(30)僕らが一緒にいる理由

 

遊園地で遊ぶどころじゃなくなった僕らは、持参した弁当を急いでお腹におさめ、近場のカフェへと場所を移した。

 

背の高い仕切りで3方を囲まれた席のおかげで、会話の内容に気を遣う必要はなかった。

 

僕と夫の正面にアオ君が席につき、3人ともアイスコーヒーを注文した。

 

『この世界にいる限り』って僕が言ったことを思い出してみて。

もし僕が未来からやってきたとするならば、僕は一体、何年先の世界からやって来たのだと思います?」

 

「え~っと...」

 

僕はあらためてアオ君を観察してみた。

 

アオ君が身につけているものに、僕がイメージする未来的なアイテムは見当たらない。

 

未来から持ち込んだものはアパートメントに隠し、ハイテクなものに頼っていたからお米を炊くこともできなかったと、無理やりこじつけられるけれども。

 

「ヒントをあげる。

僕の両親はいくつだったでしょう?」

 

「...あ!」

 

アオ君は遅くにできた子で、現在は50代後半だと話していた。

 

「思い出しました?

僕の両親は60歳間近...え~っといくつだっけ...57、8...58歳です。

僕が未来人だとしたら、これから10年後にチャンミンさんは僕を妊娠しないといけないでしょう?

『この世界』で果たして10年後に、男であるチャンミンさんは子供を身ごもることはできると思いますか?」

 

「...できないね」

 

「何十年も先なら可能かもしれないけど、その頃はお二人は死んじゃってるよ」

 

「確かに」

 

ぐるぐるする頭で、隣の夫の表情をうかがうと、答えを知っている彼の方こそ僕の反応が気になっている風だった。

 

口角をぴくぴくさせて、僕が騙される瞬間を狙っている風ではなかった。

 

「未来や宇宙、異世界からやって来たのではないとすると...」

 

アオ君は身を乗り出して、僕の口から正しい回答が飛び出すのを待っていた。

 

「もしかして...」

 

小説家の僕が一度使ったことがあるストーリー設定だ。

 

「パラレル...?」

 

「正解」

 

アオ君はにっこり笑った。

 

パラレルワールドとは、この現実とは別に存在する、『もう1つの現実』のことだ。

 

『もしも』を可能にする世界。

 

アオ君は僕と夫のグラスからストローを取ると、左右の手に1本ずつ垂直に立てた。

 

「こっちが僕の世界。

お二人が今生きる世界がこっちです」

 

平行に並んだ2本のストローを前に、僕と夫は顔を見合わせた。

 

「?」

 

「僕の世界とお二人がいるこの世界との関係性はこういうことです。

2つの世界はそれぞれ独立した時間軸をもって、並行関係を保って存在しています。

パラレルですから、僕はどこか不思議の世界からやってきたわけじゃありません。

二次創作でよく用いられている考え方です。

小説家のチャンミンさんなら詳しいでしょう?」

 

「う、うん」

 

小説のプロット作りに参加した夫も、「あれのことね」とつぶやいた。

 

未来から来たのではない、という説明にようやく納得がいった。

 

「自由に行き来できるものなの?

ドアがあるとか?」

 

「あれをドアと言えるのかどうか...。

でも、内緒です」

 

「え~、ずるい」

 

アオ君の前だということを忘れて、口を尖らせてしまった僕。

 

「あっちとこっちの当人同士が顔を合わせていいものかどうかわからないから、止めておいた方がいいと思います。

未来と過去の自分は会ってはいけない、って言いません?

...でも、パラレルの場合はどうなんだろう...。

もしチャンミンさんが、あちらに遊びに行った時、こっちの世界にはチャンミンさんが不在になってしまう。

...う~ん」

 

アオ君は腕を組み考え込んでいたが、「分かりません」と残念そうに言った。

 

「分かった。

おかしなことになったら怖いから止めておく」

 

向こうの僕らがどんな暮らしを送っているのか興味津々だったけれど。

 

 

「あっちの世界では、僕とユノはアオ君のお父さんかぁ。

...ユノはどう思った?」

 

「俺は、アオ君は俺たちの子供だと確信しているよ」

 

アオ君との日々を思い出してみても、「この子はこの世のものではない」と疑わせるような不自然な言動はなかった。

 

ごく当たり前に、僕ら夫夫の隣でご飯を食べたり、TVを観たり、我が家に泊っていった。

 

両親に対して抱いている複雑な思いも教えてもらった。

 

 

僕はアオ君と夫の顔を交互に見比べた。

 

『そういう目』で観察すると、やっぱり2人はよく似ていた。

 

従兄弟どころか、もっともっと近しい関係だった。

 

僕と夫、アオ君3人並んで写真を撮れば、血を分けた同士の証拠がたくさん見つかるだろう。

 

でも、アオ君が『どこから』来たのかは、たった今説明を受けたけれど、夢物語を聞かされたかのような、キツネにつままれたような感じ。

 

けれども、アオ君の存在を否定することは出来ない。

 

これは紛れもない現実だ。

 

夫がアオ君を認めている...これが決定的理由。

 

親子関係を証明するため遺伝子検査を...なんて無粋なことは不要だ。

 

この子は僕と夫の遺伝子を受け継いでいる。

 

僕らの子供と言ってもいい存在だ。

 

 

「ひとつつじつまが合わないことがあるんだけど?」と、これまで黙っていた夫が口を開いた。

 

「俺とチャンミンは30歳。

アオ君の両親が58歳。

この年の差は?」

 

「僕も不思議に思った。

約30年分の『年月』のずれは何なの?」

 

「不思議でもなんでもありません。

僕の世界とお二人の世界は同時進行に時を刻んでいますが、時系列までは一致していません」

 

「どういうこと?」

 

アオ君はさっきの2本のストローを、テーブルの上に平行に並べた。

 

2本のストローの先端は揃っている。

 

「お二人が想像するパラレルとは、こんな感じなんだと思います。

実際はパラレルと時も場所もバラバラなのです

こんな風に」

 

アオ君は2本のストローを前後にずらした。

 

「あ...!」

 

「こっちの世界のユノさんが赤ちゃんなのに、あっちの世界のユノさんはおじいさんであっても、おかしくありません。

どの世界でも、『ユノさん』が実存している...このことが重要です」

 

「...そういうことか」と夫は唸り、氷が溶けて薄まったコーヒーをがぶりと飲み込んだ。

 

「アオ君は両親が嫌になって、こっちにやって来たんだよね?

男同士で子供を作るなんてレアケースなことをした結果、アオ君の友人関係がうまくいかなくなってしまった。

何でも許してくれる激アマなのは、苦労を強いられているアオ君に負い目があるからだって...そう言ってたよね?」

 

「どうしてこちらの世界に来ようと思ったの?

溺愛する親が重いから逃げてきたことも理由のひとつかもしれないけどさ。

本当のところは何?」

 

「俺も知りたい。

教えて?」

 

「分かりました」

 

「いてっ!」

 

テーブルの下を覗くと、僕の足を蹴ったのはアオ君の足だった。

 

「痛いよ?」

 

蹴られる理由が分からず、アオ君を睨みつけると、彼は僕の傍らのバッグを顎で指していた。

 

「何?」

 

「ユノさんに例のものを渡さないの?」

 

「今?」

 

洋食レストランにディナーの予約を入れていた。

 

夕食のデザートが出された頃に、夫へ贈り物を渡そうと計画していたのだ。

 

「そう。

僕としては今渡してくれると助かります。

説明しやすくなるんです」

 

「...分かったよ」

 

僕は渋々頷いた。

 

(つづく)



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