(18)僕らが一緒にいる理由

 

~夫の夫~

 

数日前の夕飯の席での話だ。

 

夫がアオ君用の下着を買おうとしていたから、「お前はアオ君のお母さんか」と、軽口半分たしなめ半分で笑ったところ、彼はすっと顔色を変えてしまった。

 

「そっか...そうだよね。控えないとね」と、しょんぼり肩を落としてしまった夫が可哀想になってしまった。

 

「若い子なりの好みがあるから、アオ君に要るかどうか訊いてみなよ」とフォローしたら、夫は浅く笑った。

 

「うん。

僕も分かってるんだ。

僕とユノってそっち系じゃん。

その僕がベタベタしてきたら、気持ち悪いよね。

『もしかして、俺のこと好きになったとか!?

キモイんだけど』ってさ。

アオ君はいい子だから、あからさまにしていないだけかもね」

 

と、夫は自嘲気味に言って、くくくっと肩を揺らして笑った。

 

「ああ...そういうことね」

 

夫が言わんとすることは、痛いほど伝わってきた。

 

俺はアオ君に対して、そっち方面の心配...男同士で愛し合っていること...はしていなかった為、夫の言葉に初めて気づかされたのだ。

 

「今さら何言ってるの?

さんざんちょっかい出しといて」

 

「え〜!

ユノが『やめろ』ってしつこく言ってたのは、そういうことじゃなかったの?

嫌われる、ってのは、変な意味にとられかねないってことでしょ?」

 

「いや、違う。

 

俺が言いたかったのは、親の過保護が嫌でこっちに来たのに、チャンミンが世話焼き過ぎたら元も子もないだろ?

だから、セーブしろよ、ってこと。

アオ君から聞いてるだろ?

こっちにやって来た理由」

 

「うん」

 

夫とアオ君は既に突っ込んだ会話をしているだろうと、思っていた通りだった。

 

「その言葉に裏はない?」

 

夫の目は疑わしげに細められていた。

 

「ない」

 

俺は力強く頷き、シチュウのスプーンを口に運んだ(ガスコンロにかかった鍋のサイズから判断するに、アオ君の分も作ったのだろう。そして、彼のところへ配達済なのだろう)

 

「チャンミンに『その気』はないってこと、俺もアオ君もよ~く分かってるよ」

 

「あぁ、よかった」

 

ニコニコ顔に戻った夫を見て、俺は安堵した。

 

「お茶飲む?」

 

「ああ」

 

ヤカンに水を注ぐ夫の背中を眺めながら、俺はそっとため息をついた。

 

夫は日頃、人付き合いの機会が少ない。

 

 

 

アオ君と適切な距離感がとれなくなっている理由が、そのせいだけじゃないことを俺は知っていた。

 

俺と夫とアオ君。

 

アオ君は俺との付き合いとはまた違ったベクトルで、夫との心の距離を少しずつ縮めていっているようだ。

 

いつまでもこの時が続けばいいのだけれど、それは叶わないことを俺は知っている。

 

(...でも)

 

幸せの感じ方は人それぞれだけど、この先には不幸は待っていない。

 

「そこは安心していいからな」と、心の中でつぶやいた。

 

 

 

~僕~

 

 

買い物途中、僕は駅前でアオ君とばったり顔を合わせた。

 

アオ君と会ったのは、僕と夫とアオ君の3人でゲームセンターへ遊びに行った日以来だった。

 

夫からの忠告を守った僕は、アオ君宅へ食事を運ぶのを控えているのだ。

 

「チャンミン、俺もついていっていい?」

 

駅近くの商店街へと、暇だからと言うアオ君を伴って行った。

 

「お菓子を買って貰いたいんでしょ?」

 

「うん」

 

僕の隣から前方へ、足を止めて僕の後ろへと、まるで子供みたいに落ち着きのないアオ君に呆れてしまう。

 

夫と一緒の僕も、ご機嫌な時は似たようなものだけどね。

 

「前にも行ったけど...俺は両親に愛されている。

胸を張ってそう言えるよ」

 

「?」

 

アオ君はふいに話し出した。

 

スピーカーからの流行曲、セールのアナウンスや客寄せの声でガヤガヤ騒がしいアーケード街に相応しくない話題だった。

 

「でも...ある時を境に、両親からの愛情がうっとうしくなったんだ。

だってさ。

完璧なんだよ、俺の両親は」

 

「そう言ってたね」

 

アオ君の両親についての話は、初めて彼を我が家に泊めた日以来、中断したままだった。

 

「ご両親はいくつくらい?」

 

円形広場の中心に時計塔が建っており、僕らはその下のベンチに腰かけた。

 

「あと数年で60。

 

俺、遅くに出来た子なんだ」

 

「そうなんだ」

 

夫の従兄弟にしては、アオ君の両親はずいぶん年上だなぁ、と思った。

 

「だからかなぁ...。

すげぇ優しいし。

ちょいグレかけた俺の気持ちを理解しようと、心を砕いてくれている」

 

「そっかぁ...」

 

「そんな両親をうさん臭く思うようになっちゃってさ。

一旦離れて、拗ねた気持ちが俺の中から消えるまで、離れた方がいいんじゃないかって...」

 

「高校生のくせに考え過ぎだよ。

 

親のありがたみなんて、大人になってから気付くものだよ」

 

「チャンミンやユノさんって、普通なのに普通じゃないから面白いよ。

あ!

普通じゃないってのは、変な意味じゃないぞ?」

 

「分かってるよ。

ねぇ。

アオ君のご両親は僕らのこと...つまり、僕やユノのことをあまりいい風に言っていないの?」

 

ちょっとストレート過ぎたし、アオ君が答えずらい質問をしてしまったかな、と訊ねた後に後悔した。

 

アオ君の両親が僕ら夫夫に眉をひそめていたとしても、アオ君はそれを正直に伝えるわけがないのだ。

 

世間がどう思うと、どんな視線を向けていようと、僕と夫は愛し合っているのだから、僕らの仲は揺るがないと信じている。

 

僕は隣を歩く夫に見惚れる。

 

夫の瞳からも、好き好き光線が僕の瞳に注いでいる。

 

でも...それでも、言いたい者には言わせていけばいいし、珍しがられるのも仕方ない、だって少数派なんだもの...と100%開き直れない。

 

人目がある場所で手を繋がないのは、周囲の人たちの興味を刺激してしまう行動を慎んでいるだけ...いるだけなんだ。

 

「......」

 

僕からの質問に、アオ君は言葉を探しているようだった。

 

アオ君は僕ら夫夫を自然に受け入れている風に見えた。

 

だから、アオ君自身の考えはきっと、肯定的なものであって欲しい。

 

けれども、『アオ君の両親』の考えを、息子であるアオ君に答えさせるのは酷だった。

 

「ごめん!

今の質問、忘れて!」と、僕は両手をパタパタ振った。

 

「ううん。

俺の両親はどう思ってるんだろうね。

あんまり『そういうこと』について話題にしないから。

ごめん、分からない」

 

アオ君はぽつりとつぶやいた。

 

「そっか」

 

「チャンミン!」

 

アオ君は勢いよく立ち上がると、僕の手を引いた。

 

「今夜、チャンミンとこで夕飯食べてもいい?」

 

夫のたしなめる夫の目が浮かんだけど、今回のはアオ君からのお願いだ、僕から誘ったものじゃない、と言い訳する。

 

「いいよ。

メニューは何がいい?」

 

「ステーキ!」

 

「もぉ。

僕んちの家計を圧迫させる気?」

 

「ごめ~ん。

じゃあ、俺が払うよ」

 

「ふん。

ジョークだよ。

これくらい平気だ。

 

ずっと2人暮らしだったから、誰かの為に作る料理が楽しくて楽しくて仕方がないんだ」

 

「それならよかった」

 

僕らは肩を並べて、スーパーマーケット目指してアーケード街を闊歩した。

 

 

(つづく)

 

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