森暮らしの目に、アスファルトに照り返した光が慣れない。
俺たちはデパートに駆け込んで、揃いのサングラスを選んだ。
カウンターに置かれた鏡を前に、店員が次々と勧めてくるサングラスをかけていった。
ガラスケース内の商品はほぼすべて、試しただろうか。
チャンミンに似合うものは俺には合わず、俺に似合うものはチャンミンにはちぐはぐだ。
俺とチャンミンとでは、顔の造りのタイプが違うから、なかなかこれはという物に出会えない。
俺がすっきりとした目鼻立ちだとしたら、チャンミンは目鼻立ちがくっきりしている。
この顔立ちは、チャンミンというアンドロイドのために造られたオリジナルのものなのか、どこかにモデルがいるのか、どちらなんだろう。
唯一無二の顔だったらいいな、と思った。
もしどこかに、チャンミンのモデルとなった者がいるとしたら、チャンミンは彼のコピー扱いになるのだろうか。
(...ダメだよ)
考えが先に進みそうになるのを遮断して、紫レンズのサングラスを試着しているチャンミンに意識を戻した。
あまりの似合わなさに、笑ってしまった。
この類の思考は、四方八方に仮説や疑問の触手が伸びて収拾がつかなくなりがちだ。
または、ひとつの考えに囚われてループした結果、落としどころを見失ってしまう。
いずれにせよ、意識して遠ざけないと気分が落ち込むばかりのものだ。
途中で疲れてしまった俺たちは、お揃いは諦めて各々が似合うサングラスを選んだのだった。
・
チャンミンはペイズリー柄のシャツに淡い水色のデニムパンツ姿だった。
いつもの白シャツ黒パンツ姿とは雰囲気ががらりと変わり、とてもリラックスしている風に見えた。
「チャンミン、カッコいいよ。
とっても似合ってる」
チャンミンは整った顔と長い手足を持っているから、何を着ても似合うのだ。
「ユノから貰った服ですよ。
ユノのセンスが素晴らしいのです」
俺のお古だと言って、チャンミンにたびたび洋服を譲っていた。
「せっかく街に来たんだ。
新しい洋服を買おうか。
俺が見立ててあげる。
4階だって」
ところが、チャンミンはエスカレーター前で立ちすくんでしまったのだ。
「そっか...そうだよね」
エスカレーターが初めてのチャンミンの為に、俺は彼の手を握った。
「え...ユノ?」
不意に手を繋がれて驚いて、チャンミンは反射的に手を引いた。
「いーのいーの。
俺のタイミングに合わせて乗るんだよ」
エスカレーターを3回乗り継ぐ間、俺はチャンミンと手を繋いだままでいた。
紳士服売り場に到着するなり、チャンミンは手を離そうとするものだから、俺は逃すまいとさらに強く手を握りしめた。
「いーのいーの。
俺たちは恋人同士なの。
ずっと夢だったんだ...好きな人と手を繋いで歩くの」
「変な目で見られますよ?」
チャンミンはその場に立ち止まってしまった。
「変な目ってどんな目?」
「いろいろあります...。
ここは外じゃないです、お店の中です」
「恋人同士って、人目なんか気にせずいちゃいちゃしているじゃないか?
誰かに見られたとしても噂にもならないよ。
俺は屋敷に引きこもってたし、学校も寄宿舎生活だったから、顔は割れていない」
「学校のお友達に見られたら...?」
「見られるかもしれないけど、もうすぐ卒業して離れ離れになる。
今さら、隠し事はしなくていいんだよ」
彼らは、チャンミンがアンドロイドであることを知らず、俺の送迎を任された屋敷の使用人だと思ってる。
「...でも」
「でもでもって、何が気になるの?
男同士だから?」
「それもあります...」
チャンミンの語尾は消え入りそうだった。
世間では男と男の組み合わせは少数で、物珍しい視線は避けられない。
「『アンドロイドだから、なんとかかんとか...』の台詞は絶対禁止ね」
「でも...事実です」
アンドロイドの世界では、性別へのこだわりがない...男女の区別がない...いわゆる、バイが標準っていうの?
売り場の通路で会話する内容じゃないと判断し、俺はチャンミンをエレベーターホールへと連れてゆき、ソファに座らせた。
「前にも言ったことがあったと思うけど、俺は女を好きになることはない。
手を握ることもできない。
俺にとって、男と手を繋ぐことは...チャンミン以外の男はあり得ないからね...普通のことなんだよ」
俺は17歳まで閉じた世界で育ってきて、世の中の平均とは何なのかに疎い。
標準を知らないと、何が普通じゃないのか何が恥ずかしいことなのか判断がつかない。
だから、大衆とは何なのか知ってしまうことが怖い。
チャンミンが男だろうとアンドロイドだろうと、俺は全然構わない。
でも、初心でまっさらなチャンミンが世間を知ることによって、俺たちは『普通じゃない』と身を持って知ってしまうことが怖い。
俺は、努めて堂々と、チャンミンをエスコートしなければならないのだ。
「俺はチャンミンだから好きになったんだ。
チャンミンがアンドロイドだったから、俺たちは恋人になれたんだよ」
「?」
「チャンミンがアンドロイドだったから、俺たちは出逢えたんだ。
そうじゃなかったら、ひとつ屋根の下で暮らすことはできなかったんだよ。
そうだろ?」
本心と逆のことを言っているな、と不思議な気持ちになった。
チャンミンが人間だったらいいのに...ずっと願ってきた。
でも、チャンミンと出会うためには、彼がアンドロイドでなければならなかった。
より一層、頭が混乱してきた。
俺は彼と繋ぐ手にもっともっと力を込めた。
「ユノ...力持ちになりましたね。
凄い力ですね」
「寄宿舎に入ってから毎晩、筋肉を鍛える運動を続けているんだ。
強い身体になりたくてさ。
...チャンミンの為にだよ」
「ありがとうございます、ユノ」
「元気出た?」
「はい」
「手を繋いでもいいよな?」
「はい」
「よーし、服を選びに行こう。
チャンミンのバッグもいるね。
買い物が済んだら、アイスクリームでも食べようか?」
「欲張りですね」
くすくす笑うチャンミンがとても可愛い。
・
歩き回るのに疲れて、デパートの喫茶室でひと休憩することにした。
注文したのはアイスクリームで、外で食べる物の美味しいことといったら、屋敷ではもっと贅沢なものを食べてきているのに不思議だった。
下町の駄菓子屋で食べるアイスキャンディの方が、俺は好きだけれど。
最上階の喫茶室から、青い空と整然と並ぶレンガや石造りの建造物が見下ろせた。
均等に植えられた街路樹の緑、茶赤や青のサンシェードの色が、灰色や茶色の建物のいいアクセントになっている。
チャンミンの生まれ故郷である下町や、屋敷のある森林とは違った魅力のある世界だと思った。
高校を卒業したら、俺たちは都会に暮らすことになる。
今のうちに何度か街へ通って、お互いに慣れておこう...そんなことを、ぼんやり考えていた。
せっかちに食べ終えた俺に対して、チャンミンはひとさじひとさじ時間をかけてアイスクリームを舐めていた。
長い指で小さなスプーンを、ぎこちなく扱っている。
「美味しいですね」
「うん、美味しいね」
チャンミンの物足りなさそうな表情に、アイスクリームをもうひとつ注文してやった。
「ユノは?
僕ばっかりいいのですか?」
「いーのいーの。
この後、レストランに行くから」
「あっ...!」
チャンミンは口を丸く開けた。
「忘れてたでしょ?」
「はい。
忘れていました。
今日がとても楽しすぎて。
この後も楽しみが待っているなんて、僕は幸せ者です」
「チャンミンは食いしん坊だから、アイスのひとつやふたつ、空気みたいなものだよ」
「う~ん、そうかもしれませんね」
俺たちは顔を見合わせ、くすくすと笑った。
・
徒歩では荷物がかさばり過ぎて、ホテルまでタクシーを使うことにした。
途中、タクシーを待たせて薬局で買い物をした。
今夜のために必要なものがあったのだ。
チャンミンは、俺が薬局に寄った理由に見当がつかないらしく、買い求めてきた紙袋の中身に何の詮索もせず、涼しい顔をしていた。
(つづく)
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