~ユノ32歳~
翌週、いつものようにポーズをとるチャンミンの足元に俺はひざまずいた。
「チャンミン。
頭を下げて」
ビロード張りの小箱から取り出したものを、チャンミンの長い首にかけた。
呼吸に合わせて上下する胸の谷間を、真珠の粒が彩る。
平らな胸に真珠のネックレス。
人造真珠じゃ駄目だった。
Bが俺に贈ってくれたブレスレット...おそらく、高級ブランドもの...以上のものだ。
先週、チャンミンを帰した後、宝飾店まで車を走らせた。
ブレスレットはもう外していた。
チャンミンの前では付けまい、と決めたのだ。
あれを付けていたら、フェアじゃない気がしたのだ。
フェアって、どういう意味だ?
...うまく説明ができない。
エアコンだけでは肌寒いため、ソファの側に灯油ストーブを置いていた。
裸のチャンミンに風邪をひかせたらいけない。
それでも十分ではなくて、チャンミンのくすんだピンク色のものが、小さく尖っていた。
たまらない。
口に含んで、温めほぐしてやりたいと思う俺はどうかしている。
~チャンミン15歳~
自室に置いた鏡の前で、僕は全裸になって立っていた。
鏡に映る自分を、ためつすがめつ眺めていた。
不格好だ、と思った。
以前の僕なら、無駄なものがなくて中性的で悪くないと満足だった。
けれども、義兄さんのアトリエで裸婦画を見て以来、自分の身体つきを恥ずかしく思うようになった。
年をとった義兄さんが失った若さを、今の僕は持っているんだぞと、堂々としていた。
僕の整った顔にふさわしい、余分のない身体なんだぞ、と。
でも、そうじゃないことを知ってしまった。
鏡の前で胸から腹に向けて撫でおろしてみた。
手の平に触れる肌はすべすべしているけれど、指をはね返す弾力がない。
腕も脚も長いばかりで、動物の脚みたいだ。
その手をもっと下に滑らせて、指先がふさふさとしたものに行き当たる。
柔らかくしぼんだものを、そっと握ってみる。
義兄さんはきっと...服の上から想像するしかできないけれど...きれいに筋肉がついたカッコいい身体をしているに違いない。
顔は天使で身体はデッサンで使う彫像みたいなんだ、きっと。
僕とは違う。
僕は女の身体になれないし、男の身体にしては貧弱だ。
手の中のものが膨らんできたことにぞっとして、鏡の前から身をひるがえしベッドにダイブした。
僕はどうなってしまうのだろう?
・
~チャンミン16歳~
試験期間に突入し、2週連続でアトリエに行けずにいた。
僕の通うところは中高一貫校で、入学試験は免除されていたが、期末試験は当然ある。
必死に試験勉強しなくても、そこそこの成績をとる自信はあった。
でも義兄さんは「君の仕事は勉強をすることだ」と言って、いつものようにアトリエに来ようとする僕を拒んだ。
だから僕は、フラストレーションを抱えていた。
大人ぶる義兄さんに腹が立ったし、当たり前のことを口にする義兄さんがダサいと思った。
僕の知らないうちに33歳になっていた義兄さんに、ムカついていた。
僕にとっての義兄さんとは、どんな存在なのかを探っているうちに、頭の中がぐちゃぐちゃになってきて、モヤモヤしていた。
ムカムカするけど...義兄さんの顔を見たかった。
この頃の僕はもう、義兄さんを睨みつけることを忘れていた。
制作中や休憩中、僕が聞いていようがいまいが気にせず、義兄さんはあれこれと喋っている。
僕からは話題を振ることはなく、義兄さんに尋ねられた時だけ首を振るか、言葉短めに答える程度だった。
面白エピソードの話の途中、つい吹き出してしまって、そんな時義兄さんは真顔になった。
それから、ふわりと花咲く華やかな笑顔を見せた。
僕も真顔になってしまう。
僕が初めて、階段ホールから義兄さんを見下ろした日のこと。
義兄さんを、白い衣をまとった天使のようだと目を奪われた瞬間。
「この人に決めた」と、理由の分からない決心。
あの感情を、義兄さんの笑顔を目の当たりにしたその時、再体現したのだった。
義兄さんは、僕が笑ったことをとても喜んでいるようだった。
そのことに、気まずいような、胸がこそばゆいような感じになった。
もしホンモノの兄がいたら、こんな風に思うのだろうか?
例えば姉さんの笑顔を見たからといって、義兄さんに対して抱くような感覚は訪れない。
僕はどんな目で義兄さんをみているのか?
義兄さんは「兄さん」じゃない。
それとは違う。
そんな健全なものじゃないことに、徐々に気づきかけていた。
(つづく)
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