(16)僕らが一緒にいる理由

 

 

「映画を借りてきたから観ようか?」

 

夫からの誘いに、「やったね」と僕とアオ君は顔を見合わせた。

 

「ポテトチップスを持ってきたんだ」

 

アオ君のボストンバッグから、スナック菓子の袋が2つ3つと出てきた。

 

湯上りでほこほこの僕ら3人は、これからD映画鑑賞をすることになったのだ。

 

「大丈夫なの?」

手渡されたDVDのタイトルに、僕は心配げに夫を窺った。

 

夫はホラー映画が苦手なくせに、怖いもの見たさ根性が勝ってしまって無理をするからだ。

 

僕にしがみつき、頭からかぶった毛布の隙間から片目だけ出して、殺人鬼の足音にガタガタ震える。

 

僕の耳元で悲鳴を上げるものだから、「怖いなら借りてくるな!」だの「離れろ、邪魔!」だのと、僕から徹底的にうっとおしがられる。

 

途中離脱せず無事クレジットロールを迎えるや否や、夫はリモコンの停止ボタンを押し、背伸びをしてこう言う。

 

「今回のはまあまあだったな」と。

 

外では『出来る男』の夫が、恥ずかしげもなく怯えた仔兎の姿でいられるひとときは、一種のストレス発散タイムになっているのではないだろうか。

 

映画の世界とはいえ、生き死にの瀬戸際でギリギリ闘った結果なのか、特にスプラッター映画鑑賞後、夫の性欲が増しているような気がする。

 

僕を無性に抱きたくなるようなのだ。

 

夫は僕を強引に寝室へ引きずっていく。

 

もしその日の僕がのり気じゃなかったとしても、巧みな手業口技で僕をその気にさせてくれる。

 

そして、交際したての10年前と同様の激しさで僕らは朝まで...(以下省略)

 

怖いDVDを借りてくるイコール、「性欲が溜まっているぞ」サインなのでは、と僕は思っている。

 

 

今夜の僕はがっちり両脇を固められ、スナック菓子に手を伸ばすこともできなかった。

 

意外なことにアオ君もホラー嫌いだったようだ。

 

「停めようか?」とリモコンに手を伸ばすと、「停めないで!」と2人同時に押しとどめられた。

 

意地でも最後まで鑑賞し続けるつもりらしい。

 

ムードを出すため照明は消され、TV画面が放つ光だけが光源になる。

 

恐ろしいシーンとは暗闇の中と決まっているから臨場感が増した。

 

毛布の隙間から覗く夫の目は恐怖で見開かれ、彼の眼球に殺人鬼のシルエットが映り込んでいた。

 

反対側のアオ君を窺うと、僕に抱きつくのはさすがに憚られるのか自身の両膝を抱え込んでいた。

 

第一の危機が去ったシーンに差し掛かると、夫とアオ君は僕から身体を離し放っていたスナック菓子やドリンクでエネルギー供給し始めた。

 

なんだなんだ、この懐かしい空気感は。

 

それなのに非日常的で、かつ貴重なひととき...そこに懐かしく馴染んだ感覚が加わる。

 

重なりあったギャップ感に頭がくらくらした。

 

 

明日も寝坊できない日だ。

 

映画鑑賞を終えた僕らは、てきぱきと就寝の用意にとりかかった。

 

夫とアオ君には布団を敷くよう依頼し、僕は湯たんぽ用のお湯を沸かした(客用布団の用意がある。妹は学生時代、我が屋をホテル代わりによく利用していた)

 

2人がいる部屋へと、僕はバスタオルにくるんだ湯たんぽを抱え向かった。

 

不器用な夫とアオ君のベッドメイキングは酷いものだろう、僕が直してあげないと。

 

「...チャンミンが...」

 

「!」

 

僕の名前を耳にした瞬間、僕は「どう?」の言葉を飲み込んだ。

 

夫とアオ君は、僕を話題にしているようだった。

 

「......」

 

耳をそばだててみると、僕の悪口を言っている風ではなく安心した。

 

安心した僕は足を忍ばせて後ずさりした後、バタバタスリッパの音をあえてさせて2人に声をかけた。

 

「どう?」

 

 

 

 

平坦な日常が通常の僕にとって、内容の濃い一日だった。

 

アオ君を我が家に連れてくるだけじゃなく、お泊りさせるのはやり過ぎだったかもしれない。

 

夫に相談しなかった強引さがダメだったな、と反省した。

 

「困ったことがあったら、僕も力になるからね」と、1歩下がった立ち位置でいるべきなんだろうし、夫もここまでの関わり合いを望んでいない可能性もある。

 

アオ君を放っておけないとか、時間の融通がきく身分であることを理由に、彼に関わろうとしている。

 

我が家に吹き込んできた新しい風だけど、大袈裟に捉える必要なし。

 

「おやすみ」

 

夫の頬へ軽くキスをして(毎晩の習慣)、僕は布団にもぐりこんで夫に背を向けた。

 

両足をすりよせ靴下を脱いだ。

 

と、その時、僕の背に分厚いものがのし掛かった。

 

夫の熱い吐息が僕の耳たぶに吹きかかった。

 

「...アオ君がいるからだ~め」

 

僕はそっけなく言って、背後の夫を肘でおしのけた。

 

「声を我慢すれば大丈夫」

 

「駄目だって。

準備してないし」

 

パジャマの中に忍び込んだ手も払いのけた。

 

「そんなの気にしない」

 

「ユノは気にしなくても、洗濯する僕の身になってよ!」

 

「じゃあ、俺がやる」

 

「明日、仕事じゃん」

 

「早起きする」

 

「そう言って実行できたためしがないじゃん」

 

「チャンミン...好きだ」

 

「っ!」

 

僕のガードが一瞬緩んだすきに、夫は僕の前をつかんでしごきだした。

 

「あっ!

駄目っ!」

 

身動ぎして逃れようにも夫の力に勝てるはずもなく、彼の手業に僕は喘ぎをこらすしかない。

 

その乱暴気味な手つきに、「あれ?」と思う。

 

「もしかして...ヤキモチ妬いてる?」

 

「アオ君に?」

 

「う...ん。

あっ...家に連れてきたから...っ...」

 

「声、我慢しろよ。

アオ君に聞かれるぞ」

 

「ユノがっ...激しすぎ。

うっ...」

 

パジャマの袖口を噛みしめた。

 

「ヤキモチ妬くわけないよ。

チャンミンにその気がないってこと、分かってるから。

親心みたいなもの?」

 

「そうだっ...よっ。

でも...ごめん。

相談しなくって...ああっ!」

 

「しーっ!」

 

「痛っ。

もっと優しくしてよ、久しぶりなんだから」

 

「悪い」

 

「僕がやるから!」

 

「俺がやる」

 

夫は僕のパジャマの上着にもぐり込み、僕の敏感なところを左右交互に吸ったり噛んだりし始めた。

 

「相談されても、強行するくせに」

 

くすくす笑う夫の吐息がくすぐったい。

 

「ふん」

 

「...でも。

嫌われない程度にな」

 

「分かってる」

 

「俺の存在を忘れるなよ」

 

「あったりまえだよ。

一番はユノだから...ああっ!」

 

「ふっ...めちゃくちゃ感じてるじゃん。

すげぇ、デカくなってるぞ」

 

 

(つづく)

 

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