「暑いね...」
俺のつぶやきに、チャンミンはベッドを抜け出て、ドア横のスイッチをひねった。
シーリングファンが回転を始めた。
チャンミンがベッドに戻ってくるなり、胸の中へと引き寄せた。
汗で濡れた前髪をかきあげ、露わになった額に唇を押し当てた。
ファンの羽根は、僕らが吐き出した性の余韻漂う生温い風をかき回している。
「はあぁぁぁ...」
上手くいかなかった。
不完全燃焼だった。
初めてってこんな感じなのかな。
でも、数突きでイってしまったのだから、気持ちよかったんだと思う。
俺とチャンミンの場合、押し倒して貪るように...ではなく、触れたりその手を離したり、気持ちの確かめ合いをしたりと、そこに至るまで随分と時間をかけてしまった。
これがいわゆる、前戯というものなのかな。
2人ともどもマットレスに突っ伏した時には、カーテンの隙間から差し込む光が日光ではなく人口照明へと変化していた。
カーテンと窓を開け放つと、涼しい風が吹き込んできた。
チャンミンは窓際に立つ俺に近づいたかと思うと、俺に抱きついてきた。
「どうでした?
僕は...よかったですか?」
おずおずと訊ねるチャンミンが可愛らしかった。
俺は「うん、よかったよ」と答えた。
ところが「正直に答えてください」と言われてしまった。
チャンミンは、俺の発言を信じていない時はいつも、眉間にシワを寄せるのだ。
(やってもいない宿題をやったと答えた時と同じ表情をしている辺り、俺はまだまだ子供扱いされている)
チャンミンは不安だったのだろう。
しかし、俺の方こそいたらないところが沢山あったに違いないのだ。
「う~ん...正直言うと、よく分からなかった。
チャンミンは?」
「僕もです」
「やっぱりね。
きっと誰しも、初めての時は上手くいかないものだよ」
「そうだといいのですが...」
「上手くいったかいなかったかよりも、俺たちがHしたかしなかったが大事だよ」
「!」
チャンミンは両手で頬を押さえ、俺の腕の中でくるりと回転した。
頬を隠しても、俺の鼻先にある耳が真っ赤になっている。
「すみません。
今さらですけど...僕は...今日の僕はちょっと、いつもと違ってましたね。
急に恥ずかしくなってきました...」
「俺は大胆なチャンミンも好きだよ。
10年一緒にいて初めて見たよ、あんなチャンミン」
背中を向けていたチャンミンの肩を掴み、こちら向きにとくるり回転させた。
チャンミンを覗き込んだ俺はニヤりと笑った。
「嫌な予感がします...。
変なお願い事は無理ですよ」
俺の腕の中から逃れようとするチャンミンを、俺は羽交い絞めにした。
「もう1回!」
上手くいなかったのなら再チャレンジ。
いやいやするチャンミンの首筋を甘噛みしていると...。
「レストランは?」
チャンミンのひと言で、現実に引き戻された。
レストランの予約時間が迫っていた。
髪をくしゃくしゃにさせたチャンミンが表情を曇らせていた。
「キャンセルの連絡だけ入れておこうか?
食事はルームサービスをとろうよ」
レストランなどキャンセルしてチャンミンと抱き合っていたいけれど、真面目で思いやりのあるチャンミンのことだから、気が咎めて集中できないだろう。
そして長い間、「お店の人に迷惑をかけてしまいましたね」と、クヨクヨしていそうだ。
「う~ん...」
俺はチャンミンにとことん甘いし、深刻に悩むたちの彼を困らせたくない。
「オッケ...レストランに行ってからにしようか?」
俺はチャンミンの裸のお尻をペチンと叩いた。
「着替えよう!」
俺は床に散らばった衣服から下着を見つけ出すと、身に付けた。
チャンミンの下着を隠して悪戯しようかと思いついたけれど、止めておいた。
「チャンミンはフロントに電話をかけて、タクシーを呼んでね」
「はい」
「予約時間には間に合わないけど...。
あと30分で着きますって...お店に伝えておこうか。
これもチャンミンが電話するんだよ」
「はい」
「何事も練習さ。
俺たちは一緒に、屋敷を出るんだ。
俺も強くなるけど、チャンミンにも頑張ってもらいたいんだ。
いい?
できる?」
「はい」
チャンミンは素直に頷いて、サイドテーブルの電話の受話器を取った。
父に証明しないといけないのだ...アンドロイド・チャンミンは生活能力が備わっており、俺の付き人に相応しいことを。
受話器の向こうのフロントマンにペコペコ頭を下げるチャンミンを見つめながら、俺はそう思った。
・
「もう1回」
枯れることのない俺の性欲。
チャンミンに飛びつきひっくり返した。
はしゃいだ悲鳴をあげるチャンミンの足首をつかみ、大きく左右に押し広げた。
「だめっ!
そんなとこ!」
俺の頭を押しのけるチャンミンの手を、楽々跳ねのけた。
言葉も阻む手も、拒んでる風に見えて実は全力で拒絶していないのだ。
チャンミンの中心に向けて、膝から太ももをキスしながら、温かい肌の弾力を辿っていった。
「ダメですって」
ちゅっと吸い付いて、出来た赤い痕に俺は大満足だ。
半分はいやらしい気持ち、半分は愛情から生まれた悪戯心。
既に2度繋がった後で、気持ちに余裕があった俺は、チャンミンの身体をいじって遊んでいたのだ。
「舐めてもいい?」
「ダメです。
もう舐めてるじゃないですか?」
「ダメダメ言われると、余計にしたくなるなぁ」
チャンミンの太ももを支えていた手を離しても、彼は両脚を大きく広げたままだった。
(気持ちいいんだ)
俺はチャンミンのふわふわに柔らかい2つを手で優しく揉みながら、太ももの付け根を食んだ。
そこで俺はあるものを目にした。
(タトゥー?)
色は藍色で、ホクロよりも大きくシミのようなものだ。
(なんだ、これ...?)
時は深夜、室内はスタンドランプの灯りだけで、懐中電灯で照らせば鮮明に分かるだろうけど。
(オー...ワン?)
製造元会社のブランドマークとは全く異なっている。
絵柄でも意味ありげな単語でもなさそうなので、生まれつきのものかもしれない。
チャンミンにはホクロがそれなりにある、服を脱がしてみて分かったことのひとつだ。
右肩甲骨の下とか、腰骨の上、とか膝の裏とか。
シミひとつないなめらかな肌の持ち主だけど、ホクロはちゃんとある。
・
洗面所で口をゆすいでいると、内線電話が鳴った。
非常識ともいえる時間の電話に、いい気はしなかった。
「俺が出るから、チャンミンは休んでて」
ぐったりと身を投げ出していたチャンミンに声をかけ、俺は受話器をとった。
「はい」
『ご自宅からお電話です』
一瞬で楽しい気持ちが消えてしまった。
『今からお繋ぎします』
・
電話をかけてよこしたのは、母付き従者のTさんだった。
母が倒れたそうだ。
(つづく)
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