〜ユノ〜
宅配便で届けられた箱。
配送中に開いてしまっては困るモノ。
無地箱に不信を抱いた家族が、うっかり開封してしまってはいけない箱。
何重にも貼られたガムテープに苛ついて、やけになった俺はカッターナイフで箱を切り裂いて開封した。
「......」
チャンミンと共にセレクトしたこれらのもの。
入荷待ち商品だったため、到着までに1週間待ったこれらのもの。
女の子相手の時はゴムさえあれば事足りたのが、お相手が同性同士になっただけで、これだけのものが必要になるなんて。
ますます世の常識と外れたことをしているんだと、アレへの抵抗心が増してしまった。
深刻に大袈裟に考え過ぎているのだろうか。
チャンミンにいたっては、ケロっとしている。
俺はとはいえば...そう、やはり怖気付いているようだ。
説明書を読みこみながら、俺はため息をついた。
「はあ...」
世の同性カップルはどうしているのだろう。
いいや!
女の子相手でもプレイのひとつとして楽しむカップルはいるそうだし...。
そうだそうだ、何も特別なことをしているわけじゃないのだ。
俺はスマホを取り出し、チャンミンに電話をかける。
「来たぞ」
「いよいよだね。
見せてよ。
今から行ってもいい?」
「夜中だぞ?」
「どんなだか見てみたいんだ。
今から行くね」
「待てっ...」
「明日にしようぜ」を言わせない勢いで、電話は切れてしまった。
~チャンミン~
新学期が始まってすぐのことだ。
こんなことがあった。
予想はしていた。
ユノとの待ち合わせ場所であるカフェテリアへと、構内のイチョウ並木道を早歩きで向かっていた時だ。
教科棟から出てきた女の子集団の中に、僕の前カノDがいた。
加えて、ユノの前カノAちゃんもいた。
フッたのかフラれたのか、どちらとも言える僕とDの別れ。
僕は交際経験が乏しく、過去のカノジョとばったり遭遇した時の、振る舞いが分からない。
それでも、とても気まずい思いをするんだろうな、ってことくらい想像がついた。
彼女たちを無視して、ここを立ち去ってしまえばよかったのに...。
足を止めてしまったせいで、立ち去るタイミングを逃してしまった。
彼女たちと目が合い、ギクッとしてしまった自分がショックだった。
悪いことをしている意識があったからだと思う。
AちゃんとDは軽蔑の混じった怒りの眼差しを、僕に向けている。
これに関しては仕方がない。
彼女たちには酷いことをした。
お泊りデートの最中に、互いの彼氏同士が浮気をした上、行為の真っ最中(実際はしていないんだけど)を目撃してしまった。
ショックだっただろうな。
ショックだっただろうけど、ごめん、あの時の僕とユノは止められなかったんだ。
僕が怯んでしまったのは、二人と連れだっていた女の子たちも僕に注目していることだ。
彼女たちが僕に注ぐ眼差しは、好奇と嫌悪の混じったものだった。
恥ずかしかった。
ここで目を反らしてしまったら、僕の後ろめたさを証明してしまう。
プライドにかけてDと目を合わせたままでいた。
「......」
ここにユノが居てくれたら...。
ユノには余裕の振る舞いをしていたけれど、実際は僕の方がビクビクしていた。
僕らの初エッチについて、身構えていたユノの背中を叩いて、気分を盛り上げていた僕だったのに。
ああ...開き直っていないって証拠だね。
ユノだったら、彼女たちをちらっと横目で見ただけで、「ふん」って、スタスタと通り過ぎてしまっただろうな。
早く僕と合流するのが待ちきれなくて、緩んだ表情を崩さないままで。
「!」
Dが僕の方へと近づき、キッと見上げ睨みつけた。
教師に叱られた生徒とは、なんとも情けない顔をしているものだけど、まさしく今の僕はそうだっただろう。
「!!!」
パチン、の直後、左頬がカッと熱くなった。
僕は頬をはられたのだ。
ぱちん!
ついでに、もう片方も。
じんじんと熱く痛む頬を押さえた僕に、Dは言い放った。
「最低。
キモイんだけど?」
今まで聞いたことのない、低くどすのきいた声。
「キモイ」の言葉に、羞恥心ゼロ、腹も立たなかった。
スカッとした。
DとAちゃんに、決定的な光景を目撃させて、決定的に破局した2組のカップル。
決定的だったのにも関わらず、引っかかっていた。
ユノが「泣いているだろうな」と、Aちゃんの気持ちを気遣っていた。
あの時は、そんなユノに腹を立てた。
その時までの僕は、Dの機嫌を損ねないように必死で、正直言って緊張感を伴う交際をしていた。
無意識にDに対して腹を立てていたから、冷酷でいられたんだ。
でもそれは上っ面のものだったんだ。
僕には気の小さいところがあって冷酷になりきれず、別れたハズなのに、忘れ物をしたみたいに気が晴れなかったのだ。
「そうだよ。
キモイと思ってくれて結構だ」
きびすを返し、僕は立ち去った。
すっきりした。
これで正真正銘、僕とDは別れられた、と思ったから。
後方から、彼女たちが「キモイよねぇ」「別れて正解」「初めて見た。ホントにいるんだね」のひそひそ声。
ううん、僕に聞かせているんだ。
これには傷ついた。
「あ...」
通りの向こうから手を振っているのは、ユノだった。
安堵のあまり、じわっと涙が浮かんだ。
「うっわ~」と、彼女たちの嫌悪と好奇の声が聞こえたけれど、聞こえていない。
僕はユノに恋してる。
実感した。
こちらに向かって駆けてくるユノの元に、僕も走り出した。
(つづく)
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