〜チャンミン〜
飲み物を運ぶユノを手伝いに来たのに、こんなところで時間をつぶしてしまった。
踵を返す僕に、「待って...」と彼女は引き留めたけど、僕は無視して早歩きで先を急いだ。
「知らない」を貫いたのに、確かに「知らない」のに、とても後味が悪かった。
あの女の人に対して、不親切でぶっきらぼう過ぎたと自分の行いに反省をしていた。
それからもう一つ。
実は僕が忘れてしまっただけで、ホンモノの昔の知り合いだったかもしれない可能性を、ちらっと考えてしまったからだ。
早くユノの顔が見たい。
安心したい。
・
エントランスからドームへ行くには、事務所の前を通らないといけない。
早歩きが小走りとなったとき、
「あれ...?」
事務所から人声がした。
戸は開け放たれていて、事務所の斜め奥に巨大なソファを置いた休憩コーナーがある。
ぼそぼそとした話し声はそこから聞こえてきて、ゴムの木が邪魔で誰がいるのかまでは分からない。
興味を失った僕は事務所に立ち入らないで、通り過ぎようとした。
「ありがとな、カイ君」
「!」
ユノの声。
つんのめるように足を止めた僕は、気付けばゴムの木の向こうに駆けつけていた。
「チャンミンさん...」
2対の目が僕に注目していて、その片方の人物に僕の胸に不快感が広がった。
ユノはソファに足を伸ばして座っていて、二人の手の間にグラスがあった。
「何してる...?」
かすれた固い声になってしまった。
ユノは僕の登場に驚く風でもなく、僕をもっとムッとさせたのは、僕の問いに応えなかったこと。
青ざめたユノの顔色のことも、立ち尽くす僕を余裕ある表情で見るカイ君のことも、僕の視界に入らなかった。
だらんと落とした両手はこぶしを握っていた。
この感覚は...休日の街角でこの2人を見かけた時や、ガーデンチェアに並んで座る2人と鉢合わせになった時と、同じだと思った。
ぎゅうっと胸が締め付けられて、呼吸が浅くなる、とても嫌な感覚だ。
身体も熱い。
「ユノさんに休んでもらっていただけですよ。
チャンミンさん...。
顔が怖いですよ」
カイ君の落ち着いた声に、僕は我に返る。
「っ...」
そうか、今の僕は怖い顔をしてるのか...。
ぷいと顔を背けた。
「水じゃなくて、温かいものの方がいいですか?」
ユノは震えているのか、口をつけたグラスがカチカチと音をたてていた。
水攻めになったポンプ室での凍えたユノの姿が瞬間、思い浮かんだ。
僕の確かな記憶だ。
「どこか悪いのか?」
自分の不快感のことより、具合の悪そうなユノのことが気になってきた。
自分のことでいっぱいいっぱいな自分が、恥ずかしくなった。
「...大丈夫、ちょっとビックリしただけだから...」
ユノの声は囁くように小さくて、確かに具合が悪そうだった。
ソファの足元に膝まずいて、ユノを覗き見た。
「大丈夫、か?」
「二人のメンズにかしずかれて、これは夢かね?」
「え?」
「あはははっ!」
きょとんとする僕と、弾けるように笑ったカイ君と、反応は正反対だった。
僕の背後で空気が動いて、振り向くとさっきの女性がいた。
まさか、僕を追いかけて来たのか?
心中で顔をしかめた。
「姉ちゃん!」
「!?」
カイ君は立ち上がると、ゴムの木の前に立つ女性に向かって言った。
「遅いよ。
パーティーはもうすぐ終わりそうだよ」
姉ちゃん...?
「そうだ!
紹介しないとね」
カイ君はユノと僕を交互に見ると、片手でその女性を指し示した。
「この人は僕の姉、YKです」
(つづく)
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