(58)時の糸

 

 

 

「ユノが、好きです」

 

「......」

 

「ユノ?」

 

無言のままのユノに不安になったチャンミンは、ユノの背中をつついた。

 

ユノを覗き込まなくても分かった。

 

寝息。

 

「寝ちゃったのか?」

 

チャンミンは深いため息をつくと、再びこぼれ落ちた涙を手の甲で拭った。

 

「なんだよ...」

 

(初めてだったのに。

ユノったら、寝てしまうなんて...。

僕の「好き」を聞いてもらえなかった)

 

目尻から次々とこぼれた涙がこめかみを通って、髪を濡らしていく。

 

(どうして涙が出るんだよ...!)

 

「恥ずかしい...」

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

俺の心臓は痛いくらいに拍動していた。

 

驚き過ぎて、どう反応すればいいのか分からなくなって寝たふりをしてしまった。

 

どうしよう!

 

チャンミンに応えてあげないといけないのに!

 

チャンミンの告白はびっくり仰天、予想外過ぎた。

 

チャンミンの好意は、さりげない言動から伝わっていたけれど、まさか実際に言葉にしてくるとは思いもしなかった。

 

「任務」のために、チャンミンのことを1年間モニタリングしていた。

 

チャンミンの「変化」を注意深く観察していた。

 

チャンミンが熱を出したあの日を境に、彼に『変化』が訪れた。

 

無感動、無感情だったのが、みるみるうちに感情を取り戻していった。

 

実のある会話を交わせるようになってきた。

 

チャンミンの心は、足跡ひとつない朝の新雪。

 

固く閉じられていた扉が開いて、最初の足跡をつけたのは俺だ。

 

チャンミンが俺に向ける愛情は、「刷り込み」に近いものだったとしても、あんなに綺麗な男の子(男の子っていう年じゃないけどね)に、「好きだ」と言われちゃったりしたら...涙が出るほど嬉しい。

 

こういうことはよくある、と話はきいていた。

 

感情が花開いたその場に立ち会うことの多い『観察者』は、『被験者』たちの変化に感動する。

 

長期間つかずはなれず側で見守り続けてきたからこそ、その感動が大きいのだ。

 

今の段階で俺の口から真実を伝えることは、規則で禁止されている。

 

今すぐ教えてあげたいのに。

 

チャンミンの気持ちに応える前に、教えてあげたい。

 

俺の正体を知らせてあげてから、チャンミンの気持ちに応えたい。

 

俺もチャンミンのことが好きだよ、って。

 

「俺も好き」と伝えたら、チャンミンはどうするんだろう。

 

好きと気持ちを伝えたその先、どうしたらいいのか分からないだろうな。

 

キスのその先を、チャンミンは知らない。

 

「先のこと」なんていいじゃないか。

 

今の気持ちに素直になればいいじゃないか。

 

素直になれないのは、恐れていることがあるからだ。

 

それは、近い将来に真実を知らされたチャンミンが、拒絶の目で俺を見るかもしれないこと。

 

そして、俺のことを嫌いになるかもしれないこと。

 

でも、これらは全部俺の悪い予感に過ぎないかもしれないじゃないか。

 

真実を知った後の気持ちの変化については、チャンミン自身が持つ性格や思考癖に左右されるものだから。

 

過去のデータだと、拒絶される場合とより親密になる場合と半々らしい。

 

そんなことを、わずか30秒くらいの間に考えた。

 

全身がかっかと熱く、頭がボーっとしているけれど、フル回転で考えた。

 

チャンミンに拒絶されるのが怖いから、チャンミンの「好きだ」を無視する気なのか?

 

チャンミンのことが好きなんだろう?

 

拒絶されたらその時だ。

 

受け止めようではないか。

 

チャンミンのぎこちない思いやりの示し方や、ぶっきらぼうなところ、奥手そうで実は積極的なところ。

 

的外れなところも多いけれど、それは仕方がない。

 

彼なりに一生懸命考えて、よちよち歩きで成長しているんだ。

 

それに...。

 

「!」

 

ベッドサイドに置かれた洗面器を見て、ヒヤリとした。

 

『アレ』を見られちゃったな。

 

びっくりしただろうなぁ。

 

チャンミンのことだから、気付かないふりをしていそうだな...。

 

やだな。

 

涙が出てきた。

 

なんでだろ。

 

さらに30秒の間で、結論が出た。

 

ユノさんは肚をくくったぞ。

 

チャンミンとのキスのその先を、2人で楽しもうじゃないの。

 

よし!

 

「ユノ...?

寝ちゃったのか?」

 

チャンミンが、俺の背中を突いている。

 

ため息をついて「恥ずかしい」とつぶやいている。

 

俺は勢いよく寝返りを打って、チャンミンと向き合った。

 

「チャンミン」

 

「ん?」

 

仰向けになったチャンミンが、横目で俺を見た。

 

泣いてるのか?

 

薄暗い灯りの元、チャンミンの目が光っていた。

 

鼻をぐずぐず言わせていた。

 

どうしてチャンミンが泣いているんだよ...。

 

 

(つづく)

 

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