~ユノ33歳~
3か月も過ぎれば気心が知れてきたのか、それとも不貞腐れているのも面倒になってきたのか、チャンミンの口数が増えてきた。
俺を睨みつけることも、ほとんどなくなった。
俺のことが嫌でたまらないのなら、毎週律義にアトリエに通わないはずだ。
もっとも、要らないと首を振るチャンミンの手に、無理やり握らせたバイト料が、まあまあな金額だったこともあるのかな。
・
ヌードを描くつもりは全くなかった。
初デッサンの日、俺の指示する前にチャンミンは脱いでしまい、ソファに横たわっていた。
己がとった行動に俺がどう反応するかを面白がる...挑戦的な...目で俺を見上げていた。
子供と大人の端境期らしい、どこか不格好な骨格を鉛筆でたどり、凹凸が作る影と光を指の腹や練り消しで作った。
描き散らかした十数枚のデッサン画の中から、「これだ」というポーズが見つかった。
たっぷりとドレープをきかせた黒のビロード布に、チャンミンは半身を起こして横たわっている。
長すぎる前髪が、チャンミンの片目を覆ってしまっていたため、ソファの彼の元に歩み寄る。
前髪を耳にかけてやったとき、チャンミンの長いまつ毛で縁どられた上瞼が震えた。
まぶしいものでも見るようにチャンミンの目が細められ、その瞳の美しさに俺の手が止まる。
たまに見せるチャンミンの表情に、俺の肌が粟立った。
この感じは...なんとなくその正体が分かりかけていた。
その度に俺は深呼吸して、そう認識しそうになるのをシャットアウトする。
いけないことだからだ。
・
チャンミンを男として描くつもりはなかった。
女としても描くつもりはなかった。
テーマは決まった。
俺が初めてチャンミンを目にした時、感じたイメージ。
妻Bの弟で、15歳の少年に対して抱くものにしては、破廉恥なイメージ。
チャンミンの両親には絶対に見せられない類のものに、仕上げたい。
男娼、という言葉が頭に浮かんだのだ。
ゴヤの作品に、『裸のマハ』というのがある。
その像がずっと、チャンミンを見てからずっと、俺の頭からこびりついて離れてくれない。
いっそのこと、イメージ通りに実現させてしまえばいいじゃないかと、俺は開き直ったのだ。
一糸まとわぬ少年を、ビロードの布を拡げた上に寝かせる。
両腕を頭の後ろで組ませる。
初日にチャンミンが、俺の前で見せた...『裸のマハ』と同じ...ポーズをほぼそのまま採用することにした。
太ももまでの網ストッキングを履かせ、男の部分は片手で隠す。
チャンミンを妖しく彩ることに、俺は夢中になっていた。
Bには、黙っていた。
Bの方も、夫が自身の弟をモデルに描いていることは知っているが、深く詮索しなかった。
・
「...そのブレスレット...?」
「ああ」
チャンミンの言葉に、俺は手首に巻いたプラチナ製のそれに触れる。
「誕生日だったんだ」
「...そうですか」
Bから贈られたものだった。
肘まで袖をまくし上げた時、ブレスレットを付けたままなことを思いだした。
忘れていたのは、チャンミンを飾る小道具の選定で、頭がいっぱいだったからだ。
しゃらしゃら音をたてるのがうっとうしく、外してしまう。
チャンミンに履かせた網ストッキングのねじれを直してやる。
ガーターベルトを着けたら過剰になるな...何かもっと、いい小道具はないものか。
「うーん...」
俺は立ち上がり、数歩下がって目を細めた。
「姉さんから、ですか?」
チャンミンからの問いかけに、「ああ」とそっけなく答えた。
Bの話を出すことを躊躇してしまったのは、これが最初だった。
なぜだろう?
俺はもう一度、ひざまずいて限界まで網ストッキングを引き上げた。
黒の網目格子から、浅黒いなめらかな肌がのぞいている。
チャンミンは背もたれに垂らしていた片腕を持ち上げ、その手で包み込むように股間を隠した。
いつもなら堂々とさらけ出しているくせに、俺の顔が30センチの距離に接近して、さすがに気恥ずかしくなったのか。
俺の方こそ...。
そのか細い指を目にして、身体の奥底から沸き起こった熱いもの。
俺はチャンミンから目を反らし、その嵐が去るのを呼吸を整えながら待った。
俺がおかしくなってしまう前兆が、この時すでに現れていたのかもしれない。
(つづく)
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