっと睨みつけた。

 

室内は、夜の音楽鑑賞には相応しくない音量で音楽が流れている。

 

俺は振りかざした椅子を、ゆっくりと下ろした。

 

「...ユノ」

 

裸の胸にガウンだけを羽織っただけの叔父さんだった。

 

「えらい剣幕で...」

 

叔父さんは俺の片手にぶらさがる椅子...無残な姿になっている...をちらりと見た。

 

俺は肩で息をしながら、怒りを隠すつもりはなかった。

 

「俺を呼んだでしょう?

来ましたよ」

 

「あまりに遅いから、来ないかと思ったよ」

 

醜態をさらした俺に、叔父さんは怒りもせず、呆れたような言い方をした。

 

室内の灯りで逆光になっていて、叔父さんの表情は分からない。

 

叔父さんの肩ごしに室内を覗き込もうとしたら、中に入るよう脇にどいた。

 

「ご覧の通り、引っ越しの荷物に埋もれてしまっていてね。

ユノに手伝ってもらいたかったんだが...」

 

俺の肩を抱こうとした叔父さんの腕を払いのけ、脇をすり抜けた。

 

叔父さんの部屋は3間続きで、入り口を入ってすぐが居間となっている。

 

「ひどい有様だろう。

永遠に片付かないんじゃないかって、絶望してたところ。

さっきなんて、棚の下敷きになるところだった」

 

叔父さんが視線で指す先には、確かにキャビネットが横倒しになっていた。

 

「...チャンミンは?」

 

左手が書斎で、煌々と電灯ついたそこはうずたかく書籍が積まれていて、足の踏み場もない。

 

右手が寝室で、そこの扉は閉ざされている。

 

「...チャンミンって...アンドロイドの?」

 

「そうですよ!

チャンミンは?

来てるでしょ?」

 

叔父さん相手に失礼過ぎる言葉遣いだった。

 

「厨房に行ってるよ」

 

「どうして?」

 

やっぱりチャンミンは、叔父さんに呼び出されたんだ。

 

うるさく音をがなり立てるレコードプレイヤーのスイッチを切った。

 

今度は、開け放った窓から虫の鳴き声がうるさい。

 

「喉が渇いてしまって..」と、叔父さんは寝室のドアを開けた。

 

不信感を持っている俺を安心させようとしているのか、からかっているのか。

 

寝室は暗闇につつまれており、ベッド周辺には衣類の山が出来ている。

 

居間からの明かりだけが頼りだけど、寝室は無人のようだった。

 

「お茶を持ってくるよう、チャンミンに頼んだんだ」

 

「...どうしてチャンミンに頼んだんですか?」

 

「どうしてって...彼の仕事じゃないか」

 

「...っ」

 

お茶くらい女中を呼べばいいことなのに...と思ったが、チャンミンは雑役夫。

 

この屋敷では何でも屋なのだから、叔父さんは別段おかしなことを言っているわけじゃない。

 

チャンミンは何をされるか知らずに、のこのこと叔父さんの部屋を訪ねたんだろうか。

 

そうだろうな。

 

チャンミンにとっての世界はこの屋敷と、読書から得られる知識が全てだ。

 

人間が抱くような欲には疎いだろうし、経験もあるはずがない。

 

...そうでもないか。

 

俺とキスがしたかった、とチャンミンは言っていた。

 

つまり、好きな人に触れたい、キスをしたい、抱き合いたい...そういう気持ちをチャンミンは抱けるということ。

 

だから、何の警戒もせずに叔父さんの元に向かったわけじゃないはずだ。

 

長いまつ毛にびっしりと縁どられたあの大きな眼と、ぴんと立った両耳は、どんな些細なことも見逃さず、聞き漏らさない。

 

暮らす世界が狭ければ狭いほど、出会う人間の数が少なければ少ないほど、変化に敏感になってしまうのだ。

 

特に、命令を受けて動く身分であるから、習い性として表情や声音に神経を払う。

 

数年前からは、叔父さんの部屋から戻って来た俺をなだめる役も加わった。

 

俺がたびたび叔父さんの部屋に呼ばれて、そこで何をしてきたのかには一切触れない。

 

複雑な感情を抱えて抱きつく俺の背中を、とんとんとさすってくれた。

 

なんとなくは知っていたのかもしれない。

 

じっと待っているだけじゃなく、心配で叔父さんの部屋の前まで来ていたのかもしれない。

 

 

(つづく)

 

 

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