(43)時の糸

 

 

 

「ユノこそ、こんなところまで何だよ!」

 

「何って、あんたと話がしたくて待ってたんだよ。

いつまでも来ないからさ。

倒れてんじゃないか心配になってさ」

「僕を病人扱いするのはやめて欲しい。

それにここは、関係者以外立ち入り禁止だよ」

チャンミンは、サブリと立ち上がるとTシャツの裾をしぼった。

(あらあら)

 

濡れたTシャツが、チャンミンの肢体に張り付いて 正しい場所にきれいについた筋肉ひとつひとつが、くっきりと浮かび上がっている。

ユノは目の前のチャンミンから目が離せない。

「じろじろ見るなって」

チャンミンは、ユノの視線に気づいて言う。

 

「チャンミン...あんた...。

相変わらず、ええ身体してるなぁ」

「見るなって」

チャンミンの耳は真っ赤になる。

(いちいち照れるとは、可愛い奴だ)

「そんな恰好で寒くないわけ?」

「寒いに決まってるだろ」

「上着はどうしたの?」

「濡れたものを着たら、余計寒くなるからに決まってるだろ!」

チャンミンのもの言いに、ユノはいい加減、腹が立ってきた。

「チャンミン、いい加減にしろ!

何怒ってるんだよ!」

「怒ってなんか...」

「イライラしてるのは確かだろ?」

「......」

ユノに指摘されたチャンミンはハッとした後、険しかった表情を緩めた。

「どうした、チャンミン?」

「......」

「話きいてやるからさ、話してみんさい」

「......」

口をつぐんでしまったチャンミンの顔を、ユノは見た。

「な?」

チャンミンは、覗き込むユノと目を合わせられない。

(だから、それに弱いんだって)

ユノの視線から逃れるように顔をそむけ、チャンミンは唇を噛む。

「分からないんだ」

チャンミンの低くて囁くような声を ユノは初めて聞いた。

「このあたりが...」

チャンミンは、胸元をこぶしで叩く。

「ムカムカするんだ」

「え?

気持ち悪いのか?」

ユノはチャンミンの背中をさすった。

「違うって、比喩だよ比喩」

「なんだ、気持ちのことか」

「僕はちょっと、おかしいんだ。

無性にイライラ、ムカムカするんだ」

「チャンミン...」

もう一度胸をこぶしで叩くと、チャンミンはその手で目を覆ってしまう。

「ごめん、ユノ。

自分の気持ちをコントロールできない。

こんなことは今までなかったのに...」

チャンミンが手で遮ってしまったため、ユノは彼の表情を窺えなくなってしまった。

あたりは相変わらず、サーサーと水が流れ落ちる音が響いている。

壁に取り付けられた蛍光灯だけが、この部屋の唯一の照明だった。

「ごめん...大人気なかった」

その灯りが、色濃い影のコントラストでチャンミンの秀でた額と鼻筋を描いている。

ユノは、鳥肌のたったチャンミンの前腕をさすった。

(可哀そうに。

突然の喜怒哀楽を受け止めきれないんだな)

「嫌なことでもあったのか?」

「嫌なこと?」

チャンミンの頭に、街中で目撃したユノとカイの姿が鮮やかに浮かんだ。

(あの時の...)

昼間、ベンチで一緒にいた二人の光景も思い出した。

(こんなこと、ユノに恥ずかしくて言えるもんか!)

チャンミンは再び黙り込んでしまった。

 

 

(つづく)

 

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