(7)キスから始まった

 

 

外したばかりのゴムの中身に、「Dちゃんとできなかった後、自分で抜いただろ?」と、チャンミンをからかった。

 

チャンミンは背中をまるめて、自身の股間の処理をしている。

 

「うん...。

不発弾を抱えてるのは、気持ち悪いでしょ?」

 

「ティッシュついてるぞ」

 

チャンミンのブツにへばりついた紙片を、取ってあげた。

 

「ユノも、毛のところに...飛んでる。

あ、僕、ウェットティッシュ持ってるよ」

 

この光景は一体、何なんだ。

 

半裸で、局所だけ出した男2人、ブツの後片付けをしているのだ。

 

昨夜の俺は、女の子とやっていたんだぞ?

 

翌日の俺は、その女の子の女友達の彼氏としごきあった。

 

信じられない展開だけど、受け入れるしかない。

 

チャンミンとこうしたかったんだから。

 

「なあ」

 

「んー?」

 

「ちゃんと言ってなかったけど。

俺とチャンミン...こんな風になっちゃったけど...」

 

「その先は言わないで」

 

とっさに伸びてきたチャンミンの手に、口を塞がれた。

 

「なかったことにしよう、とか言わないで。

ユノは、後悔してるかもしれないけど...僕は。

...僕は、嬉しいんだ」

 

俺はチャンミンの手首をつかんで落とした。

 

「俺も...よかったよ、今の」

 

「...え?」

 

「こんなこと出来るくらい、チャンミンのことが気になってたっていうか...。

近づきたいっていうか...。

うまく言えなくてゴメン」

 

言葉が見つからないんじゃなく、恥ずかしくてあの一言が言えないだけなんだ。

 

すると、チャンミンがしがみついてきた。

 

「...好き」

 

胸元に顔を押しつけたままの、くぐもった声。

 

俺は男相手に、きゅんと胸をときめかせた。

 

 

 

 

俺とチャンミンは仲良く並んで横たわり、揃って天井を見上げていた。

 

照明は全て落としていたから、実際は暗闇を睨んでいた。

 

暑苦しくてボトムスは脱いでしまい、パンツ一丁で、手を繋いでいた。

 

俺たちは一体全体、どうしてこんな感じになっちゃったんだ?

 

自分の中に存在する、客観的で冷静な俺がぼそっと俺の耳に囁いている。

 

それに応えて、「こうなるしかなかったんだ」とつぶやいてみる。

 

当然のことをしたまでに過ぎず、突拍子もないことをしでかしたわけじゃないのだ。

 

「僕...」

 

おもむろにチャンミンは口を開いた。

 

「女の子ともできなかったし、ユノともできなかった」

 

「...すぐにできるわけないじゃん。

全くの予定外だったんだから。

...俺だって、童貞みたいなもんだよ」

 

「ホントに3人?

10人とか20人とかって言うかと思った」

 

どうやらチャンミンは、俺が申告した経験人数について気になったままの様子。

 

「どこから20の数字が出てくるんだ?」

 

「...ユノって、そんな感じの見た目」

 

「軽いって意味?」

 

仰向けから横向きの姿勢へ寝返りをうち、肘枕をした。

 

「...モテるだろうなぁ、っていう意味。

ユノってカッコいいから。

ねぇ、ユノの初めてはいつだった?」

 

「...18歳かそれくらいかなぁ。

普通だろ?

20人も経験してたらさ...3年で20人。

どれだけやりまくってるんだよ?

1年で6人か...ん...あり得ない数でもないか、ハハッ」

 

打ち明け話ついでに、このことも暴露してしまおうと思った。

 

「...女の子とやるのは気持ちいいし、

彼女ができればその子とやって当然、ってやってきたんだけど。

なんだろう...『だから何?』っていうか...。

何言いたいのか分かんないな、これじゃあ、ハハッ」

 

「...それって、ホントはやりたくないんじゃないの?」

 

「え?」

 

「Dとできなかった話をしたよね?

できなかったのは、『したくなかった』んだよ」

 

チャンミンの指摘で、ハッとする。

 

「ユノとこういうことしちゃった後だから、よく分かったんだ。

ユノはどう感じたのかは分かんないけど、僕は...すごかった」

 

「よかったぁ...」

 

「ホントに?」

 

「うん」

 

「ユノにそう言ってもらえて嬉しい。

でね、分かったんだ

好きな人とえっちをしたいってのは、こういう気持ちを言うんだろうって。

ユノとしたい、って思った。

やり方はよくわかんなかったけどね」

 

チャンミンは、凄いことをさらっと言いのけた。

 

「ユノと会った時、本能に近いところで仲良くなりたい、って思った。

ビックリしちゃったよ。

気持ちの正体を知りたくて、ついついユノをジロジロ見ちゃって。

見れば見るほど、仲良くなりたい気持ちが強くなっちゃって。

気持ち悪かったでしょ?」

 

俺は感動と感心で言葉が出ずにいた。

 

「ごめん...引いてもいいよ。

気持ち悪いこと言ってる自覚はあるから」

 

「気持ち悪くないよ。

俺だって...チャンミンのことをジロジロ見てた」

 

「知ってる」

 

「ジロジロ見てしまったのは...好きになったからだよ」

 

興奮の最中、互いの身体をまさぐるのに夢中で、チャンミンがつぶやいた「好き」に応えていなかった。

 

「...嬉しい。

ユノ、どうしよう!

僕たち、浮気してるよ」

 

「確かに...」

 

今さらながら、俺にはAという彼女がいることを思い出した。

 

「Dちゃんとはどういうきっかけで?」

 

「サークルが一緒なんだ。

Dはみんなの前では大人しくて、でも僕といる時は思っていることをズケズケと言う子で。

それって僕に気を許しているんだって...勘違いしてたみたい。

その上、Dのことを理解しているつもりでいた。

よ~く考えてみたら、単にDの扱いに慣れているってだけのこと。

僕って、好意と恋愛感情の区別がうまくつけられない人間みたい。

僕はね...勘違いが多いんだ。

...でもね、分かったんだ」

 

「分かってる」

 

チャンミンの頬を手探りで包み込み、ここだと見当をつけたそこに唇を落とした。

 

 

 

 

女の子は不思議な生き物だけど、男だって不思議な生き物だ。

 

俺とチャンミンは男という点では共通しているけど、隣にいるこいつは、俺にとっては未知の生き物だ。

 

そっか...俺は、Aであろうと、その子がBやCであっても、全部まとめて女の子という集合体で見てきたんだな、と。

 

1歩下がった立ち位置で、彼女を醒めた目で見てしまうから、甘える言葉に媚の匂いを嗅いでしまうのだ。

 

彼女自身には興味がなかったんだから、一緒にいてなんか違うんだよなぁ、とぼやいてしまっても当然だった。

 

だからAやDが、俺たちへの不平不満を暴露していたのを聞いてしまっても、腹が立つくらいで、強い怒りを抱くほどまでには至らなかったんだ。

 

Dがどんな子なのか俺は知らないから、Dについては判断できない。

 

半年近く恋人同士をやってきたAについてなら、多少はどんな子かは分かるつもりだ。

 

Aも俺と似たようなスタンスで、俺の彼女でいるんだと思う。

 

だとしても、ずいぶん失礼なことを彼女にしてしまったなぁ、と反省しなくては。

 

俺の眼差しは隣に寝っ転がっている、のっぽな男にのみ注がれている。

 

性別を抜きにした時、その人物に興味を抱けるかどうか、好きになれるかどうか...ここが肝心なのだ。

 

今さら視点を変えてAと向き合えるかといえば、それは出来ない。

 

Aには興味はないのだ。

 

ところが極端な話、もしチャンミンが女の子だったとしても、俺は気になって仕方がなかっただろう。

 

実際はチャンミンは男だったから、並んだ2本のブツに困ってしまっただけのことだ。

 

 

(つづく)

 

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