~夫の夫~
数日前の夕飯の席での話だ。
夫がアオ君用の下着を買おうとしていたから、「お前はアオ君のお母さんか」と、軽口半分たしなめ半分で笑ったところ、彼はすっと顔色を変えてしまった。
「そっか...そうだよね。控えないとね」と、しょんぼり肩を落としてしまった夫が可哀想になってしまった。
「若い子なりの好みがあるから、アオ君に要るかどうか訊いてみなよ」とフォローしたら、夫は浅く笑った。
「うん。
僕も分かってるんだ。
僕とユノってそっち系じゃん。
その僕がベタベタしてきたら、気持ち悪いよね。
『もしかして、俺のこと好きになったとか!?
キモイんだけど』ってさ。
アオ君はいい子だから、あからさまにしていないだけかもね」
と、夫は自嘲気味に言って、くくくっと肩を揺らして笑った。
「ああ...そういうことね」
夫が言わんとすることは、痛いほど伝わってきた。
俺はアオ君に対して、そっち方面の心配...男同士で愛し合っていること...はしていなかった為、夫の言葉に初めて気づかされたのだ。
「今さら何言ってるの?
さんざんちょっかい出しといて」
「え〜!
ユノが『やめろ』ってしつこく言ってたのは、そういうことじゃなかったの?
嫌われる、ってのは、変な意味にとられかねないってことでしょ?」
「いや、違う。
俺が言いたかったのは、親の過保護が嫌でこっちに来たのに、チャンミンが世話焼き過ぎたら元も子もないだろ?
だから、セーブしろよ、ってこと。
アオ君から聞いてるだろ?
こっちにやって来た理由」
「うん」
夫とアオ君は既に突っ込んだ会話をしているだろうと、思っていた通りだった。
「その言葉に裏はない?」
夫の目は疑わしげに細められていた。
「ない」
俺は力強く頷き、シチュウのスプーンを口に運んだ(ガスコンロにかかった鍋のサイズから判断するに、アオ君の分も作ったのだろう。そして、彼のところへ配達済なのだろう)
「チャンミンに『その気』はないってこと、俺もアオ君もよ~く分かってるよ」
「あぁ、よかった」
ニコニコ顔に戻った夫を見て、俺は安堵した。
「お茶飲む?」
「ああ」
ヤカンに水を注ぐ夫の背中を眺めながら、俺はそっとため息をついた。
夫は日頃、人付き合いの機会が少ない。
アオ君と適切な距離感がとれなくなっている理由が、そのせいだけじゃないことを俺は知っていた。
俺と夫とアオ君。
アオ君は俺との付き合いとはまた違ったベクトルで、夫との心の距離を少しずつ縮めていっているようだ。
いつまでもこの時が続けばいいのだけれど、それは叶わないことを俺は知っている。
(...でも)
幸せの感じ方は人それぞれだけど、この先には不幸は待っていない。
「そこは安心していいからな」と、心の中でつぶやいた。
・
~僕~
買い物途中、僕は駅前でアオ君とばったり顔を合わせた。
アオ君と会ったのは、僕と夫とアオ君の3人でゲームセンターへ遊びに行った日以来だった。
夫からの忠告を守った僕は、アオ君宅へ食事を運ぶのを控えているのだ。
「チャンミン、俺もついていっていい?」
駅近くの商店街へと、暇だからと言うアオ君を伴って行った。
「お菓子を買って貰いたいんでしょ?」
「うん」
僕の隣から前方へ、足を止めて僕の後ろへと、まるで子供みたいに落ち着きのないアオ君に呆れてしまう。
夫と一緒の僕も、ご機嫌な時は似たようなものだけどね。
「前にも行ったけど...俺は両親に愛されている。
胸を張ってそう言えるよ」
「?」
アオ君はふいに話し出した。
スピーカーからの流行曲、セールのアナウンスや客寄せの声でガヤガヤ騒がしいアーケード街に相応しくない話題だった。
「でも...ある時を境に、両親からの愛情がうっとうしくなったんだ。
だってさ。
完璧なんだよ、俺の両親は」
「そう言ってたね」
アオ君の両親についての話は、初めて彼を我が家に泊めた日以来、中断したままだった。
「ご両親はいくつくらい?」
円形広場の中心に時計塔が建っており、僕らはその下のベンチに腰かけた。
「あと数年で60。
俺、遅くに出来た子なんだ」
「そうなんだ」
夫の従兄弟にしては、アオ君の両親はずいぶん年上だなぁ、と思った。
「だからかなぁ...。
すげぇ優しいし。
ちょいグレかけた俺の気持ちを理解しようと、心を砕いてくれている」
「そっかぁ...」
「そんな両親をうさん臭く思うようになっちゃってさ。
一旦離れて、拗ねた気持ちが俺の中から消えるまで、離れた方がいいんじゃないかって...」
「高校生のくせに考え過ぎだよ。
親のありがたみなんて、大人になってから気付くものだよ」
「チャンミンやユノさんって、普通なのに普通じゃないから面白いよ。
あ!
普通じゃないってのは、変な意味じゃないぞ?」
「分かってるよ。
ねぇ。
アオ君のご両親は僕らのこと...つまり、僕やユノのことをあまりいい風に言っていないの?」
ちょっとストレート過ぎたし、アオ君が答えずらい質問をしてしまったかな、と訊ねた後に後悔した。
アオ君の両親が僕ら夫夫に眉をひそめていたとしても、アオ君はそれを正直に伝えるわけがないのだ。
世間がどう思うと、どんな視線を向けていようと、僕と夫は愛し合っているのだから、僕らの仲は揺るがないと信じている。
僕は隣を歩く夫に見惚れる。
夫の瞳からも、好き好き光線が僕の瞳に注いでいる。
でも...それでも、言いたい者には言わせていけばいいし、珍しがられるのも仕方ない、だって少数派なんだもの...と100%開き直れない。
人目がある場所で手を繋がないのは、周囲の人たちの興味を刺激してしまう行動を慎んでいるだけ...いるだけなんだ。
「......」
僕からの質問に、アオ君は言葉を探しているようだった。
アオ君は僕ら夫夫を自然に受け入れている風に見えた。
だから、アオ君自身の考えはきっと、肯定的なものであって欲しい。
けれども、『アオ君の両親』の考えを、息子であるアオ君に答えさせるのは酷だった。
「ごめん!
今の質問、忘れて!」と、僕は両手をパタパタ振った。
「ううん。
俺の両親はどう思ってるんだろうね。
あんまり『そういうこと』について話題にしないから。
ごめん、分からない」
アオ君はぽつりとつぶやいた。
「そっか」
「チャンミン!」
アオ君は勢いよく立ち上がると、僕の手を引いた。
「今夜、チャンミンとこで夕飯食べてもいい?」
夫のたしなめる夫の目が浮かんだけど、今回のはアオ君からのお願いだ、僕から誘ったものじゃない、と言い訳する。
「いいよ。
メニューは何がいい?」
「ステーキ!」
「もぉ。
僕んちの家計を圧迫させる気?」
「ごめ~ん。
じゃあ、俺が払うよ」
「ふん。
ジョークだよ。
これくらい平気だ。
ずっと2人暮らしだったから、誰かの為に作る料理が楽しくて楽しくて仕方がないんだ」
「それならよかった」
僕らは肩を並べて、スーパーマーケット目指してアーケード街を闊歩した。
(つづく)
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