叔父さんは室内を見回すと、「安心したかい?」と肩をすくめてみせた。
「......」
「俺がユノを呼んだ理由...分かっているんだろう?」
「え...っ!?」
にたり、と怪しく笑った叔父さんは美しかった。
手籠めにされたチャンミンの姿を想像していたから、そうじゃなくて安堵していた俺は油断していた。
あっという間に、叔父さんの肩に担ぎ上げられ、ベッドの上に放り出された。
落とされた振動で、スプリングが弾んだ。
叔父さんは寝室のドアを閉め、ガチャリと閂を下ろした。
予想通りの展開だった。
俺がいつも押し込められていたクローゼット内は、洋服の箱が積み上げられている。
伊達男の叔父さんは、大量の衣服をクローゼットに納める作業を途中で断念したみたいだ。
「...あっ!」
ズボンを下ろされむき出しになったお尻を、叔父さんの生温かく湿った手が撫ぜた。
触れられたそこから、ぞわりと寒気が走った。
「...ひっ...」
「ユノにはお勉強してもらったから、やり方は知っているよね?」
叔父さんは荒い息まじりに囁き、衣擦れの音から彼自身もズボンを脱いでいるようだった。
俺は腕を囲った中に、顔をつっぷして固く目をつむった。
「最初だから、先だけにしておくよ」
「...っ!」
ぬるりと何か...油か何か?...が塗られた。
「緊張してるね...縮こまってる...」
叔父さんに握られ、俺の背は跳ねる。
俺は頭の中でこれからの流れをシミュレーションした。
ひとまずここは我慢して、叔父さんのいいなりになってやる。
それから大騒ぎをして、屋敷中の者をこの部屋に駆けつけるくらいの大騒ぎをして、叔父さんが俺にしたことをつまびらかにしてやる。
ズボンを脱がされた俺の姿に、叔父さんが何をしたかは明らかだ。
使用人たちも叔父さんの性癖については見てみぬふりをしていただろうけど、恐らく、父さんは知らないはずだ。
男同士の行為だなんて、頭の固い父さんなら絶対に許さないだろう。
俺は当然、キツい罰を受けるが、叔父さんの方も同様だ。
この屋敷を追い出されるだろう。
父さんの逆鱗に触れる決定的な現場を、父さん自身で目撃させるのだ。
敏感な場所に、叔父さんの指が食い込んできて、俺は唇を噛みしめた。
「...様?」
隣の部屋に誰かがいる、この声は...。
「...様?」
チャンミンが戻ってきたんだ!
チャンミンがここを去るまで、声を殺していよう。
どうせこの後バレてしまうことであっても、俺がこんな有様になっている現在進行形の光景は、さすがに見られたくない。
「...お仲間が増えたね。
連れてこようか」
「!!」
俺の耳に吹き込まれた、叔父さんの言葉にカッとなった。
「...っく!」
叔父さんの腕の中から逃れようとしたが、筋骨たくましい彼にのしかかられていてびくともしない。
「動くな...」
「...離せっ」
「...ユノ?」
ドアのすぐ向こうから、俺を呼ぶチャンミンの声。
「連れてくるまで、大人しくしていなさい」
ベッドに積み上げられた帽子箱の一つが、床に落ちた。
「ユノ?
そこにいるの?」
ドアノブが回るが、閂に阻まれて開けることは不可能だ。
次いでドアをノックする鋭く乾いた音。
「チャンミン!
あっち行け!」
「ユノ!
どうして、ユノ?」
「部屋に戻ってろ!」
...なんて命じても、チャンミンは聞きっこないか。
チャンミンは体当たりを始めたようだ。
屋敷の建具は頑丈だ、体当たり程度じゃこのドアを開けることはできない。
「ちっ」
舌打ちをすると叔父さんは、俺に巻き付けた腕を離し、身体を起こした。
伏せた体勢から、俺は跳ね起きる。
「ユノ!」
チャンミンはドアを揺らしている。
ドアの前までつかつか早歩きで向かった叔父さんは、手早く閂を外した。
「あっ!?」
急にドアが開いたことにより、寝室にチャンミンが転がり込んできた。
暗闇で目が慣れず、視線を彷徨わせていたチャンミンだったが、ベッドの足元にへたりこんでいる俺を発見して、眼を見開いた。
ズボンを膝まで下ろされた俺の姿に、はっと息をのんだチャンミンの眼はもっと見開かれた。
そして、目の前に立ちふさがる叔父さんを、ゆっくりと見上げた。
「やあ。
役者は揃ったね?」
叔父さんはチャンミンの腕を引っ張って、荒々しく立ち上がらせた。
チャンミンは叔父さんに逆らえない。
突き飛ばすことも出来ない。
この場では、チャンミンにとって、俺よりも叔父さんの方が立場が上なのだ。
「閉めなさい」
叔父さんに命じられたチャンミンがドアを閉めたため、寝室は再び暗がりとなり、閂の金属音がカシャンと不吉に響いた。
チャンミンと俺は互いに目を反らさない。
叔父さんは、ベッドの方へとチャンミンの背を押しながら言った。
「ユノ...うるさくしたら、このアンドロイドはどうかなってしまうからね。
それから...」
叔父さんは、チャンミンのうなじを引き寄せチャンミンの耳へと、俺にもはっきりと聞こえる声量で囁いた。
「アンドロイド...逆らったら、お前のご主人が泣くことになるよ?」
チャンミンはこくり、と頷いた。
「さて、と。
これから3人で“いいこと”をしようか?」
羽織っていたガウンを、叔父さんはすとんと床に落とした。
俺はこくり、と唾を飲み込んだ。
室内は、窓からさす外灯とドアの四隅から漏れる細い光のみだけど、真っ暗というわけじゃない。
チャンミンが恐怖のあまり硬直している証拠に、彼の顔の凹凸が作る濃い影は微動だにしない。
「...様。
これから何をするのですか?
“いいこと”とはどういうことなんでしょう?」
チャンミンの質問に、叔父さんは虚をつかれたようだった。
「何をとぼけたことを言ってるのかね?」
「申し訳ありません。
僕にも分かるように、どういうことをするのか教えていただけませんか?
ユノ様と共に3人で、何をするのでしょうか?」
チャンミンと目が合った。
俺は頷いた。
チャンミンが閂を下ろさずにいたドアはすぐに開き、俺は煌々と明るい居間に駆け込んだ。
「ユノ!」
俺を追いかけてくる叔父さん。
俺は開け放った窓の外へ飛び出し、バルコニーの手すりによじ登った。
「ユノ!?」
一瞬、よろめきかけてひやっとした。
両手を水平に伸ばしバランスを取って、窓辺でこわごわ俺に近づけにいる叔父さんを見下ろした。
近づいたら、俺が飛び降りてしまうことを恐れているのだ。
真夏の夜風が、うなじの産毛をふわりと撫ぜた。
辺りを包み込んでいるはずの夏虫の鳴き声は聞こえない。
石造りの手すりが、足の裏にひんやりしている。
予想外の行動に、叔父さんの背後に立つチャンミンも青ざめていた。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]