ユノが...同業者だった!
飛び起きた僕はリビングまで走り、スリープ状態だったPCを立ち上げ、メールフォルダを開く。
ざっとしか目を通していなかったけど、予約確認メールを確認すると、ユノの言う通り「17:30から5日間、有料オプション付きの“スーパープレミアム”...」
待てよ。
僕が予約をした店から“出張”してきた“添い寝屋”が、果たしてユノなのかどうかの証明ができないじゃないか。
「“恋する男は己の能力以上に愛されたいと願望する人間だ”」
「?」
振り向くと、半身を起こし、ヘッドボードにもたれたユノはニヤニヤ笑いを浮かべている。
「俺はホンモノだ。
予約受付メールをよく読んでみろ。
成りすましが現れないように、客の元には合言葉をランダムで送信してるんだ」
確かに、ユノの言う通りの言葉がある。
風俗関連のポータルサイト経由で辿り着いたのが、僕が予約をした添い寝屋斡旋店。
客の一人から聞いた限りでは、極上の添い寝屋が、極上の眠りを約束するとか。
目ん玉がとび出る金額の追加料金を支払えば、客の希望に応じたサービスを受けることができる。
こちらから指名はできないから、その添い寝屋がやってくるまで男なのか女なのかもわからない。
やけくそになっていた僕は、全てのオプションを付けて予約をし、50%の前金もあらかじめ振り込んでいた。
余裕たっぷりだったユノの言動も、これで納得した。
客だと思い込んでいた自分がこっぱずかしい。
「そんなとこにいないで、こっちに来いよ」
PCの前で考え込んでしまった僕に、ユノは両腕を広げて「おいでおいで」と手を振った。
「......」
「今夜のチャンミンは、俺の“客”だ」
ベッドに戻ると、ユノの力強い腕でかき抱かれて、彼の胸に飛び込む格好となった。
「僕が雇った添い寝屋がユノ、というのは分かりました」
「可愛いなぁ、チャンミンは。
俺を雇うとは、よっぽど疲れているんだなぁ」
僕の後ろ髪に鼻先を埋めるようにして、話すんだもの、熱い吐息がかかって頭皮がびりびりした。
ユノの言う通り、最近の僕は頭がすかすかで...違うな、頭の中に砂が詰まっているみたい、と形容する方がぴったりかな...ぼんやりしていることが多い。
客の深刻な打ち明け話を聞き逃したり、氷のような僕の手足に苦情を言う客が増えてきた。
これまでは「冷え性なのです。男なのに珍しいでしょ」とかなんとか、適当なことを言っていて、彼らも「ふぅん」と納得していた。
僕に添い寝をしてもらいたくて僕を買ったのだし、基本的に自分の話を聞いてもらいたくて仕方のない彼らは、僕の「冷え性」についてすぐに興味を失ってしまうのだ。
ところが、僕の冷え性は尋常なく酷くなってきて、不快がるお客対策として毛糸の靴下を履いたりと工夫はしている。
「疲れている、とは少し違います。
身体だけじゃなく、心までしんしんと冷えてきているような気がします。
身体を温めればいいのかなぁ、と飲み物は全部、温かいものにしたり、日向ぼっこをしたり、お風呂に入ったり...効果ゼロです」
「心が冷えると...チャンミンは何に困るの?」
「他人への興味を失うというか...何事にもおいて感動が薄くなるというか...。
生きている価値が希薄になる、というか...。
...虚しいんです」
口にしてしまった。
僕の本心を!
僕の背中に回されたユノの腕に、力がこもった。
熱過ぎる体温で、僕のこわばった背中を溶かそうとしているみたいに。
「僕の元には毎日、いろんな客が来ます。
客に添い寝してやって、お金をもらって、シーツを洗って、また客を呼ぶのです。
その繰り返しです。
大勢の人が僕の腕の中を通過していきます。
彼らは僕に添い寝をしてもらうことで、何かしらメリットを得て帰っていきます。
じゃあ、僕は?って」
「へぇ...意外だな。
チャンミンは、自分の職業について達観してるかと思ったよ」
「これまではそうでした。
でも...すっきりした顔で帰る客を見ていると、取り残されているみたいな感じに襲われるようになりました。
ユノは言いましたよね?
客の悩みを受け止め続けていて、溜まらないのか?って。
そうじゃないんです」
「じゃあ、何なんだ?」
「客たちに吸い取られているんです。
体温と一緒に、僕の心も...!」
暴露してしまった!
「......」
黙り込んでしまったユノが気になって、僕はユノの中から半身を起こした。
フットライトだけの薄明りのもと、ユノの人形のような白い顔がぼうっと浮かんでいる。
落ち窪んだまぶた、削げた頬。
それでも、一対の眼はつやつやと光っていてみずみずしい。
「チャンミンの悩みは、以上?」
「...はい」
一瞬の間ができてしまい、その一瞬の迷いはきっと、ユノにバレている。
「でもさ。
添い寝屋を呼んで、虚しさから抜け出せるのか?」
「......」
「客に添い寝してばかりいるから、こうなっちゃったんです、多分。
だから、逆に添い寝してもらえばいいのでは?って考えたのです...」
「違うな...それだけじゃないな。
チャンミン...お前はいろいろと隠し事が多いなぁ」
やっぱりバレている。
「添い寝してもらいたいのに、オプションサービスを追加するかなぁ?」
「......」
それまで真顔だったのに、目尻が切れ上がった目が細くなって、笑っているそれに変わった。
「ま、いっさ。
少しずつ教えてもらえばいいことだ。
5日もあるんだし」
「...はい」
ユノの声は上品だ、と思った。
大声を出したことはないのだろう、抑えた声量と低く過ぎず高すぎない、しっとりとした声質。
ユノの胸に耳を押し当ててその声を聞いていると、うとうとと眠たくなってくる。
添い寝屋としてのレベルは高そうで、それに比例して料金が高いのも納得だ。
・
「次は俺の番。
俺の悩みを聞いてくれる?」
「お客は僕の方ですよ?
お客が添い寝屋の悩みを聞いてどうするんです?」
「まあまあ、ケチくさいこと言うなって」
それまで仰向けになったユノの上に乗っていた僕を、後ろ抱きの姿勢にする。
そして、僕の二の腕ごとぎゅうっと抱きしめた。
「俺の中では、熱がこもってるんだ。
その熱を冷ましたくて、プールに通ったり、冷やしたり、エアコンを最低温度に設定してみたり...いろいろやってみた。
体力を使い果たせばいいんだって、抱いたり抱かれたり...毎晩」
「えっと...それはつまり。
抱いたり抱かれたりって...“そういうこと”でしょうか?」
「俺の添い寝スタイルは、金さえ払ってくれれば何でもサービスする」
「熱を冷ましたいから、ですか?」
「オプションサービスを付けてくれた時に限ってるよ、当然。
それ以外は、“そういう”お友達とね」
「毎日?」
「毎日」
「朝昼晩と?」
「朝昼晩、いくらでも」
「はあ...そうですか...」
中性的とも言えるユノが、実は絶倫だったとは...!
「チャンミンとくっ付いていると、やらしい気分になってくるなぁ」
「でしょうね」
「お尻にあたっているの、気づいているんだろ?」
僕は無言で頷いた。
ユノは男の僕相手に、欲情しているらしい。
お尻に押しつけられている硬くて適度な弾力のあるもの。
「ムラムラするねぇ」
「僕をっ...そういう対象で見ないで下さい!」
「こればっかりはどうしようもできないさ」
今の僕のものはしょぼくれてるけれど、かつての感覚を思い起こせば、どうしようもできない点では同意できる。
「そういうわけで、俺の高ぶりと、不眠を治して欲しい」
「ユノの不眠症を治して欲しいと、僕に頼むのはおかしくないですか?
僕は客ですよ?」
「チャンミンの自己紹介の欄で、
『高ぶる精神を鎮めて、心地よい眠りを提供します』
基本料金もまあまあ高い。
これは相当、自信があるんだな、と」
「僕のことを調べたんですか!?」
「当然だろう?」
ユノの店では、添い寝してやる客を事前に調査するんだ、おかしな客だと困るからね、特に添い寝以外のサービスもする高級添い寝屋なら特に...と思っていたら...。
「俺はお前の“客”でもある」
「え!?」
「俺も予約した。
チャンミン指名で」
「ええっ!?」
(つづく)
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