ユノが駅に着くまであと30分。
改札口の前で待っていよう。
残りページはあと少しだ。
僕は大きく息を吸って吐いて、ページをめくった。
とても大事なシーンだ。
丁寧に詳しく書いてくれてありがとう、と20歳の自分にお礼を言う。
だって、これを読みながら、ユノのことをあらためて好きになっているから。
そうそう、ユノのこういうところに好きになったんだよね、って。
ー15年前の5月某日ー
<送別会の夜のこと>
勢い任せの告白。
するつもりのなかった告白。
思い出すだけで、火が出そうだ。
・
【僕の告白を受けて、ユノの反応】
泣き出した。
ポロポロ涙をこぼしていた。
ユノ「悪くない。
全然、悪くないよ。
大歓迎だ」
僕もじんときてしまって、こぶしで涙を拭った。
互いの首をタックルするみたいなハグをした。
ユノ「よりを戻すわけないじゃん」
僕「どうして元気がないの?」
ユノ「俺って最低だなぁ、って。
俺は浮気は出来ない質なんだ...なんて言ってて、浮気したんだけど」
僕「あははは、そうだね」
ユノ「元通り付き合おうと言われたとき、すげぇ腹が立った。
俺を2度もフッたくせに...って。
今さら遅いよって。
...まあ...とにかく、復活したいと言われて、お断りしたって話だ。
...それだけの話さ」
僕「駄目だよ、端折らないで。
それだけじゃ、ユノの元気がない理由が分からないままだ。
全部話して」
・
ユノ「彼はね、初めての彼氏だったんだ。
付き合いの期間も長くて、別れるなんてあり得ないと思ってたんだ。
呑気に構えていた俺の隣で、彼の気持ちはどんどん離れていってたらしい。
純粋に気持ちが冷めたんだってさ...俺といると疲れるって。
そう言われた俺は、『至らない所があるなら直すから、別れるなんて言わないでくれ』ってお願いしたんだ。
チャンミンには偉そうなことばっかり言ってたのに...無様だろ?
俺の恋はそんな具合だし、チャンミンは失恋中だし。
その上、チャンミンを深く知りたいと思うようになるし、わけわかんなくなってきたんだ。
いい加減CCなんて諦めて、現実を見て欲しくて、あえてキツイことを言ったりした。
...ごめんな」
僕「謝るなって。
ユノの言葉に、僕はとても助けられたんだよ」
僕の言葉に、ユノの肩からはふっと力が抜けた。
僕「続きを話して、全部。
全部聞かせて。
どうして元気がないの?」
・
この後、ユノは何ていったんだっけ?
ユノと交わした言葉のひとつひとつを、鮮明に記録に残したかった。
ユノの腕の下から抜け出た僕は今、デスクにこのノートを広げている。
室内はとても蒸し暑く、エアコンを入れた。
ユノはぐうぐう寝ている。
ぽりぽりと裸のお腹をかいている。
さっき僕が強く吸いついた痕が痒いのかなぁ。
それは、生まれて初めて付けたキスマークだ。
・
ユノ「チャンミンを放っておけなかった。
そんな俺を側で見ていた彼はどう思ったか。
分かりやすい俺の変化に『あれ?』って変に思うだろ?
たちが悪いことに、俺は全然気付いていないんだ。
チャンミンの世話に奔走してしまう動機が恋だってことに。
彼から『ユノの態度が変だ。好きな奴が出来たのか?』と訊かれても、ハテナ?だ。
『俺を疑ってるのか?』なんて、逆に彼を責めたりしてさ。
一緒にいたくなくなって当然だ」
ユノは僕をハグしたまま、話し続ける。
ユノ「...昨日呼び出されて、『よりを戻したい』って言われて、すぐに断った。
『好きな奴がいるから無理だ、ゴメン』って」
ドキッとした。
ユノ「そうしたらこう言われた。
『やっぱり...そいつだったんだ。
俺と付き合ってるのに、そいつとずっと会ってたんだろう?
俺は知っていたよ。
別れ話の時、俺は追求せずにいたんだ...ユノはそいつが好きだったんだろ?』って。
...そう言われた」
僕「『そいつ』って...」
ユノ「チャンミンのことだよ」
・
ユノ「さらに彼から、こう言われた。
『ユノは酷い男だ。
とっくの前によその男に気持ちがいってしまっているのに、自分じゃ気付いていない。
その上、悪いところは全部直すから、別れたくない、なんて言い出すんだから。
どこまで無神経なんだよ』
...って言われた。
彼から見れば、俺は浮気をしてたってことだ。
恐ろしいことに、俺にその自覚ナシだったんだ。
チャンミンにぺらぺら偉そうなこと言っておいて、俺自身の恋愛はこんな有様なの。
俺はずっと、被害者意識でいたんだ。
心変わりしたのは彼じゃなくて、俺の方だったんだ。
彼を傷つけていたのは、俺の方だったんだ。
俺さ、すげぇ落ち込んでしまって...」
僕「ユノ...」
ユノ「鈍感にもほどがあるよなぁ。
誤解するなよ?
チャンミンのせいじゃないからな。
俺が馬鹿だっただけの話だ。
俺が元気がない理由の話は、これでお終いだ」
僕らはずーっとハグしたままだった。
ユノ「CC、新曲を出したらしいね」
僕「詳しいね」
ユノ「もちろん、注文しただろ?」
僕「ううん、していない。
買うのは止したんだ」
ユノ「どうして?」
僕「欲しがる理由がなくなったから」
・
集中して書き続けていたせいで指が痛い。
首をぐるりと回転させ、大きく伸びをした。
ユノは目を覚まさない。
ひと晩で視界がぐんと、広がった気がする。
たったひと晩で、随分遠くまでワープしたみたいな感じなんだ。
でも、CCによって負った傷の痛みは消えていない。
僕は分かりやすく打ちひしがれ、いつまでもいつまでも、いつまでもいつまでもCCを引きずっていたんだ。
そうそう簡単に消えるものじゃない。
しつこく残っているけれど、それどころじゃなくなってしまっただけのこと。
だからユノの登場は、CCの延長線上にあるものじゃない。
目が覚めた、と言った方が...
うまく書きあらわすことができなくて、ジレッタイ!!
(※ユノとのことをうまく言い表せなくて、苦労している様子が、何度も書き直した文章から伝わってくる。
当時の僕はとても素直で、うつむきもせず真っ直ぐ前を向いて、襲い掛かる負の感情をまともに味わいながら、前進していた。
心を庇うために中途半端な嘘までついたりして、それでも逃げていなかった。
早く楽になりたくて一生懸命、手足を動かしていた。
ポンポンと後ろから肩を叩かれた。
僕はわざわざなのか、敢えてなのか、振り向くことなく、肩を叩いた人物と会話を交わす。
その人物はもちろん、ユノだ。
僕の背中はムズムズしてくる。
振り向きたいのを我慢してた。
いよいよ耐えきれずに振り向いた時、凄いことが起こった。
その時がいつだったのか、20歳の僕は分かっているのかな?
正解は、初めて寝た日だよ)
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