~人形のよう~
処理場に繋がる道から下りてきた1台トラックと、二人の乗ったX5が三差路で鉢合わせになった。
2台の車がすれ違えない道幅で、ユノはX5を退避場まで後退させた。
すれ違いざま、トラックの運転手は高級車の助手席に座るチャンミンに気付いて、停車した。
荷台には4匹の猟犬を閉じ込めた4台の檻と、イノシシ用の箱罠、何かが入ったポリタンク、鎖などの物騒なものが載せられている。
猟犬たちは、柵の隙間から鼻づらを出して歯をむき出して唸ったり、唾を飛ばしながらチャンミンたちに向かって吠えたてていた。
「おお、チャンミン!」
サイドウィンドウが開いて、Sがチャンミンに声をかける。
運転席のユノに気付くと、Sは驚愕の表情を見せたが、瞬時にそれを消した。
Sの問うような表情に気付いたチャンミンは、「ユノのことを、なんて紹介しよう」と逡巡しているうちに、
「同じ学校に通っています」とユノは如才なく答えた。
Sはしばらくチャンミンとユノを交互に見ていたが、「じゃあな」と手を挙げて発車させた。
クラクションを鳴らすと、吠え喚く猟犬の乗せたトラックは走り去っていった。
Sとユノの視線が、一瞬意味ありげに絡んだことに、チャンミンは気付かなかった。
~チャンミン~
僕の背後に音もなく忍び寄れるのだから、野生動物のような俊敏さを持っているはずだ。
けれど、今のユノは動きにキレがなく、気怠そうだった。
ところが、「お手並み拝見」
廃工場に着くなり、そう言ってユノは服も下着も全部脱いでしまった。
「今日はもう、ヤラないんじゃ...」
ユノに添い寝しながら、たわいもない会話を交わすつもりでいた。
「疲れているんだろ...だから、やめておこう...」
高い位置から差し込むオレンジ色の夕日に、ユノの白い身体が照らされて、息をのむほど綺麗だった。
肩からウエスト、腰へと逆三角形に流れる直線、太ももに挟まれた翳りなど、全身がきゅっと引き締まっていて、理想的なパーツを組み立てたらこうなるんじゃないだろうか。
そういえば、明るい日の下でユノの裸を見るのは初めてだった。
呆けてしばらく、見惚れていた。
彼が綺麗過ぎて、欲情がわいてこなくて焦った。
ユノに倣って僕も、Tシャツもデニムパンツも、下着も全部脱いだ。
僕のその気がない振りも、こんな程度だ。
数日前まで知らなかった愉悦の沼に足を浸けてしまった僕。
僕の中に天秤があって、片方に心という名の分銅が、もう片方に肉体という名の分銅が乗せられていて、その場の雰囲気で容易に揺れる。
両方がつり合っている時間が極めて短い。
今の僕の天秤が、どちら側に大きく傾いているかは言わずもがな。
もちろん、ユノとの精神的な繋がりを欲している。
小学生の僕とユノは会っていた。
墜落寸前の事故車から僕を救い出してくれた。
ユノ年齢のことや、くるくる変わる瞳の色のことや、不思議が沢山つまった彼のことをもっと知りたい。
もしかして、ユノは人間じゃないのでは?
シリコン製の人形のように温かみのない肌を持っている。
怪我をしたのかしていないのか、現実と夢も分からなくなってしまった。
きっとそうだ。
故郷に着いたあの日、僕はエアーポケットみたいな所に迷い込んでしまった。
そこで、僕は綺麗なお人形と戯れているんだ。
街へ帰らなければならない2日後に、気付いたら駅のロータリーにいたりするんだ、きっと。
それならそれで、いい。
いや、その方がいい。
白昼夢の世界にいるのなら、不思議は多いほどよい。
ユノの裸を前にしても、僕のものはわずかに顔をもたげた程度で、僕は焦った。
しごいても、反応がない。
「くそっ」
僕はユノが信じる愛に応えなければならないのに。
刺激すればするほど、僕の手の中でそれは惨めに小さくなっていくばかりだ。
情けない僕は、全裸でマットレスに腰掛けたユノの肩を押して仰向けにさせると、彼に身体を密着させた。
横抱きにしたユノの首に顔を埋めて、「ごめん」と謝った。
「チャンミンのは勃たなくてもいいんだよ」
「それはそうだけど...」
さらさらとこすれるユノの肌が冷たくて気持ちがいい。
僕も疲れているみたいだ。
ユノの耳に「好きだ」と囁いた。
今の僕は、ユノの信じる愛に応えられないから、僕の信じる愛を言葉で伝える。
(僕がここにいられるのは、あと2日。
それも、明後日の午前中にはここを発たなければならない。
時間がない)
ユノの身体に刻みつけなければ。
ユノのみぞおちに広げた片手を乗せた。
柔らかく押し返す弾力の心地よさを味わいながら、手の平で触れるか触れないかの距離で、そうっと下へ撫でおろした。
その間、半開きにしたユノの瞳から目をそらさない。
ユノの瞳の色が、瑠璃色だった。
やっぱり、ユノは人形だ、と思った。
僕の手はユノの太もものつけ根まで到達し、下へ忍び込む。
僕は初めてユノのそこに触れた。
なんて大きくて固いんだろう。
それから...なんて美しいんだろう。
人差し指と親指で輪を作り、ゆっくりと上下にしごいた。
ユノの肩に鼻先を押しつけて、僕は吐息を漏らす。
柔らかな袋をかき分けて、手の平で優しく揉んだ。
ユノの腰がぴくりと震えた。
指を濡らすユノの先から湧いた液に、僕の呼吸は荒くなる。
ユノの表情と身体の震えに神経を注ぐ。
どうやればいいか分からないけれど、ユノを気持ちよくさせたい。
指を手前に引いて、曲げた指先でそこをタップするように刺激した。
ユノの顎が上がって、半開きにした唇からかすかに声が漏れた。
じわっとぬるりとした粘液が溢れてきて、先走りという名の愛液か、と思った。
よかった、感じてくれてる。
僕はもう片方の手でユノの顎をつまむと、深く口づけた。
ユノの腰が浮いて、膝が小さく痙攣した。
ユノの甘い吐息を飲み込む。
嬉しくなった僕はユノの舌をからめて、ぐるりと上あごを舐め上げた。
僕の舌の動きに合わせて、ユノの引き締まった白い腹が揺れる。
ユノの手が僕の手首を押さえたが、僕は無視をした。
本気で嫌なら、ユノに手首をを折られているだろう。
僕の手はどんどん濡れていく。
僕の身体も火照ってきて、その熱はユノの肌に吸い込まれていった。
この数日、イってばかりの僕のものは半勃ちにしかならない。
次は僕の唇で。
両膝を大きく押し開き、僕はユノの両ももの間に顔を埋める。
舌全体を使ってぺろりと舐め上げ、尖らせた舌先でちろちろとくすぐった。
ユノのものが完全に直立した。
ユノを舌で刺激しながら、輪にした指も強弱をつけて上下にこする。
自身の自慰の時を思い出しながら。
もう片方で太ももを優しく撫でさする。
唇はもちろん、僕の鼻先からあご先までユノのぬめりにまみれて、僕は手探りでユノを愛した。
ユノの足先が伸びて、小刻みに腰が震えている。
いける。
ユノの腰の上に跨った。
ユノのものに手を添えて、ゆっくりと挿入した。
「は...あ...」
ユノのものは僕の中へと吸い込まれ、うごめく僕の中が窮屈だ。
「あ...」
なんて気持ちがいいんだろう。
最初は緩く大きくスライドしていたけど、駄目だ、余裕がなくなってしまう。
「はっ...はっ...」
ユノにぶち当てるように、激しく腰を突き落とす。
肌同士が叩く音が響く。
「好きだ、ユノ、好きだ」
もっと深く、深く、ユノに挿ってほしい。
仰向けだったユノの腕を引っ張って起こして、彼の首に腕を回す。
ユノに跨って、隙間なくぴったりと肌同士を密着させ、口づけて...上も下も全部、彼と一体になりたい。
それまで、僕に身をゆだねていたユノが、動きを開始させた。
ユノは僕の腰を押さえつけ、自身の腰をグラインドさせる。
ねっとりと、僕の吐息に耳をすましながら、僕の中をかき回すのだ。
「あっ...はっ...」
腰を大きく突き上げられる度に、僕の身体は踊った。
ユノと僕の腹の間で、僕のものもぴたぴたと揺れて叩く。
「好きだ...んっ...」
ユノは僕の胸先を口に含んで、舌で転がし、強く吸った。
「...あはっ...」
僕は喘ぎと共にユノに問う。
「好き?
僕のこと、好き?」
ユノを知りたい。
ユノの身体を通して、彼の心を探ろうとしても。
言葉で通じない代わりに、身体で愛を注ごうとしても。
ユノから快楽以外のものを引きずり出せない。
「好き?」
「...好きだ」
ユノはそう答えてくれたけど...彼が指摘した通りだ。
抱き合っている間は、互いのことしか考えていない。
ユノと繋がっているという行為に興奮し、全身を震わす快感に夢中になり、そして彼の心も欲しいと願う。
身体を離した後も、繋がっていたいと願う。
繋がるとは...心のこと。
でも、ユノはそうじゃないらしい。
だから僕は、ユノとずっと身体を繋げていないといけないんだ。
もっと話がしたいのに、結局交わり合うことに終始してしまうのは、そのためなのか?
ユノとの精神的な繋がりを求めれば求めるほど、かえって僕が溺れていくだけだった。
(つづく)