(29)時の糸

 

 

「ユノは動くな!

手を離せ!」

「お、オーケー」

チャンミンの鋭い言葉に驚いたユノは、マフラーからこわごわ手を離した。

(チャンミンの奴、

もし不器用だったら、流血ものだ)

チャンミンは、ユノの耳元に手を伸ばす。

チャンミンの手が、やさしくユノの耳たぶに添えられる。

ユノはチャンミンに触れられて、ぞくりとする。

チャンミンは、ユノが焦ったせいで複雑に絡まった糸を、ゆっくり、少しずつ解いていく。

ユノの耳を傷つけないように、落ち着いて、丁寧に...。

 

「じっとしてて」

首元にかかるチャンミンの息と、自分の耳たぶに触れる彼の指の感触に緊張するユノ。

​(近い、近い!)

振り返れないから、チャンミンの顔は見えないけど、きっと真剣な表情をしているのだろう。

(めちゃくちゃ、ドキドキするんですけど!)

ユノの全神経が、チャンミンがつまんでいる、自分の耳たぶに集中していた。

「動かないで、ユノ」

​(もう無理!

耐え切れん!)

「だから、動くな!」

「...だって、くすぐったい」

「耳たぶがちぎれるよ」

​「無理だったらいいよ。

絡んだとこをハサミで切っちゃおうよ」

ユノが耐え切れずに言った途端、ふっと耳元が解放された。

​「取れた!」

ユノはすくんで硬直していた身体の力を、ふっと解く。

「はぁぁぁ」

(暑い...汗かいた...)

ユノはシャツの襟元をつかんでパタパタとあおいだ。

(めちゃくちゃ、緊張した!)

「助かった...」

(これくらいでドギマギするなんて、思春期かよ!)

「ありがとね」

ユノはマフラーをするりと外す。

(チャンミンといると、俺までウブになってしまう)

ユノは照れ隠しに、ゴホンと咳ばらいをする。

「チャ、チャンミン、器用だね」

​ユノはチャンミンの方を振り返った。

「ありがとう」と言いかけた。

...ユノの言葉は、塞がれた。

斜めに傾けられた、チャンミンの頬。

間近に迫った、チャンミンの閉じたまぶた。​

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

僕は、ユノにキスをしていた。

とっさにとった自然な行為だった。

あの時は、そうせずにはいられなかった。

気づいたら、僕の唇をユノの唇に重ねていた。

僕の全神経は、ユノの唇の感触に集中していた。

しっとりと、柔らかい。

僕は目を閉じていたから、ユノの表情は分からない。

 

 

今夜の僕は、ユノの一挙手一投足に、全神経を傾けていた。

僕の言うことやることに、直球で返ってくるユノの反応が楽しい。

​グラスを持つ手首や、短い襟足の髪から伸びる白い首が、僕の胸を締め付ける。

ユノの目と僕の目が合う度、心臓の鼓動が早くなる。

ユノが僕に触れると、お腹の底が熱くなる。

乱暴な言葉使いの裏には、彼の温かい心が隠れている。

「不法侵入」したユノに対して、ムカッとしたけど、最初からユノを許していた。

怖い顔と言葉に、ユノがどんな反応を示すのか、見てみたかった。

ユノの見せる反応全てが、僕をたまらなくさせる。

食事をしながらもずっと、ユノを見ていた。

彼に楽しんでもらいたかった。

僕のもてなしのどこかに、「不正解」があったかもしれない。

ユノなら大らかに受け止めて、笑いにしてくれる。

ユノに触れられると、僕の細胞全部が反応する。

くすぐったくて、幸せで、嬉しい...心地よい。

同時に、たまらない気分になる。

​僕から、ユノに触れたい。

ユノからじゃなく、「僕から」。

 

 

ユノの耳に触れた時、僕はギリギリだった。

指が震えるのを抑えて、金具にひっかかった糸を解きながら、

僕よりがっちりした肩や、太い鎖骨を間近で見て、

​「ああ、ユノは男のひとなんだ」と、強く意識した。

多分...初めてだ。

僕の過去のことはよくわからないし、考えたくないから、​今はそっとしておく。

​​

僕はとても緊張していた。

焦ってユノの耳を傷つけないように、一生懸命だった。

絶対に壊したらいけない宝物に見えてきた。

毛糸が外れて解放された、ユノの赤くなった耳たぶとホッとしたユノの表情を見たらもう...。

我慢できなかった。

気づいたら、ユノの首を引き寄せてキスをしていた。

 

 

(つづく)

 

 

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