(67)時の糸

 

 

 

「ユノさんは、何か食べましたか?」

 

「まだ、かな」

 

ユノの脈拍が異常に早かった。

 

(フラッシュバックだの、倒れるかもだの、チャンミンが心配だってSに言ってたけど、俺の方こそ、火が怖いなんて)

 

恐々、焚火に近づけずにいるユノの固い表情に、カイは気付く。

 

「僕が適当に見繕って来ますよ。

ユノさんはその辺に...あそこのベンチなんかどうですか?」

 

カイは会場の一番端に設置したベンチを指さした。

 

「座って待っててください」

 

「え、いいの?」

 

焚火に近づきたくなかったユノは、カイの気配りに感謝する。

 

「ええ。

僕とチャンミンさんが育てた野菜を是非とも、味わってもらいたいのです。

ジャガイモが絶品ですよ、バターを落として食べると美味しいんですから」

 

「へぇ、いいね。

じゃあ、それをもらおうか?」

 

カイは、膝の上で落ち着かげに手を開いたり握ったりしているユノが心配だった。

 

(炎が怖いのかな...。

そういえば、ユノさんは昨年の落ち葉焚きの時は未だ、ここにいなかったから)

 

照明らしい照明は、不規則にちらちら赤い光を放つ焚火と、テーブルに置いたランタンのみで、人々の表情はもはや見えない。

 

気をつけて歩かないと、誰かにぶつかりそうだった。

 

カイは手際よく、テーブルの上に並べられた焼き上がった食べ物を皿にのせていく。

 

カイはユノが座っている辺りを振り返った。

 

(チャンミンさんは今は、ここに居ないみたいだ。

よかった。

チャンミンさんには悪いけど、僕も頑張らせてもらいますよ)

 

チャンミンの視線の先には大抵、ユノがいたこと。

 

恋愛を匂わせることを振ると、赤面したのを取り繕うように話題を変える様子。

 

近頃のチャンミンの挙動不審さに、カイは確信していた。

 

(ユノさんの方は、どうなんだろう?

ユノさんはいつも通りだ。

チャンミンさんは奥手そうだから、ユノさんに振り向いてもらおうと積極的になることは出来ないだろう)

 

「お待たせしました」

 

カイはユノの隣に腰掛けると、山盛りにした皿を手渡した。

 

「うまそうな匂いだねぇ。

俺が大食いってことを、よく分かってるね、さすがカイ君」

 

焚火から十数メートル離れたおかげで、ユノの緊張は解け、膝に置いた皿から漂う美味しそうな香りに彼は笑顔になった。

 

(暗くてよかった。

ユノさんを見て、ニヤついてる顔が見られなくて)

 

友達は多いカイだったが、今現在は恋人はいない。

 

(どの子もいい感じだけれど、ピンとこない。

でも、ユノさんは違う。

ガサツな風を装っているけれど、多分、繊細な人だ。

世話好きだけど、決してお節介ではない。

Tさんにフラれて大泣きしてた姿。

あの時だな、ユノさんのことをほっとけない、と思ったのは。

でもなぁ...こんな心理、僕が姉ちゃんの世話を焼いてる時みたいじゃないか)

 

カイはカップの中身を流し込みながら、暗くていい幸いとばかりに、隣でもぐもぐと食べ物を頬張るユノを見つめていた。

 

(ファッションセンスも似てるし...。

僕の方はちょっとカラフル傾向だけど...。

僕たちはお似合いだと思うんだけどなぁ)

 

「お!

この芋はうまいねぇ」

 

「でしょ?」

 

「うん、うまい」

 

酔って陽気になったスタッフのひとりが、「落ち葉を追加しよう!」と言い出したようだ。

 

「もっと暗くできないの?」の声に、スタッフの一人が照明パネルの操作に走った。

 

ドームの照明は落とされ、非常口の緑の灯りだけになる。

 

焚火の炎ゆらめくムードを求めたのだ。

 

2人のスタッフが落ち葉の詰まった袋を逆さにして、思い切りよく焚火に追加した。

 

「あーっ!」

「いっぺんに入れたら駄目だよー」

 

落ち葉が蓋をして、火を消してしまったようだ。

 

「炭を入れたらどう?」

「そうしよう」

 

赤々とした炭を火ばさみで挟んで、くすぶる落ち葉の山に埋めた。

 

「じきに燃えてくるよ」

 

焚火の周りが騒がしくなっていく一方、ユノの背筋に冷や汗がつーっと流れ落ちる。

 

(カイ君が側にいてくれて助かった。

鋭いカイ君のことだ。

俺が火が怖いことに気付いたみたいだ。

あれこれ用事を作っては、焚火には近づかないようにしてたからなぁ)

 

「ユノさん。

向こうでコーヒーでも飲みませんか?

ここじゃ、煙たいですし」

 

「いいね!」

 

カイは立ち上がるユノの肘に手を添えてアシストする。

 

「ありがと」

 

ユノの手から受け取った汚れた皿とカップを、カイは小走りでテーブルに戻しに行く。

 

焚火組は落ち葉の山を鉄棒でかき回していた。

 

ユノたちが回廊に向けて歩き出した時。

 

カサカサに乾ききった落ち葉に、炭からの炎が燃え移った。

 

背後で悲鳴が上がる。

 

「!!」

 

振り向いたユノの視界に、めらめらっと1メートル近く立ち上がった真っ赤な炎が飛び込んだ。

 

「!!」

 

ユノの目には何も映っていなかった。

 

脳裏には、四方八方炎に囲まれたユノがいた。

 

轟音。

 

息が...できない。

 

熱い。

 

押しつぶされて...。

 

カイは硬直したユノに気付いた 。

 

「ユノさん?」

 

かくんと膝の力が抜けたのを認めるや否や、カイは両腕を伸ばす。

 

カイの腕の中で、ユノの身体はぐったりと弛緩していた。

 

 

(つづく)

 

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