俺は暗闇の中で、膝を抱えて座っていた。
そこはクローゼットの中で、5センチほど開いた隙間から外を覗いていた。
真正面に寝台があって、その上で3人分の肌色が折り重なり、くねくねと動いていた。
男の人の1人目が四つん這いになって、その上に2人目、3人目とのしかかっているんだ。
12歳になるまでは、彼らが何をしているのか俺には理解できなかった。
大人の男の人は、裸になってこういうことをするものなんだと思っていた。
そんなことをする目的が分からなかった。
分からないのに、じんじんと股間が重く痺れていて、そこに手が伸びてしまうのを止められずにいたのだ。
でも、中学に進学して、外の世界を知るようになった俺は、彼らが何をしているのか理解できる。
一番後ろにいた男のひとりが立ち上がると、俺がいるクローゼットに近づき、一気にその扉を開けた。
「やあ、ユノ」
叔父さんの眼は笑っているのに、俺の背筋に寒気が走る。
「そろそろお前も仲間入りするか?」
恐怖で俺は首を振るのがやっとで、叔父さんに腕を引っ張られるまま立ち上がった。
「おやおや...これは酷いね。
義兄さんに?」
俺は頷いた。
俺のお尻にできた折檻の痕に、叔父さんは憐れみの視線を向けた。
「何をしでかしたの?」
「......」
何が父さんの逆鱗に触れたのか、俺には思いつかなくて、首を振るしかない。
「俺は子供を相手にする悪趣味の持ち主じゃないんだ。
だから、安心をし。
ユノがもう少し大きくなってから、仲間に入れてあげるから。
それまでは、『見学』しているんだよ」
叔父さんはそう言って、俺の根元に結んでいたリボンをきつく締め直した。
「痛いっ!」
「こんな程度で悲鳴をあげてたら、男じゃないぞ?
仲間に入れて欲しい気持ちはよくわかるけどね」
そこで俺は、息が止まるほど、驚いた。
2人の男の人にのしかかられていた者が、チャンミンだった!
「いい子だから、もうしばらくの間は見学していなさい」
叔父さんは寝台に戻ると、1人目と2人目の身体を入れかえて、行為の続きに戻った。
「...ユノ...ユノ...」
肩を揺さぶられて、ハッとして飛び起きた。
俺はパジャマを着ていて、見慣れたシーツの色、天蓋の刺繍模様。
最後に、ベッド脇に立つチャンミンを見つけて、俺は安堵した。
夢か...。
心臓がが壊れそうにドキドキしていた。
「今日はドンホ様がいらっしゃる日ですよ」
「う、うん」
俺が見た夢...半分は本当で半分は仮想のことだ。
叔父さんを避ける理由が、昨夜みた夢の中にある。
俺の一家はおかしな奴ばっかりだ!
世界の全てが屋敷の中にとどまっていた間は、これが普通だと思っていたところ、実はそうじゃないことを知った。
洗面所で髪を撫でつけていると、微笑むチャンミンと鏡越しで目が合った。
「楽しそうですね。
ドンホ様が好きなんですね」
「うるさいなぁ」
顔がポッと赤くなったのを、チャンミンが気付かなければいいんだけど...。
チャンミンとは前日、『好き』という気持ちについて会話を交わしたばかりだったから、『好き』の言葉に敏感になっていた。
「僕も楽しみです。
ユノのお友達...ドンホ様に会うのは初めてですから。
どんな方ですか?」
「う...ん。
一緒にいて楽なんだ。
頭もいいし...カッコいい奴だよ」
胸がキュッとなったエピソードや会話の断片、さりげない親切のあれこれ。
運動服の衿からのぞいた鎖骨や、接近した時に嗅いだ汗の香り。
思春期の恋とは、こんな風に感覚的なものだ。
チャンミン相手に、ドンホについて説明することが気が重かった。
・
週末のチャンミンは、普段の雑用労働から解放される。
俺と共に過ごす時間も、アンドロイドの彼にしてみたら「仕事」の範疇だ。
俺が留守をしている間、チャンミンがどんな顔をして、どんな日々を送っているかは想像するしかない。
彼のことだから、面倒でキツイ仕事を命じられたり、理不尽な言いがかりをつけられて怒鳴られたりしても、従順に粛々と、嫌な顔ひとつせずにいるんだろうと思う。
だからこそ、週末だけは俺に見せる表情が、心身の緊張がほどけたくつろいだものであって欲しい。
最寄り駅まで、チャンミンの運転でドンホを迎えに行った。
車内に甘い香りが満ちていて、「何の匂い?」と鼻をクンクンさせた。
「クッキーを焼きました。
おやつに召し上がっていただきたくて」
俺が予想した通り、チャンミンらしい心遣いに感動したけれど、「ドンホは甘いものは好きだったかなぁ?」なんて言って、素直にお礼が言えない。
俺とドンホはこの日、ピクニックをする予定でいた。
俺とチャンミンだけの秘密の場所、林の中にぽっかりと開けた広場で。
屋敷は俺にとって好ましくない人間が何人もいるから、気兼ねなく楽しみたかったんだ。
俺たちを現地に下ろしたチャンミンを、屋敷に帰してもよかったが、それは可哀想だ。
車内で読書でもして、待ってもらうつもりだった。
「ユノ!」
「ドンホ!」
制服を脱いだ私服のドンホが俺を見つけて、その目を輝かせた。
車の後部座席に並んでおさまり、心にストックしてあった話題が膨大過ぎて、どれから口にすればいいか分からない。
俺とドンホの小指同士が触れ合い、反射的に手を引っ込め、それからおずおずと近づいた。
バックミラー越しにチャンミンと目が合った。
その目は半月型に笑っていたのに、俺にはそう見えなかった。
これまでチャンミンだけに向けていた「大好き」の一部が、ドンホという少年に向けられるようになったことに、負い目を感じていたからだ。
寝間着に着がえた俺とドンホは、はしゃいでいた。
「ユノ...気付いてる?」
「何を?」
「ユノのアンドロイドは、まるでユノの親みたいだね。
ユノをずーっと見ているよ。
ユノの守り神だね」
「...うん。
チャンミンとは、俺がちっちゃい頃からずっと一緒なんだ」
「中学生になっても、
よっぽど気に入ったんだね」
「うん。
ドンホんちにはアンドロイドは居るの?」
「父が持ってる。
家のことを全部やってくれる、女のアンドロイドが居るよ。
引っ越しばかりの暮らしは嫌だからって、母とは別々に暮らしていたから。
父もそのアンドロイドのことを気に入っていてね、今のが3代目かな」
「3人目ってこと?」
「ああ。
1人目は病気になって、2人目は交通事故。
でも、1人目も2人目も、今の3人目も同じアンドロイドなんだよ。
見た目も性格も同じ」
「同じ...」
「父はそのアンドロイドがとても気に入っているんだ。
だから、今のものがいつ動かなくなってしまってもいいように、何人もストックしてあるんだって。
でさ、そのアンドロイドは母と全く同じ見た目をしているんだよ。
父も変な人だ。
ホンモノの奥さんとうまくいっていないからって、アンドロイドの奥さんを傍に置いているんだ」
「......」
「ユノのアンドロイドも、ストックはあるの?
気に入っているのなら、いざという時のためにストックしておいた方がいいんじゃないかな?
ユノんちはお金持ちだから、お父さんに頼んでみたら?」
細長いカプセルが無数に等間隔に並んだ大空間。
そのカプセルには、30センチ四方の窓があって、中のものを見ることができる。
俺はひとつひとつ、小窓を覗いて回る。
長いまつ毛を伏せて眠るチャンミン、長いまつ毛を伏せて眠るチャンミン、長いまつ毛を伏せて眠るチャンミン...。
カプセルの中身は全部、チャンミンなんだ。
そんな光景が、脳裏に浮かんだ。
今のチャンミンが壊れて動かなくなったとしても、新しいチャンミンがやってくる。
俺が死ぬまで、チャンミンは側にいてくれる。
俺は一瞬、安堵の感情に包まれたけど、直後に恐ろしさに襲われた。
その新しいチャンミンは、俺と過ごした記憶を持っているのだろうか?
見た目はチャンミンで、気質もチャンミンであっても、壊れてしまったチャンミンとは別人なんだ。
嫌だ...そんなの嫌だ。
(つづく)
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