(55)時の糸

 

 

 

(うっ...)

 

第三ボタンまで開いたユノのパジャマの胸元から、チャンミンは目をそらした。

 

(目の毒だ。

ボタンを閉めないと...)

 

「...ったく」

 

チャンミンはユノの胸元に伸ばしかけた手を、瞬時に引っ込めた。

 

(いかにもユノらしいことを、しないで欲しい)

 

パジャマのボタンが1段ずつずれている。

 

(ボタンをかけ直してやるのは...僕には...できない)

 

「布団をかけろって、寒い!」

 

「ごめん!」

 

寝返りを打ってしまったユノの背中に、チャンミンは声をかける。

 

「どうして欲しい?」

 

「......」

 

「食べられるものはある?」

 

「......」

 

「プリンとゼリーと、どっちがいい?」

 

「チャンミン、帰れ」

 

ユノは右足首の先が気になって仕方がない。

 

「嫌だ」

 

「チャンミンのくせに生意気だぞ」

 

「ははっ。

この前のお返しだから。

ユノの要望にだいたい応えられるよう、いろいろ用意してきたんだ。

何でもあるよ。

で、何が欲しい?」

 

「ラーメン」

 

「ラーメンは...ない」

 

「冗談に決まっているだろ?

ラーメンなんか食べられるわけないだろうが」

 

「そうだ!

ユノ、熱を測ろう!

体温計も用意してあるんだ」

 

チャンミンはキッチンカウンターから、買い物袋ごと持ってベッドに戻ってきた。

 

「ほら、脇に挟んで」

 

「うーん...チャンミンがやって」

 

「え!?」

 

「チャンミンにできるわけないよなぁ。

貸して、自分でやる」

 

「薬にアレルギーはないよね?

熱冷ましの薬を飲もうか?」

 

ギュッと目をつむったユノは、こくんと頷いた。

 

「水がいるね」

 

キッチンカウンター下の扉をバタバタ開けて、ようやくグラスを探し出し、水道の水を汲んでユノの元へ戻る。

 

「はい、薬だよ。

身体をちょっとだけ起こせる?」

 

「...無理。

口移しで飲ませて」

 

「えっ!?」

 

「冗談だよ」

 

(具合が悪いくせに!

そうそう氷枕!)

 

冷凍庫の中を見て「やっぱり」とつぶやくと、買ってきたばかりの氷をボウルに出す。

 

(ユノの冷蔵庫の製氷皿は空っぽだろうと、予想した通りだった)

 

「頭を上げるよ」

 

シャラシャラと氷がぶつかる音をさせるゴム製の枕に、ユノの頭を乗せる。

 

「このままじゃ冷たいよね。

タオルを巻こうか。

洗面所は...?」

 

「タオルはいらん」

 

チャンミンの手首をユノの熱い手がつかまえた。

 

(洗面所に行ってもらったら困るんだ)

 

「わかったよ。

体温計を渡して。

うーん、38.5℃か。

これは辛いね」

 

(チャンミンが、優しいよぉ。

...ぐすん)

 

チャンミンの声音が優しくて、看病する手がぎこちなくて、朦朧とした頭であっても泣きそうに感動していた。

 

チャンミンは床に腰を下ろすと、ベッドにもたれた。

 

「用があったら、僕を呼びなよ」

 

「俺のことはいいから、早く帰れ」

 

「嫌だ」

 

「もう欲しいものはない。

来てくれて、ありがとうな。

寝れば治る。

バイバイ。

帰りな、チャンミン」

 

「僕はユノの看病をするって決めたんだ。

だから、帰らない」

 

「......」

 

ユノはチャンミンの方へと寝返りをうった。

 

横になったユノから見えるのは、チャンミンの後頭部。

 

膝の上に置いたタブレットが放つ青白い光が、チャンミンの顔を照らしていた。

 

「チャンミン...一緒に寝るか?」

 

「え?」

 

振り向くと、熱のせいでうっとりとした表情のユノがこちらを見ていた。

 

「俺と一緒に寝るか?

ここに」

 

「......」

 

「こら。

何を想像してた?

顔が赤いぞ、チャンミン」

 

「ユノの方こそ、真っ赤っかだよ」

 

「熱があるんだから、当然だろうが」

 

「熱があるなら、大人しくしてろ!」

 

「してるじゃんか...。

チャンミンがうるさいんだよ...。

...帰れって言ったのに...」

 

そこまで言うと、ユノは眠りについた。

 

ふうっとチャンミンはため息をついた。

 

ベッドにあごをのせると、目の高さにユノの寝顔があった。

 

眉間にしわを寄せて苦しそうで、ユノの熱い息が感じられるほどその距離は近かった。

 

チャンミンは人差し指でユノの眉間のしわをのばした。

 

閉じたまぶたに、その指を移した。

 

指の下で、まぶたがふるふると震えている。

 

小さな鼻先まで指を滑らす。

 

苦しいのか軽く開いた上唇に、チャンミンの震える指先が触れた。

 

熱い息がかかる。

 

チャンミンの心臓は早鐘のように、速く強く打っていた。

 

 

(つづく)

 

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