~ユノ~
「ただいまー」
チャンミンは大声で声をかけた。
...ということは、俺たち二人きりにはなれない、ということか、とちょっぴり残念だ。
玄関先でもじもじしていると、「遠慮していないで、入りなよ」と急かされた。
「お邪魔します...」
外観通り、チャンミン宅の中も普通だった。
その家独特の匂い、というものがあるものだ。
俺は鼻をくんくんさせて、その匂いを嗅ぐ。
チャンミンのTシャツの匂いと、バターと漬物の匂いがする...でも、決して嫌な匂いじゃない。
玄関の上がり框に階段があり、左手に居間の引き戸、突き当りの台所のドアは開けっ放し。
靴箱に杖が引っかけてあり、チャンミンのじーさんかばーさんは足が悪いのかな、と思った。
俺の部屋なら脱ぎっぱなしにするスニーカーを、きちっと揃える。
「あらあらあらあら。
いらっしゃい」
台所の方からエプロンで手を拭き拭き、チャンミンのばーさんが出迎えにやって来た。
失礼ながら、長身・美形のチャンミンの家族にしては、ころころ太った小柄な平凡な顔立ちの(高い頬骨はばーさん譲りかな?)、薄化粧と小綺麗な洋服を着た60代の女性だった。
「初めまして。
ユノ、と言います。
俺...僕はチャンミンさんと同じ大学の...」
俺の自己紹介にかぶせる恰好で、
「ユノは僕の彼氏なんだ。
恋人なんだ」
「!!!!」
俺は隣に立つチャンミンを勢いよく振り向く。
この男は一体何を言い出すんだ!?
ばーさんも目を丸くして、チャンミンと俺とを交互に見る。
3人揃っての無言タイムの間、俺の全身はカッと熱くなり、よくわからない汗がどっと噴き出た。
「...まあ、そうなの」
彼女は強張った表情を崩すと、
「狭い家でしょ。
どうぞゆっくりしていってくださいな。
クッキーを焼いたから、あとで食べていってね」
にっこり笑って、パタパタとスリッパを鳴らして台所へ引き上げていった。
「......」
「ふふっ。
ばあちゃんったら、ユノが来るからって張り切ってる。
化粧なんてしてさ」
「......」
「僕の部屋は2階なんだ。
こっちだよ」
理解が追い付かず目を白黒させている俺の腕を引いて、傾斜の急な階段を上っていく。
・
パタン、と部屋のドアが閉まるなり、
「お前な~。
『彼氏』って...『彼氏』ってなぁ?」
バッグを放りだして、俺はチャンミンの首を絞める真似をした。
「ちょっ、ユノ!」
全力で抵抗するチャンミンの背中にのしかかり、お次は脇をくすぐった。
「『恋人』って何だよ!?」
「ひゃははははは!」
くすぐりの刑のお返しをくらった俺も、身をくねらせて、チャンミンの両膝を片足でホールドする。
「やめっ、やめろっ!
ひひひひひ!」
「やめっ、やめて。
ひゃはっ!
お腹が...お腹...死ぬ、苦し!」
小学生みたいにじゃれあう俺たち。
「わっ!」
チャンミンに足をすくわれ、俺たちは絡まったままベッドに倒れ込んだ。
男2人分の体重を受け、シングルベッドのマットレスがギシギシたわんだ。
向かい合わせに寝転がった俺たちのクスクス笑いは止まらない。
「ふぅ...」
呼吸が整ったところで、俺はチャンミンの片頬を包み込む。
とっくみあいのせいで、チャンミンの頬は燃えるように熱く、汗に濡れた前髪が額に張り付いていた。
「お前のばーさん、心臓発作起こすぞ?
年寄の頭は固いんだぞ?
...そうじゃなくても、普通の人だってびっくりするよ。
俺は『彼女』じゃない、『男』だ」
「うん、分かってるよ」
「『友達』でよかったのに...」
チャンミンをたしなめた俺だけど、彼の意図はなんとなく分かった。
俺が新学期を恐れるように、チャンミンはチャンミンなりに気にしていたんだな。
チャンミンは俺と違って、ケロッとしていそうだ、と勝手に想像していた。
付き合って1週間、この短期間のやりとりから「チャンミンはこういう奴じゃないかなぁ?」って。
突然キスをしてくる大胆な行動、どこかとぼけた口調で自身をあっけらかんと開示する。
平気なフリしてくれたのは、俺のためなんだろうな。
だからこそ、こそこそと隠す前にさっさと宣言したのだ。
...多分、そういうことなんだろうな、と思っていたら、
「こういうことは早めに知らせておいた方いいんだよ」
と、チャンミンは俺の思いと同じことを言った。
「...そうだね」
「ばーちゃんはじーちゃんに報告するだろうね。
じーちゃんは、『チャンミンの冗談に決まってる』って、取り合わないかもしれない。
悩むだろうね。
でも、僕やユノには嫌な顔は見せないと思う。
時間はかかっても受け入れようと、頑張るんじゃないかな」
「そっか...」
我が家族は、天と地がひっくり返ったかのように仰天するだろうなぁ。
こんこんと説教するかもしれない...いや...ケロッとしてるかもしれない。
分からない。
だって、「俺の恋人は『男』なの」なんて、カミングアウトの経験はないんだもの。
先のことは今からくよくよと思い悩むのは止しておこう。
俺たちの恋はスタート地点に立ったばかり。
チャンミンのことなら何でも知りたい。
新たな発見を積み重ねていくうちに、俺たちを包み込む層も厚くなる。
・
すーっとチャンミンの顔が近づき、優しく柔らかなキスをされた。
俺は上半身を肘で支えて、深い深いキスをお返しする。
俺はチャンミンの頬を両手で挟み、チャンミンは俺のうなじと背中に両腕を回す。
チャンミンも身を起こし俺を下敷きにして、俺の首筋に吸いついた。
「あ...は」
下半身がぞくり、とうずく。
チャンミンのTシャツの下から手を忍ばせる。
熱い肌。
まっ平の胸。
指先に触れた小さな突起を摘まんで、2本の指でこすり合わせた。
「ひゃ...はっ」
チャンミンの背がのけぞった。
「え?
気持ちいいの?」
チャンミンはこくこくと頷く。
へぇ...男でもそこは気持ちいんだ、知らなかった。
Tシャツの中に頭を突っ込もうとしたら、チャンミンに頬をつかまれ引き上げられた。
チャンミンの唇は唾液で光り、半開きでキスをねだっている。
室内に、くちゅくちゅ、ちゅうちゅういうエロい音。
上になり下になり、くんずほぐれつ絡み合う。
その度にベッドはきしみ、壁伝いに伝わった振動で、蛍光灯の紐が揺れた。
両腿を絡め、互いの膨らんだものをこすりつけ合う。
4枚の生地越しがもどかしいけれど、そのソフトな刺激が興奮をあおる。
ウエストボタンを早業で外し、緩んだ隙間へ片手を突っ込んだ。
熱く蒸れたブツをつかみ、上下させる。
「なあ。
ばーさんが上がってくるんじゃないの?
...んっ。
クッキー焼いたって言ってたじゃん」
「んっ...だいじょう、ぶ。
気を利かせてっ...ふっ...ん。
しばらく...っ...来ないよ」
チャンミンの手も、俺の下着の中にもぐりこんだ。
「どんだけ理解あるんだよ」
「恋人を連れてきたって...あっは...。
...邪魔しないようにっ...って」
「普通は、邪魔しに...はっ、はぁ。
...来るんじゃないの?」
「そのときは、そのとき...だよ」
チャンミンと絡み合うのは、例の旅行以来だ。
俺たちの中で膨れ上がった欲望は、止められない。
止められないけど、止めるしかない。
この後の進行に、迷いと戸惑いがあったからだ。
「タンマ」
「んっ...?」
「タンマだ、チャンミン」
「......」
「一旦離れようか?」
「...うん。
そうだね」
俺たちはそれぞれ、握ったブツから手を離した。
「はあはあはあはあ...」
「暑いね」
「続きは、今日の用事を...済ませてからにしよう」
「...うん」
飛び出したブツを下着におさめ、ファスナーをあげた。
不完全燃焼だけど、今はストップだ。
止められなくなる。
俺としては、いろいろと整理しておきたいことがあったからだ。
(つづく)
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