【7】大好きだった-忘れられないの-

~チャンミン~

あなたへの誕生日プレゼントを探しに出かけた日、通りの向こうにあなたを見かけた。

 

あなたはショウウィンドウを、じぃっと見つめていた。

 

声をかけようとわくわくした気持ちを抱えて、横断歩道を小走りで渡った。

 

「偶然だね」「わぁ、びっくりした」なんてやりとりを想像しながら。

 

肩を叩いてびっくりさせよう、っていたずら心も湧いていた。

 

ところが、僕の足は止まる。

 

あなたのあまりにも真剣な眼差しに気づいたから。

 

そこは花屋だった。

 

ショーウィンドウの向こうは、色とりどりの花と緑が瑞々しい。

 

あなたの目は、目の前の植物たちを通り越して、うんと遠いところを見ていた。

 

声をかけられなかった。

 

無心で見つめている背中が、「邪魔をしないで」と語っていた。

 

もしかして、昔の『彼』のことを思い出しているのでは...と、嫉妬心が僕の胸を焼いた。

 

 

 

 

市民会館で開講された週に1度のデッサン教室で、あなたと出逢った。

 

軽い気持ちで受講した僕の隣の席が、あなただった。

 

鶏ガラのように痩せた身体で、腫れぼったいまぶたで、心をどこかよそに置いているような、上の空な感じの人だった。

 

でも、誰かと言葉を交わすときになると、瞬時に表情を切り替える。

 

僕の描く下手くそな絵を見て、吹き出したあなたの笑顔に、僕の心はさらわれた。

 

あっという間に。

 

あなたには、既に恋人がいるのだと思い込んでいた。

 

なぜなら、僕を見ているのにその瞳の奥が、僕を通り越したところを映しているみたいだったから。

 

ベタな誘い方だったけど、「お茶でもどうですか?」って、次の週には声をかけていた。

 

週に一度のわずか30分ほどの、あなたとコーヒーを飲む時間が楽しみだった。

 

そのためにデッサン教室に通い続けていたと言っても過言ではない。

 

あなたの心のガードは固く、食事に誘えるまでに時間がかかった。

あなたの心には、誰か他の人がいる。

 

そうであっても、痛々しく儚げなあなたに、僕はどんどん心惹かれていった。

 

30年ちょっとの人生の中で、あなたは僕が2人目に「好きになった人」となった。

 

 

 

 

あなたには打ち明けていた。

 

自分には長く交際していた恋人がいたこと、そしてその人を5年前に亡くしたこと。

 

かっこ悪いことに、聞き上手のあなたに質問されるまま、ほぼ洗いざらい話してしまった。

 

「その方の名前は?」

 

その恋人の名前も、聞かれるまま教えてしまっていた。

 

予想通り、あなたはじぃっと考え込んでいるようだった。

 

5年前だったら辛くて口にできない名前だったのが、その時の僕には抵抗はなかった。

 

だって、そうじゃなくっちゃあなたの名前を呼べないよ...そもそもの話。

 

それくらい、気持ちの整理がついていた。

 

深く深く愛していて、その人を失った当時の僕は亡霊のようで、長い期間苦しんだ。

 

今でも記憶の深いところで、その人への愛情は存在している。

 

けれども、今の僕の心の中心はあなただ。

 

 

 

 

あなたにも亡くしてしまった恋人がいると知った時、僕の頭に『似たもの同士』という言葉が、ぱっと浮かんだ。

 

似たような境遇の者は、やはり惹かれあうものなのだろうか。

 

でも、そんな言葉でひとくくりに片付けてもらいたくなかった。

 

最初は僕の片想いだった。

 

もう2度と恋なんかできないと諦めていたのが、今こうして新たな恋を得て、僕は嬉しかった。

 

少しずつ、距離を縮めていった。

 

ところが、あなたに自分の気持ちを伝えた日、首を振られてしまった。

 

「ごめん。

あなたとお付き合いできる資格は、今の俺にはありません」

 

ああ、と落胆のあまり全身の力が抜けた。

 

「恋人がいたのなら、申し訳ない。

僕が言ったことは忘れてください」と、僕は一旦、引き下がった。

 

「そう言っていただけて、嬉しいのです。

付き合っている人は...いません。

でも、今はダメなんです」

 

僕の交際人数なんて、亡くなった恋人ひとりきりだったから、新しい恋を始める手順がわからなかった。

 

「僕のことは?」

 

ずいぶん不器用な、かっこ悪い台詞を発言してしまったものだ。

 

あなたは、ため息をつき、

 

「...恋人を亡くしてしまって...。

5年も経つのに、忘れられないのです。

あなたのことは気になります。

でも...彼に対して悪いことをしているかのような、罪悪感があるんです。

こんな状態で、あなたとつきあったりなんかしたら、あなたに失礼です」

 

真っ赤な目をしたあなたは、そう言って哀しげにほほ笑んだ。

 

 

 

 

それでもいい。

 

あなたが漂わせている「寂しそうな空気」を、僕の手で晴らしていくから。

 

だから僕は、諦めなかった。

 

「今は駄目だ」と言ったあなたの言葉...『今は』に望みがあると思ったから。

 

初めて食事に誘った夜を境に、上の空で遠くを見ていたあなたの目に力が宿ってきた。

 

あなたがまとっていたピリピリとした空気が消えた。

 

あなたといると、穏やかで温かくて、ほっとくつろげた。

 

これが、あなたの本来の姿なんだろう。

 

亡くなったという恋人は10年も一緒にいた末に、あなたを手放さなければならなくなって悔しかったに違いない。

 

そして僕は、その恋人に嫉妬した。

 

あなたがその恋人と過ごした10年という時に嫉妬した。

 

 

 

 

あなたが初めて僕の部屋を訪れた日、ちょうどあなたの誕生日だった。

 

ちょっとしたサプライズのつもりで、ささやかな贈り物をした。

 

交際を始めてまだ日は浅く、贈られるもので負担に思わないよう、知恵をしぼって選んだ。

 

隠していたクローゼットから出してきたものを見て、あなたの口が「あっ...」といった感じに丸く開いた。

 

それから、僕に手渡されたものを膝にのせてしばらくの間、あなたは無言だった。

 

「気に入らなかった?」

 

不安になった僕は、おずおずと尋ねた。

 

「好きなんじゃないかな、って、勝手に想像してしまって...。

外れてたら...ごめん」

 

「いや...。

ちょっと、びっくりしたから...。

でも、ありがとう。

嬉しいよ」

 

確かに、あなたの表情は嬉しそうだった。

 

僕はほんの少しだけ不安だった。

 

もしかしたら、間違ったものを贈ってしまったのではないか、って。

 

 

(つづく)

 

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