抱けなかった罪(9)

 

あの日以来、

チャンミンと一週間会っていなかった。

 

例の2年生の子との別れ話がこじれて、彼女の兄やら友人やらも登場しての修羅場だった。

 

責められても、悪いのは100%俺の方だ。

 

ひたすら謝るしかなかった。

 

一度、チャンミンから着信があったが、それどころじゃなかった俺は「また後で」とそそくさと切ってしまった。

 

長い春休みに突入していて、大学に行く必要もなかったから、バイトのシフトを増やした。

 

今朝も着信があって、バイトに遅刻しそうだった俺はそれを無視をした。

 

出勤してきた俺と、帰り支度をしていたSとロッカールームで鉢合わせした。

 

Sは、俺の顔を見ると、ニヤリと口の端をゆがめた。

 

「ユノ、その顔どうした?女か?」

 

「ああ」

 

別れ話ののち、逆上した彼女の兄に何発か拳で殴られたのだ。

 

ロッカールームにいた他のバイト学生たちも寄ってきて、俺の顔を覗き見て笑った。

 

「こりゃ、痛いぜ」

 

「お前、オンナ関係派手だからな、ハハッ」

 

その言葉には無視して制服に着替えていると、Sが話しかけてくる。

 

 

 

「チャンミン、すげーよかったよ」

 

 

俺の着替える手が止まった。

 

 

「最高に締まりがよくってさ。

俺、久しぶりだったし。

何度でもイケるわけ」

 

 

「は?」

 

 

「ヤベーヤベー、

昨日は丸一日、部屋から出なかったな」

 

 

 

「チャンミンに...何したんだよ?」

 

 

 

声がうまく出せない。

 

しぼりだした声がかすれていた。

 

 

「何した、じゃなくて、何回したかって話。

ユノ。

お前の最高記録は何回だ?」

 

 

息が詰まって、呼吸ができない。

 

血の気が引いて、冷汗が噴き出るのが分かった。

 

 

「チャンミンってさ。

目がマジで怖いったら。

萎えるじゃん。

あいつの目を塞いでヤったよ、なぁ?」

 

Sは周囲に同意を求める。

 

なぜSだけじゃなく、小太りのこいつも、ガリガリの不細工も頷いてるんだよ。

 

 

こいつらは一体、誰の話をしてるんだ?

 

 

「ヤりまくりのユノの紹介だからさ。

てっきりお前が先に手をつけてるって思うだろ?」

 

「まさかの、“初めてちゃん”だったとはなー」

 

「俺らが“開発”してやらないとなー」

 

「なー」

 

「暴れるのなんのって、3人がかりだったよ」

 

ゲラゲラと笑い声。

 

 

 

この野郎...。

 

 

 

上半身がカッと熱くなって、気づくとSの胸ぐらをつかんでいた。

 

Sの後ろのロッカーがガシャンと音を立てる。

 

 

全身がたぎるように熱かった。

 

視界が狭い。

 

 

「何てことしてくれるんだよ!」

 

 

「お、落ち着けよ」

 

Sは怯えた目をして、つかみ上げた俺のこぶしを叩く。

 

「放せったら」

 

小太りとガリガリが、俺をSから引きはがした。

 

「お前の男じゃないんだろ、チャンミンは?」

 

Sは首をさすりながら、へらへらと笑う。

 

「じゃなきゃ、なにキレてるんだよ」

 

 

 

吐き気がした。

 

 

 

これまでの自分を、心の奥底から恥じた。

 

何人もの女の子たちをモノにし、泣かせてきた罰が当たった。

 

その罰は俺じゃなくて、チャンミンに当たった。

 

片想いでいるのがやりきれなくて、心と身体がバラバラだった俺。

 

そのせいで、チャンミンの心も身体も両方、めちゃくちゃに傷つけてしまった。

 

 

 

俺は大馬鹿野郎だ。

 

 


 

 

もっと早く、チャンミンに想いを伝えていればよかった。

 

断られたとしても、何度もあきらめずに。

 

いつかは、俺の方をふり向いてくれていたかもしれない。

 

チャンミンを振り向かせていれば、こんなことにならなかったのに。

 

ぞっとするほど怖いくらいのチャンミンの眼差しを、受け止められるのは俺だけなのに。

 

あの夜、チャンミンを最後まで抱いていればよかった。

 

腕の中からすり抜けてしまわないよう、チャンミンの身体に俺を刻みつけてやればよかった。

 

いや、違う。

 

抱く以前の問題だ。

 

キスする前に、「好きだ」と口にしていればよかったんだ。

 

Sのことは諦めて、俺を見てくれ、と。

 

ほらやっぱり、ここに帰結するのだ。

 

 

 

今のチャンミンは...。

 

 

苦しんでいるだろう。

 

 

傷つけたのは...俺だ。

 

 

 

 

階段を3段飛ばしで駆け上がり、チャンミンの部屋のチャイムを鳴らす。

 

ポケットから携帯を取り出して、履歴を確認した。

 

チャンミンから着信があったのは、今朝が最後だった。

 

チャンミンからのSOSの着信を、俺は無視した。

 

かけ直すこともせず、放置していた自分を殴りつけてやりたかった。

 

インターフォンから反応がなく、焦った俺はドアを何度か叩く。

 

「チャンミン!

俺だ!

ユノだ!」

 

カチリとドアが開いた。

 

ドアの隙間からのぞくチャンミンの顔を一目見て、彼にしでかした事の重大さが重く俺にのしかかる。

 

あまりに痛々しくて目をそむけたくなったが、こらえてチャンミンを正面から見つめた。

 

「チャンミン...」

 

俺に身体を鍛えろとからかわれたばかりのチャンミンが、げっそりとやつれていた。

 

端正な顔だけに、余計に痛々しかった。

 

「ユノ...久しぶり」

 

声が嗄れていた。

 

押さえつけられて大声で泣き喚く姿が浮かんで、心臓がぎゅっと縮まった。

 

「あ、ああ」

 

チャンミンについて部屋に入る。

 

「僕...ちょっと調子が悪いから。

横になってて...いいですか?」

 

「あ、ああ、もちろん」

 

柔らかなくせ毛が、今はぺしゃんこにつぶれていた。

 

チャンミンは前かがみになって、小股でそろそろと歩いている。

 

チャンミンは、ここまで独りで帰って来たのか。

 

今朝の電話は、俺に迎えに来て欲しかったんだ。

 

俺はチャンミンの背に手を添え、ベッドに横になった彼に布団をかけてやる。

 

いつも表情豊かなチャンミンが、能面のようで目がうつろだった。

 

どれくらい泣いていたのだろうか、目が腫れぼったかった。

 

俺はチャンミンのベッドの端に腰かけて、かける言葉がみつからず逡巡していた。

 

「ごめん」

 

「どうしてユノが謝るんですか?」

 

チャンミンの瞳には確かに俺が映っているのに、まるで焦点が合っていない。

 

「Sを紹介したばっかりに...」と言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

もしかしたら、チャンミンは俺に知られたくないと考えているかもしれない。

 

 

掛け布団のしわをのばしながら、チャンミンに話しかけた。

 

「...ちゃんと、ご飯食べてるか?」

 

「...ううん...」

 

「食べないと、元気がでないぞ」

 

「お腹を壊したのかな...ハハハ」

 

「牛乳を温めてきてやろうか?」

 

「いらない...」

 

「もっと太った方がいい。

なにか食べたいものはある?買ってくるよ」

 

「いらない。

でも、ありがとう」

 

 

チャンミンの「ありがとう」を聞いた途端、俺の目からボロボロと涙がこぼれ出た。

 

「チャンミン、アイス好きだろ?

買ってくるから、待ってろ」

 

泣いている顔を見られたくなくて、俺は立ち上がった。

 

「行くな!」

 

布団の中からチャンミンの腕が伸びて、俺のシャツを引っ張った。

 

「ユノ...ここにいて」

 

チャンミンの瞳に、わずかだけれど鋭い光が戻っていた。

 

「いるよ」

 

裾をつかんだチャンミンの手をとり、その手を両手で包んだ。

 

 

甲の薄い、俺より小さな手だった。

 

まともにチャンミンの手を握ったのは、これが初めてだったかもしれない。

 

ますます、泣けてきた。

 

俺の理想と逡巡が邪魔をして、チャンミンを守れなかった。

 

自分が情けなかった。

 

 

(つづく)

 

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