【中編】7月8日のプロポーズ

 

<16年前の7月6日>

 

曇り。

予報によると、今日は1日曇り。

午後から出勤なので、太陽が照り付ける中を歩かずに済んでよかったと思う。

早番のユノは先に家を出て行った。

 

 

僕はユノを見送った後、洗濯と夕飯の下ごしらえをする。

ユノのTシャツと下着を、僕のものと一緒に洗う。

僕の部屋にユノの私物が1つ、また1つと増えてゆく。

部屋に点在する、歯ブラシや剃刀、髭剃りフォーム、靴下、ゲーム機や文庫本

まるでマーキングしていっているみたいだ。

全然嫌な気はせず、むしろ嬉しい。

こういう感覚は、特に女性が感じるものなのだろうか。

僕は、半径5メートル以内の中にあるモノを目にしたり触れたり、小さな空間の中で行う事だったり、そういった細々とした事柄にじんと幸せを感じるタイプかもしれない。

反対に男とは、視界に入る日常的なものはあって当然で、そんな程度では幸せセンサーは動かない。

成功や獲得などの大きな事柄が起きないと、「生きててよかった」と感じないのでは?と、ユノと居るうちに思うようになった。

他の男たちは何を考えているか分からない。

ユノが幸せ気分になるのはどういう時なのか、訊いてみないと分からない。

小さな頃から『女っぽい』といじめられてきたから、僕は女っぽい男なんだとずーっと思って生きてきた。

男性アイドルに本気で恋をしたり、ユノの下着を干しているだけで幸せ気分になってしまうのだ。

洗濯機のブザーの音で、「女っぽいとは?」「男らしいとは?」を問う考え事が中断した。

(曇り空じゃ1日じゃ乾かないだろうけど、汚れたシーツも洗ったのだ)

別にいいや。

僕は好きな人の身の回りのことをお世話する事が好きな男なんだ...と結論が出た。

 

 

食事やベッドを共にするのは、大抵のカップルがしていると思う。

僕が思うに、2人の汚れものを一緒に洗濯することって、生っぽい親密さを感じる。

どちらかの部屋に入り浸り、私物が増えてゆくからわざわざ帰宅しなくても困らなくなり、気付けば同棲していた。

僕とユノもそうなりそうな予感がしたりして。

薄曇りの空の下、物干し竿にぶら下がる洗濯ものを眺めながら、短冊に書くお願いごとの文面を考えていた。

 

 

勤務30分前に到着できるよう家を出た。

ショッピングセンターの駐車場は8割方埋まっている感じだ。

週末に行事が重なったことで、普段よりお客は多そうだ。

正面入り口からお客として店に入り、縁日コーナーを覗いてみる。

大きなビニールプールにカラフルなスーパーボールが大量に浮いていて、ポイを握りしめた子供たちはひとつでも多くすくおうと、真剣だ。

そこは親子連れの客たちでとても賑やかで、そんな人混みの中からすぐにユノを発見できた。

(ユノが発光しているのか、スポットライトを浴びているのか、僕の目はおかしくなっているようだ)

ひとつもすくえずにいた子供にも、ユノは気前よくサービスしてあげていた。

悔しくて泣いている子には、さらにもう1個おまけをあげていた。

(後で、上司に叱られなければいいけれど)

これって、惚れ直してしまう典型的なシーンなんじゃないかな。

ユノは僕に気づいて片手をあげ、僕も手を小さく振ってこたえた。

働くユノを見てみたくて、ちょっと早めに出勤したのだ。

 

 

ユノは次から次へとやってくる子供たちの対応に追われていて、その合間にちらちらと僕に笑顔を見せてくれる。

満足した僕は一旦外へ出たのち、裏の従業員入口から建物内に入店した。

 

 

「わあ」と思わず声が漏れた。

どこから調達してきたのか、巨大な笹がディスプレイされていて、既に色とりどりの短冊がぶら下がっている。

圧巻だ。

お願いごとを書くテーブルはほぼ埋まっていて、担当のスタッフたちは大忙しのようだった。

今日明日と、ここにいずっぱりになる。

昇りエレベーターの陰になって見えないところに、ユノがいる縁日コーナーがある。

 

 

次々と客たちの相手をし、その度同じ説明を繰り返し、その短冊の赤や黄色、青色がちらちらと残像となって、頭がくらくらしてきた。

夕方を過ぎると客足がひき、ようやく、ひと息つけるようになった。

喋りっぱなしでカラカラになった喉を、差し入れのお茶で潤し、短冊に書く文面を考えていた。

ぼーっとしていたので、目の前にユノが立っていることに気づけずにいた。

頭をこつんとやられて、もの思いから引き戻された。

「俺にも1枚頂戴」

ユノは制服を脱ぎ、私服に着替えていたから、仕事上がりなのだろう。

「うん。

どうぞどうぞ、いっぱい書いて。

短冊って何枚でも書いていいんだって」

「やった!

1枚のつもりでいたからさ。

じゃあ、2枚頂戴」

と、ユノは赤と黄色の短冊を選んだ。

「僕、調べたんだけど、お願いごとは、『何々しますように』じゃなくて、『何々します』と言い切った方がいいんだってさ」

「あっち行って書くよ。

チャンミンに見られたら恥ずかしいから」

と、ひらひら手を振られてしまった。

恥ずかしいこと?

僕が絡んでいることかな、なんて自惚れてしまったりして...。

ユノはテーブルの端っこの席に座り、油性ペンでコリコリ書いている。

大きな背中を丸めて、可愛いなぁと思ったりして。

ユノの中では、お願いごとは既に決まっていたらしく、あっという間に2枚分書き上げた。

僕に見られないよう、短冊を背中に隠している。

「書いたやつを笹に吊り下げるのって僕がやるんだよ」

日勤のスタッフたちは帰ってしまい、このコーナーは僕を含めて2人になっていた。

しかも、そのひとりは休憩に行ってしまっている。

「じゃあ、俺が吊り下げる」

「駄目だって!

今のユノはお客さんになんだよ」

僕の制止はお構いなしに、ユノは脚立のてっぺんまで登り、余程僕に見られたくないのか、背伸びまでしている。

途中、ぐらりとバランスを崩したユノに、僕は大慌てで脚立に飛びつき、彼が降りてくるまで押さえていた。

僕はユノが吊り下げた辺りを、目に焼き付けた。

明日の閉店後、笹を片付ける時に探そうと思ったのだ。

何百枚もある中から見つけられる可能性は低いけれど、気になって仕方がないのだ。

「チャンミンも書いたら?」

「今?

僕、仕事中なんだけど?」

閉店後に書くつもりだったし、ユノの目の前で書くのは恥ずかしい。

ユノは周囲を見回し、

「空いてるし、誰も見ていないよ。

書いちゃえ!」

と急かされた。

僕は真ん中の席につき、赤と黄色の短冊を2枚とった。

そして、ユノの目の前で、堂々とお願いごと書き始めた。

なぜだか、急に気が変わった。

ユノはびっくりしただろうな。

僕らはお互い好き合っていることを知っているし、付き合っているつもりでいるのに、『好きだから付き合おうか?』と告白したことがないのに。

いい加減、告白すればいいのに。

(でも、それでいいのだ。

僕らは、態度と文字で『好き』を伝えることが得意。

16年間、このスタンスで一緒に暮らしてきた)

『死ぬまで、ユノの隣にいられますように』

『ユノがずっと健康でいられますように』

書き終えた短冊を、目線の高さに吊るした。

僕を見守っていたユノの方をふり返ると、色白の彼の頬がピンク色になっていた。

僕の顔をまともに見られずにいるユノに、僕は内心でニヤニヤしていた。

「さ、先に帰ってる。

素麺を茹でておくよ」

ユノはどもり気味に言うと、七夕コーナーから走り去っていってしまった。

今夜もユノは僕の部屋に泊まる。

ユノには合鍵を渡してあるから、大丈夫。

 

(つづく)

 

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