【BL短編】失恋~さよならはエモーション~

 

 

時間が解決してくれる、とはよく言ったものだ。

 

深夜過ぎのコンビニエンスストアへ、さしたる用事もないのにふらりと立ち寄ってしまったのは、正直に認めてしまうけど、寂しくて仕方がなかったからだ。

 

冷たく乾いた北風が、湯上りだった俺をぶるりと震わす。

 

手渡されたレシートは、くしゃりと握りつぶして捨てた。

 

ビールでも...と思ったが、温かい缶コーヒーを購入したのだ。

 

熱々のそれを、左右の手に交互に転がす。

 

甘いコーヒーを、ちびちびとすすりながら、自宅アパートへの道をとぼとぼと歩く。

 

時間が解決してくれる...ふざけるな!

 

解決できるまでの時間がいばらの道なんだよ。

 

泣くもんか。

 

泣いてたまるもんか。

 

泣いてしまったら、事実になってしまう。

 

それでもぶわりと涙が浮かんできて、それがこぼれ落ちないようにと、天を仰いだ。

 

見上げた星空が綺麗で、こんなに腐った心を抱えていても、感動できる自分がいて、捨てたものじゃないなぁ、と思った。

 

ある人を思い出していた。

 

俺の脳みその120%は、そいつのことで占められていた。

 

 

 

 

毎晩、深夜0時にコンビニエンスストアで缶コーヒーを買うルーティンが加わった。

 

失恋を癒やすには、そこから早く抜け出すために、淡々と、小さなルーティンを繰り返す。

 

俺は必死だったんだ。

 

深夜バイトの子も、毎晩必ず同じ銘柄の缶コーヒーを買いにくる俺を覚える。

 

入店する俺を認めると、注文する前にレジカウンター横の保温機から、その缶コーヒーを差し出してくれる。

 

これですよね?ってな風に。

 

俺は軽く頷いてみせる。

 

そのバイト生のささやかな気遣いにすら、泣けてしまうのを堪えるのだ。

 

そして今夜も、甘ったるい缶コーヒーをすすりながら、夜道を歩く。

 

あいつと暮らした部屋へ、一人帰るんだ。

 

 

 

 

俺たちは10年間、ともに暮らしていて、概ねうまくやってきたと思っていた。

 

帰宅するとあいつが待っていて、俺の帰りが先の場合は、あいつが帰宅するのを待つ。

 

変わった酒や菓子、日常生活にこれっぽっちも役に立たないくだらない物などを買ってきては、あいつの反応を見るのが面白かった。

 

喧嘩することもあったけれど、楽しかったなぁ。

 

あいつと過ごした全てが、キラキラと眩しい思い出だ。

 

 

 

 

物には罪はない。

 

だが、あいつが選んだ柔軟剤のボトルひとつですら、今の俺にとっては凶器だった。

 

全て捨てた。

 

ゴミ袋の山ができた。

 

この部屋の中のものが全部、あいつにまつわるものだった事実に、ぞっとした。

 

これだけのものに囲まれていたら、過去にとらわれたままでいて当然だ。

 

「ははっ...」

 

乾いた上っ面な笑い声が、がらんとした部屋に虚しく響いた。

 

「馬鹿やろう...」

 

大声で叫べれば、どれだけ楽になるだろう。

 

壁をこぶしで殴り、共に買ったマグカップを叩き割ってしまえたら、どれだけ楽になることか。

 

それが出来ない俺は、ぼそりとつぶやくのがやっとだった。

 

俺は死ぬほどあいつのことが好きだった。

 

ずっとずっと、一緒にいたかった。

 

でも、無理だった。

 

当然だ。

 

俺たちの関係は、「その先」がない。

 

どれだけ愛し合っていても、ゴールがない。

 

ゴールを求めたあいつを、俺は責められない。

 

今の俺は、1ミリも幸せじゃない。

 

でも、あいつの幸せは祈っている気持ちがある。

 

この想いが、俺を苦しめてるんだよなぁ。

 

 

 

 

いつも通り起床して、電車に乗って職場に向かう。

 

会議資料をまとめ、クレームに頭を下げ、後輩と昼飯を食い、得意先を訪問して回る。

 

ふと見た窓の向こう、アイスブルーの冬空が透き通っていて綺麗だった。

 

今頃あいつは何しているかな。

 

笑っているかな...笑っているだろうな。

 

頭の中のあいつが「元気にしてる?」と、俺に尋ねる。

 

元気じゃねぇよ。

 

泣かないようにするのに必死なんだ。

 

辛くて仕方がないんだよ。

 

あの頃に戻れたらなぁ...無理だって分かってるよ。

 

ふうっと息を吐き、手元の書類に意識を戻す。

 

いつか笑える時がくるといい。

 

その日の訪れを、俺は指折り待ち望んでいるんだ。

 

 

 

 

深夜のコンビニエンスストア。

 

いつものバイト生がいつもの缶コーヒーを、レジカウンターにことりと置くのを待った。

 

「あの...すみません...。

商品の入れ替えがあって...」

 

心から申し訳なさそうに言う彼と、真っ直ぐ目があった。

 

彼の顔をまともに見るのは、その時が初めてだった。

 

「...そっか...」

 

困ったな...いばらの道をやり過ごすためのルーティンが途絶えてしまった。

 

がっくりと肩を落とした俺に、彼は慌てたようだった。

 

「これ!

これなんか、どうですか?」

 

彼は保温機から取り出した飲み物を、俺の手に握らせた。

 

「ミルクティ?」

 

「嫌いですか?

じゃあ、これは?」

 

レジカウンターの上に、色とりどりのホットドリンクが並んだ。

 

一生懸命な彼に、思わず俺はクスリとしてしまって、「全部ちょうだい」と言っていた。

 

「え?」

 

俺の言葉に、彼はポカンとした表情でいた。

 

へぇ、可愛い顔してるなぁ、って思った。

 

21か22の大学生かな、若いなぁ。

 

買い物袋を手渡す彼の手と、受け取る俺の手が一瞬触れた。

 

「わあ!

すみません!」

 

これくらい大したことないのに、大げさな反応をする彼に...真っ赤に顔を染めた彼に、俺は感動していた。

 

この子はきっと、心が引き裂かれるような失恋は経験したことはないのだろうな。

 

喪失の苦しみから抜け出る術を、まだ知らないのだろうな。

 

若く、新品な彼が羨ましかった。

 

 

 

 

酷い風邪をひいた。

 

自分の身体をないがしろにしていた罰があった。

 

会社を病欠し、布団にもぐりこんで一日震えていた。

 

あいつに看病してもらえたのは、過去の話だ。

 

喉がからからなことに気付いて、もぞもぞと布団から抜け出る。

 

膝に力が入らず、ぐらりと揺れる身体。

 

熱で朦朧とした視界と思考。

 

この熱が下がったら、新しい自分になれそうだ。

 

たかが風邪ごときに望みを託すくらい、俺は必死だった。

 

このままじゃ駄目だ、前へ進まないと。

 

ふらつく身体をおして、深夜のコンビニエンスストアへ向かう。

 

 

 

 

「大丈夫ですか?

...大丈夫じゃないですね」

 

いつものバイト生、両眉を目いっぱい下げて俺を心配する。

 

微笑み返すのがやっとの俺は、ホットレモンのボトルを手に店を出る。

 

開きかけた自動ドアに肩をぶつけてしまって、その勢いで片膝をついてしまった。

 

「わあぁ!」

 

彼の叫び声に、俺の方が驚いた。

 

駆け寄る彼に肩を貸してもらい、俺はなんとか姿勢を立て直した。

 

背が高いんだな。

 

「僕にもたれてください」

 

俺の背を支える腕が力強くて、このまま頼ってしまいたくなる。

 

弱り切っていた自分に、あらためて気づいた。

 

「ここで待っててください」

 

店前のベンチに俺を座らせると、彼は店内へ駆けていった。

 

深夜過ぎだというのに、交通量の多い幹線道路。

 

火照った頬に冷たい夜風が気持ちがいい。

 

「さあ、行きましょう」

 

バタバタと足音がし、俺の脇に腕が差し込まれた。

 

「家はどこですか?

送っていきます」

 

「え...?

君...仕事は...?」

 

「早退です」

 

「え...?

そんなの...悪いよ」

 

「あと30分でしたし、いいんです。

ほら、もっともたれてください」

 

彼は頼もしかった。

 

「いつもの時間にいらっしゃらないから、心配してました」

 

「風邪ひいてて...今まで寝てたんだ」

 

「そうですか...辛いですねぇ」

 

彼が言う「辛い」は体調不良についてのことだ。

 

でも、その時の俺には、違う意味に聞こえた。

 

辛かった。

 

本当に辛い毎日だった。

 

涙がこぼれた。

 

「僕に任せてくださいね。

明日は休みだし...あ、もう今日になっちゃいましたね。

ああ!!

泣くほど辛いんですか?」

 

綺麗な横顔をしている、と思った。

 

「家はどこですか?

そっちですね」

 

優しい子だな、と思った。

 

「ごめんな、サボらせてしまって」

 

「いいんです。

貴方が心配で、仕事になりませんでしたから」

 

「自己紹介しないとな。

俺は、ユノ。

君は?」

 

「チャンミンといいます」

 

 

 

 

朝までぐっすりと眠ろう。

 

心配性なこの子のことだから、帰らないだろうな。

 

辛かった日々は、39℃の熱と共に昇華するはずだ。

 

明日になったら、この子に美味いものを食わせてやろう。

 

「ありがとな」

 

「どういたしまして」

 

 

(おしまい)

 

 

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