(46)時の糸

 

 

~チャンミン~

 

 

「僕が引っ張るから、ユノは押すんだ」

 

「オッケー」

 

2人とも太ももまで水に浸かった上での力作業。

 

「いくよ」

「くーっ!」

 

一息つく。

 

「もうちょっと」

「おーもーいー!」

 

力が入りにくくて手こずった。

 

掛け声に合わせて力をこめているうち、数センチずつギシギシきしみながら移動させることができた。

 

「抜けてる!」

 

50センチほど移動させた時、ユノが目を輝かせて僕を見た。

 

発電機があった場所に向かって、水が流れ込んでいくのが分かった。

 

吸い込まれていく水が、水面に水流の渦を作っている。

 

「やった!」

「やった!」

 

僕とユノはお互い手を握って上下に振る。

 

「助かったぁ!」

 

突然、ユノがへなへなと水中に沈みかける。

 

「わぁ!

ユノ!」

 

僕は慌ててユノの手を引っ張り上げた。

 

安堵のあまり腰が抜けたみたいだ。

 

僕は身をかがめてユノの腰に腕をまわし、自分の肩の上に担ぎ上げた。

 

「おい、俺は荷物じゃないんだぞ」

 

文句を言うユノ。

 

(強がっていたんだな。

ホントは怖くてたまらなかったんだな)

 

「水の中から出よう。

ドアが開くまで、しばらくかかる。

僕も寒い」

 

僕も限界だった。

 

入口ドアのステップよりも高い場所はないかと、周囲を見回す。

 

「あそこまで移動しようか」

 

室内に並ぶタンクのうち、1つだけ背丈が低いタンクがある。

 

低いとはいえ2メートルはある。

 

「ほらユノ、端を持って」

 

「よいしょっと」

 

ユノをタンクの上に載せてから、僕もよじ登る。

 

タンクはつるつる滑るのと、足がかりがないから懸垂の要領で身体を持ち上げる。

 

「鍛えた筋力が活かされたね」

 

「よいしょっ」

 

タンクは、高さ2メートル、直径1メートルの円筒形のもの。

 

幸いタンクの背面は、壁に接している。

 

「狭いから、気を付けて」

 

僕はユノを突き落とさないよう、用心しながらタンクの上に両脚をおさめた。

 

「高いなぁ。

怖いなぁ。

俺は高いところが苦手なんだよ」

 

ユノは下を見ないよう、顔をそむけて目をつむっている。

 

「下は水だから、万が一落ちても大丈夫だよ」

 

「ばっかもん!

そういう問題じゃないんだよ」

 

「落ちないよう気を付けなくちゃ」

 

「ほこりだらけだし」

 

ユノが真っ黒になった手を僕に見せる。

 

たっぷりとほこりが堆積していたから、僕らの濡れた洋服は容赦なく汚れてしまう。

 

「狭いな」

 

タンク上部は面積1メートル、天井まで1.5メートル。

 

ユノは中腰、僕は膝立ちでバランスが悪い。

 

落ちないように互いに二の腕をつかんでいる格好だ。

 

「この姿勢はキツいぞ」

 

「ユノはここにいなよ。

僕は下にいるから」

 

「ばかたれ!

あんたが凍死するぞ」

 

「どうしよっか...」

 

「よし!

チャンミン、あんたは壁際に行って」

 

ユノと場所を入れ替える。

 

「オッケー...いてっ!」

 

ふいに上げた頭を、コンクリートの天井にぶつけてしまった。

 

「うっ、ううぅぅ...」

 

「大丈夫か?」

 

頭頂部を抱えていると、ユノはぶつけた箇所を撫でまわし、触った手のひらに目を凝らした。

 

「安心しろ、チャンミン。

血は出ていない。

のっぽな自分を忘れるんじゃないぞ」

 

そろそろと、ユノと場所を入れ替える。

 

「あんたがまず座るんだ」

 

そろそろと腰を下ろした。

 

「もうちょっと脚を広げな」

 

「よっこらしょ」

 

広げた僕の太ももの間に、ユノが腰を下ろした。

 

(近い近い近い!)

 

僕は手のやり場に困って、迷った挙句タンクの淵をつかんだ。

 

「チャンミン、俺を突き落とすなよ」

 

「当たり前だろ」

 

ユノの片手が伸びて、僕の手首をつかむとぐいっと自身のウエストに巻きつかせた。

 

「!」

 

「つかんでて。

手を離すなよ。

俺はとにかく、高いところが苦手なんだ」

 

「う、うん」

 

ユノのウエストで組んだ僕の手の平が、汗ばんできた。

 

ぽたぽたと未だ天井からしたたり落ちる水音が、コンクリート造りの部屋に反響する。

 

しばらくの間、僕らは無言だった。

 

「...チャンミン」

 

「ん?」

 

「照れるな照れるな」

 

「なっ...!」

 

ユノにバレていた。

 

僕の両足の間のユノのお尻とか。

 

僕の手の下のユノの固いウエストとか。

 

目前に伸びるユノのうなじとか。

 

意識し出すと、僕の心拍数は上がっていく。

 

すっかり寒さを忘れてしまった。

 

僕は相当、困惑していた。

 

僕には刺激が強すぎた。

 

 

(つづく)

 

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