(16)19歳-初夜-

 

 

17歳の時、俺はチャンミンと深い仲になった。

 

男同士だ。

 

男色家といって、世間からは後ろ指をさされる関係だ。

 

でも、その渦中にいる者には正常も異常も、正しいも間違っているも何も無い。

 

俺は若く、チャンミンに酔っていて、今この時さえよければいい、その後はどうなってもいい、どうにでもなる...刹那的でギリギリだった。

 

幼少期に、叔父の歪んだ性癖に付き合わされ、何度か男同士の行為を目にすることがあった。

 

反吐が出るほど、嫌な時間だった。

 

その時の知識がチャンミンを抱こうとしている今、役に立つとは...皮肉なものだと思った。

 

ごく自然な流れで、チャンミンは受け入れる側となった。

 

俺はチャンミンに押し入る側でチャンミンは俺を受け入れる側だと、最初から決まっていたと思う...理由は分からないけれど。

 

 

俺はチャンミンと目を合わせたまま、彼の喉元に手をやった。

 

衿先までパリッとアイロンがかけられたチャンミンのシャツだ。

 

きっちりとかけられた1つ目のボタンでつまずいてしまった。

 

(カッコ悪い...)

 

チャンミンから目を反らしたくなくて、指先の感触だけでボタンを外そうとしたけれど、うまくいかない。

 

ふっと、チャンミンの目が優しくなって、口元も緩んでいた。

 

好きだから抱き合いたい、どうすればいいか分からない、違う自分を見せてしまうことが怖い...そんないろいろが、今にも縁からこぼれそうだったのが、俺の小さな失態で吹きこぼれずに済んだ。

 

ピンと張った空気が緩んだ、というのかな。

 

チャンミンは俺の手首をそっとつかむと、自身の襟元から除けた。

 

そして、チャンミン自身でボタンを外し始めた。

 

「......」

 

「緊張しているのは僕だけじゃなかったのですね。

ユノも緊張しているのですね」

 

「そ、そうだよ。

チャンミンだって、慣れてたら嫌だろう?」

 

「はい...嫌です」

 

「だろ?」

 

さも慣れた風にゴムを用意し、「ひとつになりたい」だのくさい台詞を吐いておきながら、それらはすべて虚勢に過ぎない。

 

チャンミンが欲しくて、ヤリたいからヤルのだけれど、その欲求よりも、スムーズにコトを成したい、彼にいい思いをさせてやりたい...この願いの方が強いのかもしれない。

 

やっぱり、気障なのかなぁ。

 

チャンミンは俺と向かい合わせに横たわった状態で、シャツから腕を抜いていった。

 

シャツを脱いでしまうと、それのやり場に迷ったようだった...が、くるりと丸めた上でベッド下へ放った。

 

チャンミンはちろりと舌を見せ、俺も彼らしくない行動にクスリとしてしまった。

 

俺から目を反らしたくないし、身体を離したくない。

 

目の前に半裸になったチャンミンが横たわっている。

 

「...き...」

 

感動と欲で、最初のひと言が...一つ目のボタンのように...喉に引っかかってしまった。

 

「綺麗...

チャンミン...綺麗」

 

「綺麗?

...僕が?」

 

「うん」

 

カーテンを閉めずにいてよかった、と思った。

 

昼間の光はいかにも即物的ですみずみまで明らかにしてしまうから、ロマンティックさに欠けるものだ。

 

でも、今俺の目にさらされているチャンミンの裸の胸に、俺はロマンティックさを求めていない。

 

纏っていたものを取り去ると、現れたのは優しい肉体だった。

 

肉体労働を強いられているにも関わらず、筋肉は発達しておらず、静脈が透けてみえるほど真っ白な肌、光を浴びた産毛の1本1本が半透明に透けていた。

 

左わき腹にぽつんとあるホクロが、いかにも人間らしく映った。

 

筋肉も脂肪も、無駄なものは何もなかった。

 

「そんなに見ないでください...はずかし...」

 

俺は、顔を覆ってしまったチャンミンに構わず、彼に見惚れ続けた。

 

彼は人間が作り出したものではない、と涙が込みあげるほど感動した。

 

神々しくて一瞬、欲情が消え失せてしまうかと思われたくらいだ。

 

神様がこしらえた宝物。

 

...何かの小説で読んだことがある一節そのものだった。

 

宝物...小説じゃない、もっと別のところで目にした言葉だ。

 

...思い出した。

 

12歳の誕生日に、チャンミンが俺にくれた手紙に書かれていた一節だ。

 

『あなたは僕の宝物です』

 

あの言葉をそっくりそのままお返しできるよ...『君は俺の宝物』と。

 

俺の視線がぼやけ、目の前の光景から離れかけた。

 

胸が感動と愛情でいっぱいになり過ぎて、これからしようとしている行為を忘れてしまいそうだった。

 

「チャンミン...綺麗だね」

 

冷房の風で、チャンミンの桃色の乳首が縮こまっているのが、可愛らしかった。

 

摘まんでみたい衝動にかられたけれど、急な行動はチャンミンを驚かせてしまう。

 

それはもう少し後だ。

 

「何度も言わないで...」

 

チャンミンは俺の手を取ると、自身の胸に引き寄せた。

 

俺の手の平は、チャンミンの胸の真ん中に押し当てられている。

 

「チャンミン...凄い。

心臓がドキドキだよ」

 

「こうやって...ユノの手で、僕のドキドキを抑えてください」

 

「うん。

いいよ」

 

チャンミンは俺の手を押し付け続けるせいで、じんじんと伝わってくる彼の熱で火傷しそうだった。

 

「俺も脱いでいい?」

 

「はい?」

 

「服。

脱いでいい?」

 

「ああ!!

そうですね。

僕だけ裸になっていて...すみません!!」

 

俺は一度、チャンミンの側から離れると、手早くシャツを脱ぎ捨てた。

 

いつの間にか大量にかいた汗で生地が貼りつき、肩のところでもたついていたのを、チャンミンがアシストしてくれた。

 

(やっぱり、今日の俺はキマらない)

 

チャンミンはそれを笑ったりしない。

 

チャンミンもいっぱいいっぱいなのだ。

 

俺はチャンミンの手を俺の胸へと誘導した。

 

「ほら。

俺の心臓も...すごいでしょ?」

 

チャンミンの細い指は最初は遠慮がちだったのが、俺の胸を撫ぜ始めた。

 

「あなたが小さな時、お風呂に入れる時がありましたね。

水着になって湖で泳いだ時も。

さんざん目にしてきたのに...こんなに大きくなって」

と、チャンミンはつぶやくものだから、俺は吹き出した。

 

「年寄りみたいなこと言わないで」

 

「すみません。

なんだか嬉しくて...逞しくなったユノに感動していたのです」

 

「俺もチャンミンを見て感動していたんだ」

 

俺たちは顔を近づけ合い、鼻のてっぺん同士をくっつけた。

 

互いの吐息は、のぼせそうに熱い。

 

とても自然に互い違いに顔を傾け合った。

 

目をつむってしまったら勿体ない、視線を伏せただけだ。

 

唇は既に開かれていて、唇が重なる前には2人の舌が絡んでいた。

 

チャンミンの両腕が俺の背中にまわった。

 

「...んっ...ふっ...」

 

俺はチャンミンの腰を引き寄せた。

 

もう片方は、チャンミンの脇腹から胸へと這い上がっていく。

 

まず触れてみたいところがあった。

 

俺の指がどこに向かっているのか、チャンミンは知らずに俺のとのキスに夢中になっている。

 

指先が到達したとき、

 

「ああっ...あん」

 

チャンミンの身体が弓なりにしなった。

 

軽く摘まんだだけでこの反応だ。

 

レストランの予約時間が迫っていた。

 

 

(つづく)

 

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