「ユノさん!」
カイはぴたぴたとユノの頬を叩いてみる。
かすかに顔をしかめたから、意識はあるようだった。
(震えている...)
宴もたけなわなメンバーたちは、ここの様子に気付いていない。
「ユノ...!」
会場に戻る途中だったMが、カイとユノの元へ駆け寄ってきた。
「やだ!
ユノ...どうしよう!」
ユノの肩を揺すったり、額に手を当てたり、下まぶたを押し開いてみたりするMに、
「事務所に連れて行きましょう。
ここは暗いですし」
カイはユノの膝裏に腕を回すと抱き上げた。
(ユノさんは...きっと、火が怖かったんだ。
しまったな...。
僕が火の側に連れて行ったりなんかしたから...)
おろおろするMを後ろに従えて、カイは軽々抱き上げたユノを事務所まで運ぶ。
事務所は暖房がよく効いており、温かくて静かだ。
ソファにユノを横たえると、カイは傍らに片膝をついて座った。
「ユノさん。
もう大丈夫ですよ」
~チャンミン~
「あの...すみません。
人違いをしているのではないでしょうか?」
この知らない女の人は、僕の胸に顔を押しつけて、背中に腕を回してしがみついている。
肩を抱くことも、無理やり引きはがすこともできずに、僕の両手はさっきから宙を上下している。
僕の顎のあたりに頭のてっぺんがきているから、女の人にしては背が高い方だろうか。
困ったなぁ...この人はもの凄い勘違いをしている。
全然知らない人だし、僕の名前は『マックス』じゃないし...。
この人が言う『マックス』という人物は、きっと僕に似た人なんだろう。
待てよ...。
僕の名前はどうして、チャンミンなんだろう?
どうして『チャンミン』は僕自身なんだと、認識しているのだろう?
ぐらりと視界が揺れた。
ダメだ。
自分探しは禁物だ。
ぶるっと頭を振って、遠のきそうな意識を取り戻した。
そして、僕の胸にしがみついたままの見知らぬ女の人を見下ろした。
物理的な接触には慣れていないし、苦手だ。
ただし、ユノだけは別。
本当は突き放したかったけれど、まさかそんなことは出来ない。
だから僕は彼女の両肩をつかんで、僕の胸からゆっくりとひきはがした。
「あっ...」
びっくりした。
彼女は泣いていて、僕の行動が不満だったのか眉をひそめていた。
あらためて彼女の顔を見た。
大きな眼。
化粧が濃いせいで、年齢がわかりにくいが、多分20代後半か30代。
女性の年齢なんて見当がつかないけど、ユノを基準にして推測してみた。
知らない人だ、と判断していたけど、どこかで見たことがある、と思った。
その発見に、僕は怖くなった。
僕が覚えていないだけで、この人とどこかで出会っていたのかもしれない。
僕は目をつむって、その記憶の欠片を探してみるが、見つからない。
「マックス...。
今までどうしてたの?」
「えっ!?」
「5年も行方をくらますなんて...。
私、あなたに何かあったんじゃないかって、ずっと...ずっと」
彼女はまた泣き始めた。
困ったな...。
彼女は僕の腕をぎゅっと握っている。
そこの部分だけ、彼女の体温で熱を帯びたみたいになって、僕の腕の筋肉がぴくぴくと痙攣している。
これ以上、彼女に触られたくない、と思った。
「どうしてたも何も...僕は『マックス』ではありません」
彼女は僕を見上げて、きっと睨みつけた。
「とぼけないでよ。
私がどんな想いをしていたのか...」
そんなこと...知らないよ。
「どなたかと間違えていませんか?
僕は、『マックス』ではありません。
僕の名前は...」
言いかけた僕の言葉に、鋭い彼女の声が覆い重なる。
「私たちのこと、何もなかったことにしたいんでしょ!?」
彼女はつかんだ僕の腕を揺するから、ニットが伸びてしまう、と顔をしかめた。
「だから!
僕は、『マックス』じゃありません!」
荒げた僕の声に、彼女はハッとしたように僕の腕から手を離し、僕は心底ほっとした。
しわくちゃになったニットの袖を撫でつけていると、彼女は僕から一歩下がってまじまじと僕を観察し始めた。
「本当に『マックス』じゃないの?
私のこと...覚えてない?」
「全然」
僕は彼女とまっすぐ視線を合わせて、ゆっくり首を振った。
目鼻立ちのくっきりとしていて、美人の部類に入るんじゃないかな...多分。
どこかで見たことがあるような気がしたけど、女の人はみんな似たり寄ったりの顔に見えるから、さっきの考えは恐らく勘違いだろう。
「じゃあ、僕は行かなくっちゃ」
「あっ...!」
僕は彼女の腕を振り切って、エントランスホールを後にした。
(つづく)
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