寝込みを襲う形になってしまうけれど、後先のことは...後になって考えればいい。
僕の軽はずみな行動は、浴びるほど摂取したビールと焼酎のせいにすればいい。
・
シャツをたくしあげ、引き締まった下腹をひと撫ぜした。
そして、彼のものに顔を寄せぺろり、と先端を舐めてみた。
つるりとした舐め心地で、汗の香りがした。
頭を垂れていたものが、そのうち歯を当てたら弾けそうなほど張り詰めていった。
僕は頭を上げ、ユノの様子をうかがった。
彼は眠ったままだった。
僕は続きに戻った。
僕の唾液ととめどなく湧くそれとが混ざり合い、口を離すと糸が引くのが分かった。
ユノは呻き膝を立て、身をよじる。
下腹部の違和感の正体を探ろうと伸ばされたユノの手を、僕は払いのけた。
眉間にしわを寄せ、切なさげな表情を見ていると、僕も興奮してくる。
パンツのジッパーを下げ下着をずらすと、むき出しにしたそれをしごいた。
寝返りを打たれても、僕はコバンザメのように彼のそこに吸い付いたままでいた。
自分がされて気持ちがよいと思う動きを、口と喉、指を使って再現した。
イカれた行為にふける自分を軽蔑し、卑しい自分に興奮した。
あ~あ、やっちまった。
ぬるま湯とはいえ、長年保ってきた良好な距離感をぶち壊している。
信頼を損なう手段などいくらでもあるけれど、僕の願望も同時に叶えられる手段はやはり、性的なこと。
僕だけの秘密、ユノの内ももの柔らかない皮膚をきつく吸い付いた...付けられた本人はまさか鬱血痕だとは思いもしないだろう。
開けた窓から侵入した蚊でも刺された程度に思うはずだ...ここが超高層で超ラグジュアリーな空間で、不快害虫が入り込む隙などない点を無視した場合の話だが。
いよいよ彼のものが爆ぜた。
続けて僕のものも爆ぜて、放たれたものは手の平で受け止めた。
「はあはあはあ...」
彼の下着を汚すわけにはいかなくて、僕は全部を飲み干した。
美味くはないが、不味くもなかった。
相方の精液を飲むとはぶっ飛んだことをしたものだ。
・
僕は部屋を出た。
僕の背後で、カチリとドアが施錠される電子音がした。
明日も...日付が変わってしまったから今日...ユノと顔を合わせるスケジュールになっている。
口淫されても目覚めないほどユノはぐっすりと眠っていたし、濡れた箇所は綺麗に舐めとったから、気づかれていないはずだ。
僕はタクシーで帰宅し、缶ビールを1本飲んだのちベッドに入った。
ぬるいビールはユノの精液よりも不味い、と思いながら。
・
昨夜の行為は現実のものだと信じられないほど、健康的な青空だった。
僕は口内に残る、ユノの形と固さ、熱さと味を思い返していた。
寝込みを襲うという犯罪行為を犯しながら、罪悪感が無いことが不思議だった。
為すべきことを為した満足感が強い。
これが吉と出るか凶と出るか...ぬるま湯に大量の氷をぶち込んだのか、もしくは熱湯を注いだのか、僕らの仲はどう変化するのだろう。
昨夜の行為にまったく気づかれなくても寂しいし、バレてしまったことで「変態」だと避けられてもショックを受けるだろうな。
・
二日酔いのユノは真っ青な顔色で、水ばかり飲んでいた。
ぷんとアルコールのすえた匂いをまとっていたが、午後を過ぎた頃になって元気を取り戻したようだった。
休憩時間、ユノはスタッフたちと談笑し、僕は彼らから離れてスマートフォンをいじっていた。
「チャンミン」
ちょいちょいと手招きされ、トイレに引きずり込まれた。
「な、何するんだ!?」
ユノは意味ありげに目を細め、ずいっと僕に顔を寄せた。
「...凄いなお前」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「なんの...こと?」
「とぼけるなよ。
昨夜のことだよ」
「ああ~。
『あのこと』ね」
ここは目を泳がすなり、動揺する場面のところなのに、全く隠すつもりがなかった僕は真っすぐユノの目を見つめ返した。
ユノの瞳孔が一回り縮み、すぐに元通りになった。
僕の態度が堂々としているものだから、ユノは動揺したようだった。
「気づいてたんだ?」
「あ、あれだけのことされて、気づかないなんておかしいだろう?」
ユノは僕から身を引くと、施されたメイクを気にもせず、すくった水で顔を洗った。
「寝てたふりをしてたんだ?」
「半分夢見心地だった」
「じゃあ、べろんべろんに酔ったのはフリだったの?」
「ああ...3割増し」
「どうして?」
ユノはペーパータオルを乱雑に2、3枚引き出すと、濡れた顔の水気を取った。
「最近、なんだかダルいな、って思っててさ。
身体がダルい、っていう意味じゃない」
「仕事?」
「違う。
...お前との関係」
ユノは洗面カウンターにもたれかかった。
鏡にはユノの背中と、彼と色違いのスーツを着た僕が映っている。
「お前に近づくための口実」
「いつも一緒にいるじゃないか」
「オフィシャルな場ではね。
そういえば、プライベートでお前と遊んだことないな、って思ったわけ。
今さらだけどな。
周りのやつらはどんどん身を固めてゆくし、今の生活に満足はしてるんだけど...。
してるんだけどさ。
たまに、こんなんでいいのか、って思うわけ。
何か足らないって思うわけ」
ユノは立てた親指で自身を指さした。
「こう見えて、俺って本命を前にするとかっこつけてしまって、言いたいことが言えないんだ。
そんなわけで、酒の力を借りてみた」
「軽蔑したか?
僕がしたこと。
...変態だろ?」
「ああ、変態だな」
「だろ?」
「でも、悪くない。
どうせなら、素面んときがよかった」
ユノはペーパータオルをくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱に投げ捨てた。
「何言ってんだ?」
「素面んときがよかった、ってこと。
酔っぱらってたら、感覚が鈍くなる。
夕べ、イクのに時間がかかっただろ?」
ユノは片脚を伸ばすと、つま先を僕の股間に添えた。
「!」
ラインストーンが全面に縫い付けられ、つま先がとがった靴だ。
足の甲で、僕の股間を撫ぜた。
「...っ」
「次の休み...チャンミンちに行ってもいい?」
「え?」
「酒は禁止。
素面で。
いいか?」
僕は、こくりと頷いた。
そういえば...ユノを招いたことがなかった。
僕の部屋に。
(おしまい)