(6)大好きだった-Don’t Wanna Cry-

 

~Don’t Wanna Cry~

~ユンホ~

 

「...ごめん」

 

チャンミンと繋いだ手が、汗ばんでいる。

 

「謝らないでください」

 

は手を離すと、俺の両肩に手を置いて覗き込んだ。

の顔は闇夜に包まれてしまって、表情はうかがえなかった。

 

「ごめん!」

 

涙が出そうなのをこらえる。

泣いたらいけない、涙はずるいから。

 

「ユノ...」

「ごめん。

いつかは言わなくちゃいけないと思ってた」

 

「ユノ...」

「ごめん。

お前はずっと、俺のそばにいてくれて...」

 

駄目だ。

涙を止められない。

 

チャンミンは...っ...。

いっぱい...いっぱい...。

俺を支えてくれたのに...」

 

涙が次々とこぼれて、鼻水も出てきて、しゃくりあげてうまくしゃべれない。

 

「ずっと...ずっと...。

お前だけを好きでいたかったのに...。

本当に...ごめん!」

「違います!」

 

は大きな声を出すと、腕を伸ばして俺を引き寄せた。

 

「違うんです。

悪いのは、僕の方なんです」

 

は俺の首筋に頬を埋めると、吐き出すように言った。

 

「僕が貴方を引き留めていたんです」

 

 

あの日。

あの冬の日。

5年前。

冷たいみぞれ雪が降る夜。

こんな天気に、こんな時間に、カラスみたいな恰好の男を、公園で降ろしたタクシーの運転手さんはどう思っただろう。

池には薄氷が張っていた。

黒いコートも黒い靴も脱いだ。

黒いネクタイもむしり取った。

氷のように冷たい鉄柵をつかんで、上半身を乗り出した。

身体を痛めつけてやる、凍り付かせてやる。

空からぼたぼたと落ちる氷水が、黒いスーツをどんどん濡らしていった。

のいない人生なんて、想像がつかなかった。

自分の人生プランに、こんなイベントが起こるはずがなかった。

断じて受け入れたくない!

 

チャンミン

チャンミン

チャンミン!

 

どうして俺を置いていってしまったんだ?

続きを楽しみにしていたドラマも、まだ途中だぞ。

誕生日プレゼントは、もう用意してあるんだぞ。

一緒に暮らそうって、部屋を探してた時だったんだぞ。

どうして冷たくなってしまった?

そんな怖い顔していないで、笑えよ。

目を開けて「じろじろ見ないでください」って笑ってくれ。

笑えったら!

お前のいない人生なんて、あり得ない。

チャンミンの元に行きたい。

靴下履きの足を柵にかけた時、ぐいと腕を引っ張られた。

「何をやっているんですか!」

 

チャンミンが現れた。

チャンミンだ!

 

引き寄せられたチャンミンの胸が、頼もしくて温かくて。

 

「貴方は、僕がいないと駄目ですね」

 

俺が大好きだった、紺色のダッフルコートを着ていた。

 

「おうちへ帰りましょう」

 

そう言っては手を差し出した。

手を握るだけじゃ足りなくて、の首に腕を回して思いっきり抱きしめた。

首筋に鼻をくっつけて、の匂いを吸い込んだ。

よかった、温かい。

よかった、チャンミン生きていた。

よかった、チャンミンが戻ってきた。

 

それとも...。

俺は、あの世に行けたのかな。

あの世のに会えたのかな。

あの世で、と手を繋いでいるのかな。

どちらなのか分からなかった。

どちらでも嬉しかった。

幸せだった。

 

...けれども、心の底では分かっていた。

どちらもあり得ないのだと。

これは夢なのだ。

を恋焦がれる狂った精神が、亡霊を見せているのだと。

 

ところが、夢じゃなかった。

びっくりした。

最後に別れたあの図書館前に、チャンミンは待っていた。

行けば必ず、は待っていた。

そして、手を繋いで家に帰る。

と思い出話をたくさんして、の腕の中で眠りにつく。

そして、たった独りで朝を迎える。

俺の初めては、全部と経験した。

2人で数えきれないほどの初めてを味わって、一緒に笑って泣いた。

思い出話ばかりしていたら、過去の世界にとどまり続けるばかりで、先に進めないって?

いや。

そんなこと、なかった。

思い出話をすることで、昇華された。

との思い出を、少しずつ過去のことにしてゆけた。

夢じゃなく、確かには存在した。

冷え切って固くなってしまった手じゃなかった。

温かな手で俺に触れていた。

俺の心がしゃんとするまで、は手を繋いでいてくれたんだ。

 


 

 〜C〜

 

貴方を一人にできなくて、僕はいつまでも貴方のそばに居続けました。

どんどん痩せていくから心配で。

僕のせいで、貴方をこんな風に苦しめてしまって。

打ちのめされた貴方が元気になるまでは、見守ろうって決めたんです。

そのうち、欲がでてきたんです。

僕はずっとずっと、貴方の側にいたくなったんです。

離れがたかったのは、僕の方なんですよ。

でも、僕の役目は終わったようですね。

 


 

~ユンホ~

 

「貴方は、素敵な人です」

 

チャンミンは俺を抱きしめて、俺の頭を撫でながら言った。

 

「だから、貴方が好きになる人も、素敵な人です。

彼は...シムさんは悔しいですけど、僕よりずっといい男です」

 

顔を上げようとする俺を押さえるように、の腕に力がこもった。

 

「彼なら大丈夫です。

彼なら安心して、貴方を任せられます」

 

の大きくついた一呼吸に合わせて、彼の胸も上下に動いた。

 

「ほらぁ、泣かないで」

 

の親指で涙を拭われた。

 

チャンミンこそ...泣くなって」

 

俺を抱きしめる腕をゆるめると、は顔を近づけた。

 

「僕の最期のお願いをきいてくれませんか?」

 

こくこくと頷いた。

 

「...キスしてもいいですか?」

 

大きく頷いた。

そっと唇が触れるだけの優しいキス。

少しだけ口を開けたら、の温かい舌が俺の舌にちょんと触れた。

俺の涙と、彼との涙が混じってしょっぱい味がした。

「このキスが、僕の生きる糧になります...。

って、生きるって言い方も変ですけどね」

ふふふっとは笑った。

 

 

チャンミン

手を繋いでいてくれてありがとう。

俺が前に進めるようになるまで、5年間、側にいてくれてありがとう。

みぞれ雪の夜、俺を助けてくれてありがとう。

生きる道を、俺に残してくれてありがとう。

大好きだった。

めちゃくちゃ、大好きだった。

 

 


〜C〜

 

ユノ。

僕の大事な人。

僕は貴方のことは忘れません。

でも、貴方は僕のことを忘れてくださいね。

僕の手じゃなく、シムさんの手を握ってください。

全部忘れられたら、やっぱり寂しいので、1年に1度は僕のことを思い出して下さいね。

大好きでした。

ずっとずっと貴方が大好きでした。

 

(つづく)