(19)僕らが一緒にいる理由

 

 

洗濯ものと弁当を携え、アオ君のアパートメントを訪ねた帰り道のことだ。

 

夫用のビジネスソックスを新調してやろうと、駅近の商店街へと足を向けていた。

 

ついでにアオ君の靴下も買ってあげようかと思いついた後、大股歩きだった足を止めた。

 

「やり過ぎかな?」と迷ったのと、夫の怒った顔が浮かんできた為、靴下のアイデアは却下した。

 

夫愛用の靴下がセール中だったことに僕はご機嫌で、いい気分ついでに夫お気に入りのコロッケをたくさん買い求めた。

 

肩にかけたトートバッグから、揚げ物のよい匂いが漂ってくる。

 

キャベツは千切りしただけにしようか、軽く塩もみしようか...と、夕食の段取りを考えながら駅前のタクシー乗り場を通り過ぎたちょうどその時、

「チャンミンさ~ん」

僕の名を呼ぶ声に振り向くと、一台のタクシーからひとりの美女が手を振っていた。

 

「あれぇ?

Jちゃんじゃん」

 

Jちゃんとは夫の妹だ。

 

色白な肌に今どき珍しくカラーリングしていない髪色は漆黒で、スレンダーな身体つき、切れ長な目元など...つまり、Jちゃんは夫に似て美人さんなのだ。

 

「こっちに帰ってきてたんだ。

どうしたの、こんなところで?」

 

「昨日、帰国したの」

 

「そうだったんだ」

 

Jちゃんは海外在住で、現地で知り合った男性と結婚し、一昨年女の子を出産した(交流がある親戚の貴重なひとりだ)

 

「家族みんなで?」

 

「ええ。

ちょうど会えてよかった。

チャンミンさんたちにお土産があったから、ご自宅に寄ろうと思ってたの」

 

「ちゃんと片付いていたっけ?」と不安になっている僕の考えを、Jちゃんは察知したようだった。

 

「アポなしでごめんなさい。

お渡ししたらすぐに帰るつもりだったから」

 

「いや、いいんだ。

上がってもらっても構わないんだけど、散らかってるからさ。

昨日、締め切りだったもので...」

 

「ふふ。

チャンミンさんの言う『散らかってる』は散らかっていないんだから。

チャンミンさんは片付けに関しては厳しかったよね」

 

「そこは否定しません。

へへへ」

 

似たようなことをアオ君からも言われたばかりだったなぁと、僕は苦笑してぽりぽり鼻をかいた。

 

タクシーの後部座席のドアが開いた。

 

「?」

 

「乗ってください。送るわ」と、Jちゃんは座席奥に移動した。

 

「それじゃあ...」

 

僕はお言葉に甘えることにした。

 

「JJちゃんは?」

 

「夫に預けているの。

ホテルにいるわ」

 

JJちゃんとは、Jちゃんの子供の名前だ(彼女とは未だ会ったことはない。写真を見せてもらっただけだ)

 

「だよね。

海外だもの。

簡単に帰ってこられないよね」

 

「ええ。

JJの2歳の誕生日がもうすぐなの。

だから、初顔見せも兼ねて帰ってきたのよ」

 

「そうだったんだ!

ごめん、何も用意していないや」

 

姪にあたるJJちゃんの誕生日は、僕の頭になかった。

 

「実家でJJのバースデーパーティを開くの。

集まれる親戚一同集まってね。

...兄も誘ったの。

きっと断られると思ったけれど...」

 

「そうだったんだ」

 

「チャンミンさんもご一緒に、ってね。」

 

初耳で驚く僕の様子に、Jちゃんは悲し気に笑った。

 

夫の実家は田舎の旧家の為、親戚縁者が特に多い。

 

そこで開催されるパーティは、さぞ華やかで盛大なものになるだろう。

 

 

僕は夫の実家へ、たった一度だけ訪問したことがある。

 

夫の両親へ僕らの婚約を報告するためだ。

 

夫は「その必要はない」と反対したけれど、「人生の上で大切な節目だから挨拶すべきだ」と、僕は意見を押し通した。

 

「ユノがその...ゲイだってこと、ご両親は知ってるんでしょ?」

 

「...ああ」

 

「これまでも普通に帰省してたじゃん。

ってことは、認めてくれてるってことじゃないのかな?」

 

「認めてないさ。

ブチ切れて俺を勘当したりなんかしたら、彼らが困るからだよ。

俺、一応長男だからさ」

 

「そう...だったね」

 

「若いうちは好きにさせておいて、30過ぎてそろそろ...って時になったら、見合いでもさせればいい。

彼らには、俺に男の恋人がいることと、女と結婚できないってことが結びついてないんだよ。

男と結婚がしたい...と知って、卒倒するだろうね」

 

化膿しかけたピアスホールを消毒しようと、夫は僕の耳たぶをつまんでいた。

 

僕は膝を抱えて座り、夫は片膝をついていて、僕らの足元に列車の切符が2枚あった。

 

「息子の幸せそうな顔を見られるんだからさ。

家族なんだもの...喜んでくれるよ」

 

全くもう、当時の僕ときたら呑気で視野が狭かった。

 

受け入れてもらおう、とまでは思わなかった。

 

許しがたい事だけど本人たちが幸せならば、少しだけでも祝福してあげようではないか...と期待していたのだ。

 

「俺さ、目が全然笑っていない両親の笑顔を見てきたんだ。

どこかでドカン、とくるだろうな、って覚悟してた。

怒鳴られるなり追い出されるなり、はっきりしてくれた方が分かりやすい。

うやむやにされているのは気持ち悪い。

両親に大切な人を紹介する...いいことだよ、とってもいいことだ。

...でも。

『分かってもらいたい』と押し付けるのは、俺たちのエゴさ。

相手をいたずらに刺激してしまうのは、彼らにとって害でしかないよ」

 

「......」

 

「俺を罵るなり嫌な顔するなり、それは構わない。

気乗りしないのは、チャンミンを傷つけたくないんだよ」

 

「......」

 

「すげぇ嫌な思いするかもよ?

いいのか?」

 

「うん」

 

夫は2枚の切符を取り上げ、印刷された駅名に視線を落とした。

 

ビリビリに破られてしまうかも...と、ドキドキしたけれど、夫はそうはしなかった。

 

「行ってみようか?

でも...どうなるか、知らないからな?」

 

 

結果はどうだったかというと、予想通りだったというか...なんだかよく分からない反応だった。

 

激高されて、玄関先でつまみ出されはしなかったし、手土産も受け取ってもらえたし、応接間まで通してもらえた。

 

ここまでの道中、たくさん用意してきた言葉は必要なかった

 

「結婚」の言葉に、夫の父親の眉毛がぴくり、と動いた(寝耳に水はよろしくないからと、前もってだいたいのことを手紙で伝えておいたらしい)

 

「そうか」と頷くと、彼は席を立ってしまった。

 

夫の母親は僕に一礼すると、遅れて応接間を出ていった。

 

供された紅茶はまだ湯気をたてていた。

 

 

タクシーを待つ間、僕らは無言だった。

 

石垣に座って、立派な門構えの大きな大きな家を眺めていた。

 

(なんだったんだ...あれは?)

 

拍子抜け...というか、夫が言っていた通り、怒鳴られた方がマシだったかもしれない、と思った。

 

僕を傷つけてしまうから両親に会わせたくない、と夫は言っていた。

 

逆だ。

 

ここまで夫を引っ張ってきた僕こそが、彼を傷つけてしまったのだ。

 

「ごめん」

 

しょんぼりしている僕の気持ちを読んだかのように、夫は言った。

 

「勘当されなかっただけマシだったよ。

はははは」

 

「そうだけど...」

 

「ムカつくけどさ、俺たちのことを受け入れられなくて当たり前なんだ。

彼らを刺激しないよう距離を置くのがいいね。

今回のことで、よ~く分かった」

 

「う~ん...そうなの...かなぁ?」

 

「俺の家族はチャンミンだよ」

 

「うん。

僕の家族はユノだ」

 

「『ふうふ』だね」

 

「ああ。

チェックインまで時間があるから、観光でもしようか?」

 

「うん」

 

せっかく遠くまで来たのに、そのまま帰るのは惜しいので、僕らは旅館を予約していたのだ。

 

「あ!

タクシーが来たぞ!」

 

「うん」

 

僕の存在を完全に無視されなかっただけマシだった。

 

わずか1分足らずの会見の間、夫の父親は息子だけを見ていたけれど、一瞬だけ、僕にその視線を向けた。

 

その眼力の鋭いことといったら。

 

夫の眼差しに力がみなぎっているのは、親譲りのものなんだろうね。

 

 

(つづく)

 

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