(11)僕を食べてください(BL)

 

~欲しがる~

 

 

愛し合った、と言えたのだろうか。

慣れない僕はやっぱり余裕がなくて、自分だけの快楽に夢中になってしまった。

ユノの喘ぐ声も聴けなかった。

腰を打ちつける荒々しさは、多分、僕を欲してくれていた証しだと思うけど、昂る欲望を堪えている風ではなかった気がする。

そうだとしても...。

初めて愛情をもってユノに触れた、と思った。

僕の手の平に吸い付くほどしっとりとした肌や、鞭のようにしなる背や僕の中を荒す逞しいあれに心震えた。

冷たい肌。

けれども、あれは脈々としていて熱いのだ。

不思議な肉体の持ち主だ。

この行為に愛が宿っているのかどうか、ユノがどう考えているかは分からない。

ほんの少しだけであっても、ユノの実体を把握できたことに安心した僕だった。

これまで出会った男性の中で(なんて言っても、わずか20数年間の人生では)、最も美しい人で、バックグラウンドがいまいち掴み切れない謎な部分に惹かれている。

惹かれてる...なんて言い方はささやか過ぎる。

僕は初めて会ったときから、ユノに夢中だったんだ。

例え性愛からスタートしたものだったとしても、快楽に溺れた末のものだったとしても。

僕の肉体ならいくらでも、ユノに捧げるよ。

雨降る山道で、ユノに襲われた。

ユノは僕の捕食者で、僕はユノの獲物だ。

僕は、ユノの側にいたい。

僕をいくらでも食べていいから。

ユノといられるのは、あと3日。

 

 

「痛いか?」

 

ユノは僕の腕に触れて言った。

割れた窓ガラスから見える外は真っ黒で、月明かりがほのかに場内に差し込んでいる。

マットレスに仰向けになって、一糸まとわぬ僕らは寝ころんでいた。

 

「少しだけ...痛いかな。

でも、平気だよ」

 

実際はズキズキと痛かった。

裂けた箇所は、医療用テープで止めてあるだけだから、もしかしたら傷口が開いているかもしれない。

マットレスの下に転がり落ちた懐中電灯を、手探りで拾い上げてスイッチを入れた。

何枚かのテープが剥がれてしまった箇所から出血し、それが二の腕から脇までこすれた痕を作っていた。

隣のユノの身体に灯りを向けると、彼の腕にも、胸にも、内ももにも真っ赤な血筋が付いていた。

今さっきのセックスで重ねた身体同士で、塗り広げてしまったみたいだ。

アルビノの肌が、僕の流した血液で汚された光景を、官能的だと感じた僕は異常だろうか。

 

「ごめん...汚してしまった」

 

白いシーツにも、赤い痕がところどころにある。

 

「どうってことない。

シーツを洗えばいい」

 

半身を起こした僕は、横たわるユノに問いかける。

 

「ねぇ。

ユノは不思議な身体をしているね」

 

「どこが?」

 

「肌はこんなに冷たいのに...」

 

ユノの下腹に手の平を載せ、そうっと撫で上げた。

厚く盛り上がった胸筋を手の平のくぼみに収めて、手のひらに当たる乳首を転がすように柔く揉んだ。

ユノの肌はやっぱり冷たくて、僕の手の平がいかに熱くなっているかがよく分かる。

 

「死体みたいに?」

 

「僕は死体とヤッてることになるんだ」

 

つんと勃った乳首を突いたら、ユノがくすぐったそうにして、僕は少し嬉しかった。

 

「もし、死体とセックスしているんだとしたら...。

チャンミンはどうする?」

 

「どうするも何も、ユノの中は温かいし」

 

僕はユノの唇の中に、人差し指を押し入れた。

 

「温かいから、ユノは死体じゃない」

 

ユノの舌が僕の指に絡みついた。

口内の粘膜を、ぐるりとなぞった。

その指をユノの舌が追って、軽く指の付け根が甘噛みされた。

それから、指の股をくすぐり、口をすぼめて僕の指を舐め上げたり、出し入れしたりした。

 

「はぁ...」

 

かと思うと、ちゅるっと指先だけが吸われて、ちろちろとくすぐられた。

 

「...っあ、はぁ...」

 

(指一本で、こんなに感じてしまうなんて...)

 

まるで自身のものを、口で奉仕されているんだと錯覚してしまう。

僕の下腹部が重ったるく痺れてきた。

僕のものが、首をもたげて勃ちあがってきているのが分かった。

ユノの両頬をとらえようとしたら、手首をつかまれた。

 

(あいかわらず、なんて力だ...)

 

僕はこれ以上逆らわず、両手をマットレスの上に落とした。

 

「いいことしてやるよ」

 

ユノは立ち上がると、何かを持って戻ってきた。

僕の両手首をぐっとつかむと、万歳の恰好で頭の上に持ち上げた。

 

「!」

 

ユノが僕の手首に何か硬いものを巻き付けている。

カチャカチャという音と手首に冷たい金属が触れて、僕のベルトだと分かった。

 

「ユノ!

何をするんだ!」

 

「チャンミンを悦ばせてあげるんだ。

こういうの、好きなんじゃないかって思ってさ」

 

そう言うと、僕にぴったりと寄り添うように横たわった。

 

「やっ...外せ...!」

 

巻き付けられたベルトを外そうとしたが、びくともしない。

 

「もがくと手首を怪我するぞ」

 

そう言うとユノは、僕の手首の内側にキスをした。

手首から怪我をした箇所に向かって、ついばむようにキスをしていった。

 

「はぁ...」

 

そして、傷口には決して触れないよう、ぺろぺろと周囲を舐めた。

 

「ふっ...」

 

ズキズキ痛む傷と、その周囲の温かく柔らかな感触の対比に、腹の底からぞわっとした痺れが生まれた。

二の腕の内側に軽く歯があてられるだけで、ふっと全身の力が抜ける。

脇の下からどっと汗が噴き出した。

ユノの唇が、二の腕の内側を通って僕の脇に到達した。

べろりと僕の脇が舐められた。

身体が跳ねる。

 

「やっ...!

汚いから...駄目...だって」

 

両腕を下ろそうとしたら、すかさずユノに押さえつけられた。

ふふっとユノは鼻で笑うと、舌でとんとんと叩いたり、体毛ごと肌を吸ったりした。

くすぐったいけれど、下腹がじんと痺れる。

 

「はぁ...ぁん...」

 

かすれた喘ぎが漏れる。

 

そんな僕の反応を、ユノは面白がっているようだった。

 

「チャンミンは感じやすいんだな」

 

喘ぐたび、ユノは僕の唇に軽いキスをする。

 

(脇をいじられるのが、こんなに気持ちがいいなんて...)

 

「チャンミンの匂いがする」

 

「あ!」

 

ユノは僕の脇に鼻を押し付けて、思いっきり吸い込むんだから!

 

「駄目...!

臭いから...やめ...て!」

 

一日の終わりで、たっぷりと汗をかいた後で、さぞかし匂うだろうと、恥ずかしくてたまらない。

ふうっと息を吹きかけられて、僕の体毛が震える。

 

「ふ...ん」

 

僕はぎゅっと目をつむる。

股間に血流が集まっているのが分かった。

今夜は2度も達したのに、僕の精は尽きていないみたいだ。

いやらしい。

僕は性欲に支配された卑猥な男だ。

両腕を緊縛されていたため、快感によじる動きを制限されてしまっていた。

こんな状況に、かえって興奮した。

縛られて、身動きできなくて、ユノにいじられるがままで、熱い吐息を漏らすだけで。

自由になる両膝を立てて、寄せた両腿をこすり合わせることで快感を逃す。

両脚をよじるたび、膨張した僕のものが弾んで揺れる。

ユノの視線が、僕の股間に注がれているのが分かる。

見られていると意識したら、ますます怒張していく。

ユノの人差し指が、僕の唇をなぞる。

 

「口を開けて」

 

口内に侵入したユノの指に舌を絡め、指全体を舐め上げる。

 

「そんなんじゃ駄目だ。

もっといやらしく舐めろ」

 

僕が知っている限りの方法で、ユノの指を舌で愛撫する。

 

「下手くそ。

チャンミンは、まだまだだ」

 

僕の額にキスすると、ユノはくすくすと笑った。

ユノは僕の腰の上にまたがって膝立ちした。

マットレスに転がした懐中電灯の灯りが、ユノの身体をぼんやりと照らしている。

ユノの肩からウエスト、そして腰をつなぐカーブを描いたシルエットが綺麗だった。

視線を下に辿ると、ユノの脚の付け根の中心に、ひときわ濃い影があって、ぐんと鼓動が早くなった。

僕は今、対面している。

美しい、裸の男性が僕の上にまたがっている。

性急過ぎた2回のセックスの際は、じっくりとユノの身体を視的に愛でることができなかったから感動した。

ユノに触れたい。

でも、僕の腕は自由を奪われている。

ユノは僕の乳首を、2本の指でぎゅっとつまんだ。

 

「は...ん」

 

ぴくりと僕の腰が浮き上がった。

 

「そうだったね。

チャンミンは、乳首が弱いんだったね」

 

親指で押しつぶされた。

 

「んっ...」

 

両手を強く握る。

敏感な突起を、捻り上げられ引っ張られる。

 

「...んんんっ!」

 

ビクビクと下腹が波打った。

千切れるんじゃないかと、怖くなるくらい捻られた。

 

「いいっ...いいっ...もっと...もっと!」

 

痛いのに...気持ちいい。

もっと痛くして欲しい。

 

「ここに、ピアスしてやろうか?」

 

「...え?」

 

「冗談」

 

僕の唇から、たらたらと唾液が流れる。

 

「縛られて、興奮してるね。

チャンミンはどMの変態だ」

 

ユノは僕の首筋に軽く吸い付いた。

ぞわっと下半身に向かって鳥肌がたつ。

ついばむように、僕の耳の下に、鎖骨の上にと軽いキスを降らした。

膝を立てて腰を持ち上げることで、僕の上に膝立ちしたユノの尻に、僕のものをこすり付けた。

腰をゆらすと、ちょうど僕のものの先がユノの尻に当たる。

 

「いやらしいね、

チャンミンはいやらしい子だ」

 

ユノは後ろ手に、ぴくぴくと小さく震える僕のものを握った。

 

「ふっ...」

 

ユノの親指が、亀頭の上をくるくると円を描く。

ぬるぬるとしているから、さぞかし先走りがあふれているのだろう。

今すぐ自分の穴に、ユノのものを埋めて欲しい衝動に襲われていた。

前じゃなくて、後ろを虐めて欲しいのに。

腰を浮かせようとすると、ユノの両腿で制される。

僕の内面に暴れる肉欲が高まり過ぎて、耐えられない。

拳の中で、爪が手の平に食い込む。

じれったくて、焦らされて、苦しい。

 

「...がい...」

 

「なあに?」

 

「お願い...だ」

 

「何が?」

 

「お願いだから...」

 

ユノが僕の頬を優しく撫でた。

乏しい灯りの元、ユノの1対の眼がぎらっと光った。

見入られて、快楽と焦燥の間で僕の眼は潤んでいるだろう。

 

「挿れて...」

 

「何を?」

 

「ユノの...ものを...」

 

「俺のものって...なあに?」

 

分かっているくせに、ユノは分からないふりをしている。

 

「ユノのを...」

 

(そんなこと...恥ずかし過ぎて言えないよ)

 

でも、ここではっきりと言わないと、ユノは僕のお願いをきいてくれないに決まっている。

 

「恥ずかしいのか...可哀そうに」

 

呆れたような表情をしたユノは、僕の口元に耳を寄せた。

 

「何を挿れて欲しいんだ?

教えてチャンミン」

 

...もう駄目だ...。

 

「言え」

 

ユノが欲しい。

僕はユノに逆らえない。

顔を寄せたユノの耳にむかって、囁いた。

 

「わかったよ。

いい子だ、チャンミン」

 

ユノは僕の髪を優しく撫でる。

僕は堕ちた。

僕の目尻から、涙がつーっと流れ落ちたのが分かった。

 

(つづく)