(7)抱けなかった罪

 

 

チャンミンの爆弾発言に、絶句した。

 

「チャンミン...とうとう頭がいかれたのか?」

 

息が詰まった後、俺は茶化した言葉を口に出すのがやっとだった。

 

「......」

 

チャンミンは本気だった。

 

なぜなら、ひそめた眉の下のチャンミンの瞳が、怖いくらいに光っていたからだ。

 

「お前...自分が何を言ってるのかわかっているのか?」

 

「わかってます!」

 

「前にお前に言ったよな。

好きな奴としろって。

せっかく『その時』がきたんだろ?」

 

「だからだよ!」

 

「Sのこと、好きなんだろ?」

 

頷くチャンミン。

 

「じゃあ、どうして?」

 

「怖いんです...」

 

「好きな相手なら、怖いことなんかあるもんか」

 

「僕が初めてだって知ったら、S君は絶対に引く...」

 

「ずるずるにゆるい奴よりは、全然マシじゃないか?」

 

「それじゃあ、ユノだったらどうですか?

本番前に、彼女が未経験だって知ったらどうですか?

ありがたります?

それとも、重いって思います?」

 

「...」

 

チャンミンの言う通りかもしれない。

 

初めて俺に身を任せてくれたんだと感激できたのは、まだ経験が浅い頃のことだ。

 

今じゃ、性急にコトを済ませたい俺にとって、処女とは邪魔な条件だった。

 

「ほら、そうでしょ?」

 

「うーん」

 

「ユノには、たいしたことないでしょ?

どんな子とでも出来るでしょ?

経験人数に、一人くらい男が加わっても平気でしょ?」

 

「あのなぁ」

 

チャンミンの言葉に傷いた。

 

「ユノの見境のない下半身、なんとかしてください」と、何度もチャンミンにいさめられてきた俺なのに、今の彼の言葉は聞き流せなかった。

 

4年間ずっと、好きで好きで。

 

触れそうになる手を、何度握り締めたことか。

 

俺にモノにされてきた彼女たちには残酷だが、相手がチャンミンの場合は「どうってことない」わけにはいかない。

 

チャンミンが男であることも、躊躇する理由のひとつではある。

 

ひとつではあるが、それは些末なこと。

 

「ユノは、僕が相手じゃ嫌だろうけど...?」

 

「...嫌じゃないよ」

 

「ユノはストレートだし、僕は男だし。

...やっぱり...気持ちが悪いですよね」

 

「チャンミンのこと、気持ちが悪いなんて思ったことはないよ」

 

心からそう思っていた。

 

出会った日からずっと。

 

「ホントに?」

 

「ああ。

チャンミンはチャンミンだ。

気持ち悪いなんて、思ったことは一切ない」

 

「よかった」

 

固かったチャンミンの表情が少し緩んだ。

 

微笑を浮かべたチャンミンが、可愛かった。

 

俺たちは歩き出した。

 

「『俺』で、いいのか?」

 

「ユノだから、お願いしてるんだよ」

 

「どうして、『俺』なんだ?」

 

「ユノを...信用しているからだよ」

 

「やっぱり、Sとした方が...?」

 

「S君の名前をここで出さないでください」

 

「相手が『俺』じゃ、変じゃないか?」

 

「ユノとがいいんです」

 

「なんで『俺』がいいんだ?」

 

「ユノ、しつこいですよ」

 

俺は、チャンミンの口から何を言わせようとしているんだろう。

 

「ユノのことが好きだから」の言葉が欲しいのか?

 

「好きだ」と言い出せない俺の代わりに、チャンミンに言わせようとしているのか?

 

「僕...ユノのこと大好きだよ」

 

「え?」

 

踏み出した脚がぴたりと止まった。

 

立ち止まった俺に気付かないチャンミンは歩き続ける。

 

「モテ男のユノがさ、ホモの味方になってくれて...」

 

「自分のことを、そんな風に言うのはよせよ」

 

隣に俺がいないことに気付いて、チャンミンはふり返った。

 

「チャンミンはいい男だよ。

もっと自信をもてったら」

「ホント?」

「うーん、強いて言えば、もっと筋肉つけてぴったぴたな服着てさ、いかにも...って!」

 

飛びついたチャンミンの両手に頬を挟まれた

 

背が高いチャンミン...俺と同じくらい...の顔が真正面にあった。

 

「ユノ...ありがと。

真剣に僕を叱ってくれるユノが、好きですよ」

 

「......」

 

俺は口がきけず、チャンミンを凝視するばかりだった。

 

口の中がカラカラだった。

 

その「好き」には、恋愛感情は混ざっているのか?

 

「...好きって...男としてか?」

 

ずっと聞きたくてたまらなかったことの、ほんの一片を口に出すのが精いっぱいだった。

 

チャンミンは俺の頬から手を放すと、数秒考えこんだのち、

 

「ユノは男じゃないですか、当然ですよ。

でも、好きなのは確かだよ」

 

と言って、肩をすくめた。

 

「よし!

さっさと、ユノんちへ行きましょう!

僕らにはこれからやることがある!」

 

チャンミンは、俺の手首をつかむとずんずんと歩き出した。

 

俺は何を期待していたんだ?

 

でも、完全に否定されなかったことが嬉しかった。

 

これまで俺は、チャンミンのちょっとズレたところに魅力を感じていた。

 

初彼との初夜のために、男友達に「初めて」を奪ってくれと頼むチャンミンのズレっぷりに呆れた。

 

そんなチャンミンのことが、俺はより好きになっていた。

 

「ユノ、うんと優しくやってね」

 

「あ、ああ」

 

それにしても...。

 

参ったな。

 

この展開は、一体なんだよ。

 


 

チャンミンが浴室から出てくるまでの間、俺はカーテンを閉め、シーツを伸ばし、くずかごの中身を空けてと、そわそわしていた。

 

なに緊張してるんだ。

 

こんな展開、慣れているはずだろ?

 

慣れてるけど、男相手は初めてだ。

 

挿れる場所が違うだけで、後は女の子とのセックスと同じはず。

 

それから...男の裸を見てちゃんと勃つかどうか自信がなかった。

 

だめだ、アルコールの力が必要だ。

 

落ち着かない気持ちを鎮めるため、買ってきたばかりのワインを開ける。

 

ふわっと温かい湿気とシャンプーの香りが漂ってきて、俺は振り向いた。

 

「ユノ、お先」

 

「チャンミン...」

 

浴室から出たチャンミンを見て、僕はまた息が詰まる。

 

「服を着てきてどうするんだよ?」

 

「駄目でした?」

 

「駄目じゃないけど」

 

これまでチャンミンは、俺んちでシャワーを浴びていくことも、泊まっていくことも何度もあったから、湯上りのチャンミンを見るのは初めてではない。

 

意識し出すと、どうしてこうもチャンミンが色っぽく見えるんだろう。

 

濡れ髪に上気して赤くなったチャンミンを、俺は上から下まで舐めるように見てしまった。

 

「上は脱ぎましょうか?」

 

「いいよ、着たままで」

 

ボタンを外しかけるチャンミンの手を制した。

 

「俺もシャワー浴びてくるから、待ってて」

 

狭いユニットバスで壁に手足をぶつけながら、手早く服を脱ぎ、勢いよく出したシャワーの下に立った。

 

俺も迷った末、着てきた服をそのまま身に着けて浴室を出た。

 

チャンミンはベッドにもたれて床に座っている。

 

俺はチャンミンに、ぎりぎり触れるか触れないかの距離に腰を下ろす。

 

「......」

 

参ったな...。

 

めちゃくちゃ緊張するじゃないか。

 

いつものペースを思い出せ。

 

俺はチャンミンの耳の下からうなじへと手を差し込んで、彼の顔をこちらに向かせた。

 

いつもは真一文字に引き結ばれている唇が、うっすらと開いていて俺を誘う。

 

「ホントにいいのか?」

 

コクリとチャンミンが頷いたのを合図に、俺は頬を傾けてチャンミンの唇にそっとキスした。

 

男とキスをするの初めてだった。

 

チャンミンの唇は柔らかく、温かく、押し当てた後、やわく食んだ。

 

喉の奥から、「あぁ...」と漏らしたチャンミンの吐息が甘くて、ぐっと股間の高まりを意識した。

 

ヤバい...。

 

まだ、キスの段階で...。

 

チャンミンはじっとしている。

 

チャンミンも緊張しているんだろうか。

 

唇を合わせながら薄目を開けると、チャンミンの閉じたまぶたとまつ毛が間近で見えた。

 

俺の心臓はもう、爆発しそうだった。

 

 

(つづく)

 

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