(15)僕の失恋日記

 

ー15年前の5月某日ー

 

雨降り。

19:30より送別会。

(社員の×さんの結婚退職。

バイト生としては古株の僕とユノも呼ばれた)

参加人数14人。

××駅前の居酒屋××にて。

続きは明日書く。

(※以下は翌日、書いたもの)

 

 

最初、テーブルの端と端とに離れた席だったが、無理を言ってユノの隣に座らせてもらう。

(※ユノはカッコいい奴だから、女性スタッフから人気がある)

ユノの笑顔がぎこちないのが気になる。

昨日、バイトで一緒になった時は元気だったから。

前彼のことで何かがあったんだ、とピンときた。

料理にほとんど箸をつけないユノの分も、僕が食べる。

 

 

「元気?」

ユノ

「まあまあ、ぼちぼち」

猫背になったユノ、がぶがぶと酒を飲んでいる。

「顔が真っ赤だぞ。

飲み過ぎじゃないのか?」

心配する僕を無視して、すいすいとグラスを空けてゆく。

見かねた僕は、ユノを洗面所までひっぱってゆく。

トイレの個室に、二人まとめて入る。

ユノにハグする。

僕の行動にユノは目を丸くしていた。

4月以来、ユノとヤッていなかった。

ユノに近づくとドキドキする。

恥ずかしくて、顔から火が噴き出そうだった。

 

 

僕は気配りに欠けている男だ。

分かりやすく助けを求められたり、明らかに弱った姿を見せられるまで、動こうとしない。

気づけないんだ。

「あれ、おかしいな」と思っても、早とちりはいけないと、様子見する。

自分に対してさえこうなんだ、他人に対してはもっと鈍くさくなる。

この鈍くささのせいで、目の前に差し出されていた、いくつものチャンスを取りこぼしてきたのだろう。

僕はユノをほったらかしにしていた。

CCから離れられない自分にこだわってばかりで、リアルから逃げていた。

 

 

僕にとっての恋は、CCに憧れ見上げるものだけだった。

ところが、僕のすぐ隣を歩き、目を合わせ、言葉を交わし...キスをしたり、ヤッたり、触れて触れられ、心のひだひだがぞわり、とするこれら。

僕はようやく夢から覚めた。

大抵の場合、リアルより夢の方が幸福だと言うものだけど、僕の場合は違う。

僕はユノと恋をしかけていたんだ。

ユノの隣にいたのに上の空で、「CC、CC、CC...」と念仏のように唱えていた。

古い恋から新しい恋へと移り変わる瞬間。

とても淡くかすかな変化だから、その時には気付けない。

後になってふりかえって、ようやく「あの時」と分かるんだ。

僕はその瞬間を既に、経験していた。

送別会は途中退席。

ユノを部屋まで送っていくことにした。

ユノの足取りはしっかりしていたから、僕が付き添う必要は全くなかったけれど、ユノと話しがしたかった。

 

ユノ「チャンミンと話しがしたかった」

ユノも同じことを思っていたと知って、びっくりした。

「元気がないみたいだけど、大丈夫?」と尋ねたら、「大丈夫じゃないから、話を聞いて欲しい」とユノは答えた。

 

 

退屈な講義。

板書をするフリをして、この日記を書いている。

あと5分で講義が終わる。

あと1つ講義を受けたら、今日はフリーだ。

続きは帰宅してから書く。

小説のストーリーも浮かんだ。

 

 


 

ー15年前の5月某日ー

<送別会の夜のこと>

 

僕らはコンビニで飲み物だけ買って、ユノの部屋に寄る。

ユノと沢山話をする。

ユノの話を聞きながら、他人の打ち明け話や相談事を聞く経験がないことに気付く。

相づちを打つタイミングもよく分からない。

「あなたのことを心配してますよ、話を聞かせてください」の気持ちが伝わるよう、僕はユノから目を反らさなかった。

 

 

【ユノの話】

昨夜、前彼から呼び出され、「よりを戻したい」と言われた。

「よりを戻す」の言葉に、僕の胃のあたりがムカっとした。

ユノはフラれた立場だった。

別れたくて別れたわけじゃなかったんだ。

元通りに戻れるのだから、とても嬉しい話のはずなのに、なぜかユノは暗い顔をしている。

わけが分からない。

 

僕「ユノはどう思った?」

ユノ「正直...ぐらっと揺れた」

僕「ユノは何て答えたの?」

ユノ「チャンミンはどう思う?」

 

 

何度もヤッた仲なのに、そのときユノには彼氏がいたから、僕は「浮気相手」になる。

一度だけ気持ちを確かめ合った時はあったけれど、それ以上突っ込んだ会話はせずじまいだった。

淡い恋心程度が平和なのだ。

友達付き合いでいるのが気楽なんだ。

付き合ったりなんかしたら、いつか破局して辛い失恋を経験しなくてはならない。

いい加減にしろよ。

ごちゃごちゃ言い訳していないで、はっきりしろよ。

僕は恋愛に慣れていない。

好きな奴と目を合わせられ、触れることができて、その距離の近さに慣れていない。

僕は恋愛にのめり込むタイプだと思う。

よーいドンのスイッチを入れた時...僕は凄いことになってしまいそうだ。

どうなってしまうか分からずとても怖いのに、そこに飛び込みたくなった。

その合図を待っていたけど、僕からスイッチを押すことに今決めた。

今がその時だと思った。

 

 

【僕の回答】

「はっきりさせなかった僕が悪いんだ。

よりを戻さないで欲しい。

きっぱり断って欲しい。

なぜかと言うと......その前に!

揺れてしまったって言ったよね?

どういう意味だよ!?

彼のことがまだ好きなんだ?

そっか...そうだよね。

別れたくないって言ってたよね?

それじゃあ、どうして僕とヤッたんだ?

僕としたかったから?

そうだ、そうだよ!

僕だって、ユノとしたかったんだ。

それだけよ、それだけのことだ。

ヤリたかったから、ユノとヤッたんだ。

ユノだったからだよ!

ユノは彼のことで傷ついていて、寂しくて、そこにいたのがたまたま僕だったから、深い意味はなかったと思う。

でもね、僕はそういうのに慣れていないんだ。

分かんないんだよ。

彼氏がいたことなんてないんだ!

悪かったな!

こういうの慣れていないんだ。

ちゃんと言葉にしなかった僕が悪いんだ。

復縁するのか?

別れたくないって言ってたからね。

僕はイヤだよ。

ユノはなんて返事をしたの?

断ってくれたよね?」

 

ぽんぽん言葉を重ねる僕に、ユノはポカンとしていた。

 

僕「そうだよ!

ユノが好きなんだよ。

悪かったな!」

あ〜あ、言っちゃった。

勢い任せで、言っちゃった。