~甘い余韻~
快感の余韻と虚脱感で力が入らない僕の腰を、彼は引き上げた。
再び僕は四つん這いにされた。
肩を落として、荒い息を繰り返す僕をそのままに、彼は僕の割れ目に指をあてると、すーっと前から後ろへ撫でる。
「あっ」
指先で、敏感な箇所をつついた。
経験したことのない痺れが下腹部を襲う。
「開発のしがいがあるな」
そう言って彼はくすくす笑った。
・
くったりとマットレスの上で、クの字になって横になっていた。
さんざんいたぶられた胸の先端が、熱を帯びていた。
全裸の僕と、着衣の彼。
僕の脇に座った彼は、僕の髪を何度もかきあげていた。
彼の指の間に、髪がすかれる感じが気持ちがいい。
膝まで下げられたショーツを、引き上げてくれる。
さっき僕が濡らした箇所が、冷やりと張り付いた。
「風邪ひくぞ」
マットレスの足元で丸まっていた僕のTシャツを背中にかけてくれた。
「自己紹介が遅れたな。
俺はユノ」
僕の前に片手が差し出され、その手を握った。
「よろしく」
群青色に澄み、凪いだ湖のように穏やかなユノの瞳に、僕は魅入られていた。
手のひらで湯面をなでる音だけが、狭い浴室に響く。
半日前の出来事は、夢みたいだったけれど、熱いお湯にしみる胸の先端が、あれは現実だったと教えてくれる。
透明なお湯の中で、赤く色づいたそこは自分のものなのに色っぽい。
腫れあがってひりひりする痛みすら、甘い余韻だ。
「あ」
疼きを覚えて股間に目をやると、ゆらめくお湯の中で僕のものが、軽く勃ちあがっていた。
あの時の余韻を思い出しただけで、これだもの。
強烈過ぎた。
我慢できずに、ゆるゆるとしごきはじめた。
ユノの手の感触を思い出そうとする。
僕のものを握った、ひんやりとした白い指を思い出す。
ユノは僕の背後から手を伸ばしていたから、姿は見えなかった。
巧みに指をうごめかせて、僕のものを前後させていたあの手を思い出す。
「はぁ...」
刺激が足りなくて、湯船から上がる。
大きく張り詰めたものを、ボディソープを広げた手の平で上下する。
滑りがよくなって、快感が増した。
「あ...」
あの時の刺激を再現しようとした。
目をつむって、思い出す。
身をよじって、はしたない声を漏らしていた僕を。
ユノの爪先が胸の突先にひっかけられて、きゅんと走った疼きを。
叩かれた尻の熱さを。
「可愛いよ」
「チャンミン、いやらしい子だ」
耳元でささやかれた言葉。
ゾクゾクした。
往復するごとに、大きく硬く育ってきた。
「は...あ...」
シャツに覆われていた身体を想像する。
ボトムスを脱がせてあらわになった、彼の裸を想像した。
僕を組み敷く逞しい胸、つんと尖って固くなったその先端を僕は口に含む。
僕を舌なめずりするかのように見ていた目が、快楽に酔ってとろんとしたものに変化して。
突き出したユノのあそこに、僕のものが深く埋められていく...。
「んっ...」
往復する僕の手の加速が増した。
「んっ!」
目をつむって天井を仰ぐ。
無音の浴室では、僕がたてる、くちゅくちゅいう音だけが響いている。
「んっ!」
絶頂の末、吐き出した。
「はぁはぁ」
肩を揺らして息を整えた後、シャワーで泡やら白濁した粘液やら洗い流していると...。
突然、脱衣所から声をかけられた。
「チャンミン、着替えを置いとくよ」
一気に現実に引き戻された。
「あ、ありがとう」
「はあ」
前髪から汗混じりの水が、ぽたぽた落ちていた。
駄目だ。
まだまだ、足りない。
全然、足りない。
・
突然帰省してきた僕に、ばあちゃんは目を丸くして、その後くしゃくしゃにした笑顔で僕を家に招き入れてくれた。
ばあちゃんの家は、すぐ側まで木々が迫る山すそにある。
褪せたトタン屋根と、ペンキの剥げた羽目板の壁の古い建物だ。
ばあちゃんの家でもあるし、僕の家でもあるこの古い家が、子供の頃恥ずかしかった。
僕は18歳でこの家を出るまで、ばあちゃんと2人暮らしだった。
僕が小学生だった時、両親を交通事故で亡くして以来、ばあちゃんが僕を育ててくれた。
ばあちゃんが唯一の家族なんだ。
「チャンミン、口をどうした?」
「あ...」
僕の唇を指さすばあちゃんの心配そうな表情を見て、ちょっとした罪悪感に襲われた。
「ぶつけたんだ。
大丈夫だよ」
まさか、見ず知らずの男の人に噛まれたなんて言えないよ。
ユノに噛まれた唇は、出血は止まっているけれど、喋るたびピリッと痛みが走る。
・
「ごめんな」
そう言って帰り際、ユノが唇に軟膏を塗ってくれたんだっけ。
僕の唇に触れるユノの薬指が色っぽくて、ごくりと喉を鳴らしてしまった。
湿ったままの洋服を身に着ける間、ユノはマットレスに腰かけ、じーっと僕を観察していた。
テーブル代わりのケーブルドラムの上に置いた、紙カップのストローを時おりくわえていた。
ごくごくと動く白い喉に目を離せなくて、僕の方もちらちらとユノを観察していた。
いくつ位だろうか。
僕と同じくらいか、ちょっと上か。
身体が泳ぐくらいだぼっとしたシャツを着ているけれど、のしかかれた僕の背中はユノ胸板の筋肉の弾力を感じとっていた。
僕に触れさせなかった身体。
恐らく、とても逞しい身体をしているのだろう。
僕と視線がぶつかると、ユノはあでやかな笑顔を見せた。
「そんなに見つめられると溶けちゃうよ」
つい30分前まで、このマットレスの上で行われていたことが、夢みたいだった。
それくらい、ユノの表情は穏やかだった。
あの時の獰猛なぎらついた目が信じられない。
今の瞳の色は、青みがかった墨色。
最中の時、もっと明るい青色だったような...気のせいだったか?
ユノを見て、異常なまでの性欲に襲われて押し倒そうとした。
僕ひとりが裸で、大の字になったり、四つん這いになったり。
僕ひとりが、嬌声をあげて、ユノに導かれるまま射精した。
あられもない姿を晒した。
そして、めちゃくちゃ興奮した。
とにかく気持ちよかった。
「気をつけて帰るんだぞ」
シャッター前まで見送りに出たユノは優しくそう言って、何度もふり返る僕に手を振ってくれた。
雨は上がっていた。
時刻はまだ夕方前だったから、廃工場にいたのはわずか3時間ほど。
ばあちゃんの家への続く、下草はびこる小道を湿ったスニーカーで歩きながら、思いを巡らす。
廃工場の外に出て、そこが近所の見知った建物であったことを知った。
何年も前に廃業した鉄工所で、山道から繋がる砂利道が生い茂る雑草で覆われている。
ユノはここに住んでいるのか?
まさか。
電気も通っていないはず。
野宿するよりも、雨露しのげるここを一晩の宿代わりに?
わざわざここに?
クエスチョンが、次々と湧いてくる。
今になって、常識的な思考が戻ってきた。
ユノって一体、何者なんだ?
「美味しそう」だったから拉致して、僕を弄ぶという形で『食べた』のか?
じゃあ、『育てる』って?
僕の中に潜むマゾっ気を育てるってことかな。
まさか!
なんだか、頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
ひとつだけはっきり言えるのは、このことを僕が望んでいるってことだ。
もう一度、味わいたい。
ユノに触られ、舐められて、僕は恍惚の世界を縁から覗きこんだ。
身を乗り出して、その世界に飛び込んで、底まで沈みたい。
そんな考えを悶々と巡らしているうちに、ばあちゃんちの前にたどり着いていた。
(つづく)
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