義弟(8)

 

 

~チャンミン16歳~

 

 

試験期間に突入し、3週連続でアトリエに行けずにいた。

 

僕の通うところは中高一貫校で、入学試験は免除されていたが、期末試験は当然ある。

 

必死に試験勉強しなくても、そこそこの成績をとる自信はあった。

 

でも義兄さんは、「君の仕事は勉強をすることだ」と言って、いつものようにアトリエに来ようとする僕を拒んだ。

 

だから、僕はフラストレーションを抱えていた。

 

大人ぶる義兄さんに腹が立ったし、当たり前のことを口にする義兄さんがダサいと思った。

 

僕の知らないうちに、33歳になっていた義兄さんにムカついていた。

 

僕にとっての義兄さんとは、どんな存在なのかを探っているうちに、頭の中がぐちゃぐちゃになってきて、モヤモヤしていた。

 

ムカムカするけど...義兄さんの顔を見たかった。

 

この頃の僕はもう、義兄さんを睨みつけることを忘れていた。

 

制作中や休憩中、僕が聞いていようがいまいが気にせず、義兄さんはあれこれと喋っている。

 

僕からは話題を振ることはなく、義兄さんに尋ねられた時だけ首を振るか、言葉短めに答える程度だった。

 

面白エピソードの話の途中、つい吹き出してしまって、そんな時義兄さんは真顔になった。

 

それから、ふわりと花咲く華やかな笑顔を見せた。

 

僕も真顔になってしまう。

 

僕が初めて、階段ホールから義兄さんを見下ろした日のこと。

 

義兄さんを、白い衣をまとった天使のようだと目を奪われた瞬間。

 

「この人に決めた」と、理由の分からない決心。

 

あの感情を、義兄さんの笑顔を目の当たりにしたその時、再体現したのだった。

 

僕が笑ったことをとても喜んでいるのを知って、気まずいような、胸がこそばゆいような感じになった。

 

もしホンモノの兄がいたら、こんな風に思うのだろうか?

 

姉さんの場合、彼女の笑顔を見たからといって、義兄さんに対して抱くような感覚は訪れない。

 

義兄さんは「兄さん」じゃない。

 

それとは違う。

 

そんな健全なものじゃないことに、徐々に気づきかけていた。

 

 


 

 

急に訪ねていって驚かそう、と思いついた。

 

制服姿だけど、構わないだろう。

 

駐車場に義兄さんの車(とても大きな外車だ)があるのを確認して、エレベーターは使わず階段を駆け上がった。

 

3回深呼吸をしたのち、チャイムを鳴らす。

 

インターフォンからの

『チャンミン!?

あれ?

今日じゃないだろ?』と、義兄さんの驚きの声。

 

「すみません。

何でもないです」

 

モデルの日でもないのに、突然訪ねていった自分が滑稽だった。

 

「帰ります。

すみません」

 

『待て!』

 

ドアの前から立ち去ろうとした時、

 

「チャンミン!」と、ドアから顔を出した義兄さんに呼び止められたけど、無視をした。

 

「チャンミン!」

 

腕を引っ張られたのにムカッとして、義兄さんの手を振り払う。

 

「入りなさい。

突然だったからびっくりしただけだ。

ちょうどコーヒーを淹れたばかりなんだ。

飲んでいきなさい」

 

「...はい」

 

義兄さんの足元に視線を落とした僕に気付いて、義兄さんは「はははっ」と照れたように笑った。

 

「慌てちゃって...靴を履くのを忘れちゃったんだな、ははは」

 

照れて笑う義兄さんは、子供っぽくて、僕が言うのも変な話だけど、可愛いと思った。

 

今日、義兄さんの慌てた顔を見ることができた。

 

帰ってしまうのを止めようと、それくらい焦ってた証拠だから、嬉しい。

 

義兄さんを喜ばせてしまったことが癪だったし、突然の訪問というサプライズを仕掛けた自分がカッコ悪い。

 

加えて、僕と会えて義兄さんは喜ぶはずだと、知っている優越感もあった。

 

つくづく、自分はひねくれている。

 

 


 

 

「?」

 

玄関のたたきに、(サイズから判断すると女のものか?)スニーカーがあった。

 

「今日はもう一人のモデルの子に来てもらってるんだ」

 

「......」

 

事務所スペースのソファに、女の子がいた。

 

僕は問うように義兄さんを見た。

 

その子も立ち上がって、義兄さんの方を見る。

 

「この子は、Mちゃん。

俺の母校に通ってるんだ。

今、21歳だったよね?」

 

「はい」

 

Mという女の子は、義兄さんの絵のモデルに選ばれただけあって、可愛い子だった。

 

色白で、肩まである髪をピンク色に染めていて、胸が大きいのに手足は華奢だった。

 

「で、この子はチャンミン。

俺の嫁さんの弟なんだ。

えーっと...15歳だったよね?」

 

「...16歳です」

 

「ええっ?」

 

「誕生日は過ぎました。

16歳になりました」

 

「そっか...ごめん、知らなかった」

 

「義兄さんが謝る必要はありません。

教えていませんでしたから」

 

心の中で「尋ねられてもいなかったし...」とつぶやいた。

 

僕の誕生日がいつなのか、義兄さんにとってどうでもいい情報なんだ。

 

「Mちゃんの絵、見てみる?」

 

「え...?」

 

義兄さんは、制作過程の作品を見せることに頓着しない人だ。

 

「チャンミンのものより小さくて、50号くらいかな」

 

アトリエの方を指し伸ばした手首でしゃらっと金属音がする。

 

瞬間、義兄さんの顔から笑みが消えた。

 

視界の端で、義兄さんがブレスレットを外す手を捉えていた。

 

姉さんから贈られたものを身につけているところを、僕に見られて「しまった」と思ったんだ。

 

やっぱり...義兄さんは僕のことを意識している。

 

ヌードだったら嫌だなと思いつつも、Mみたいな若い女の子を義兄さんはどう描いているのか興味もあった。

 

「普通ですね」

 

何かを褒めることが下手くそな僕だけあって、それ以上の感想が出てこない。

 

絵の中で、着衣のMが直立している、ただそれだけのものだった。

 

「買い手が既についている絵だ。

つまり、オーダーされたもの」

 

「チャンミン君のも見てみたいな?」

 

「やっ...それは...」

 

Mが小首を傾げて、僕と義兄さんを交互に見る。

 

パチパチとまばたきをして、媚のかたまりみたいな子だ。

 

まあまあ可愛いから、許す、と思った。

 

描かれているものが、ちょっとアブノーマルなものである自覚はあった。

 

裸の男に網タイツみたいなのを履かせているんだ。

 

でもここで嫌がったら、義兄さんの前で堂々とポーズをとることを、実は恥ずかしがっているとバレてしまう。

 

それは困るから、どうってことない風に頷いてみせた。

 

義兄さんは、後ろ向きに置いたイーゼルから、例のキャンバスを取り上げてこちら向きにする。

 

「うわぁ...」

 

Mは口を覆って、目を大きく見開いた。

 

「すご...!」

 

僕は恥ずかしくて、顔を背けてしまう。

 

未だ下塗りの段階だけど、ライン取りと構図や配色は出来上がっていた。

 

義兄さんの前でポーズをとっている間は、絵がどこまで仕上がっているかは分からない。

 

約束の時間が済むとじっくりと見もしないで僕はさっさと帰ってしまう。

 

本当は見てみたかったけれど、興味津々な姿は見せたくなかったから。

 

第三者がいる場で見る、作品の中の僕は、大人っぽくて、エロかった。

 

ラフなタッチの下描き段階で、顔も身体も塗りつぶしてあるだけだ、今のところは。

 

義兄さんはきっと、もの凄くいやらしい表情をした僕を描くのだろう。

 

僕に変な恰好をさせて、義兄さんは悦んでいるんだ。

 

絶対にそうに決まってる。

 

腰の奥が、重ったるく痺れた。

 

(つづく)

 

 

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