(44)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

「余命というと...生きられる期間があと何カ月とか、寿命が限られているという意味ですね?」

 

チャンミンの問いに、「そうだよ」と答えた。

 

「ヨメイ...」とつぶやきながらチャンミンは目をつむる。

 

言葉の意味を覚える時のチャンミンの癖だ。

 

すらすら読めるほどまで習得していないため、チャンミンは今もテレビを中心に知識を得ている。

 

俺がチャンミンの親なり兄ならば、俺以外の親しい者が皆無の彼を心配して、どうにか知人だけでも作ってやろうとしただろう。

 

でも、最低な俺はチャンミンを独り占めしたくて、彼から乞われない限り、閉じた世界に閉じ込めておきたいと思っていた。

 

怖いのは万が一、チャンミンを1人残していかなければならない羽目になったときだ。

 

二重三重にも手を打って、チャンミンの将来を保証してやる。

 

金があればなんとかなると考えている俺は、軽蔑に値するだろう。

 

それがどうした?と思うのだ。

 

俺を軽蔑する者がいたとしても、そいつは俺の知人でもなければ、他人だと認識したこともない顔無し。

 

俺は閉じた世界で生きてゆく...チャンミンと、永遠に。

 

戸籍のない俺とチャンミンが現実世界で生きてゆくには、金はいくらあっても足りないのだ。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

「俺たちはこうやって、現実社会に確かに暮らしているだろう?

俺は『ユノ』として、チャンミンは『チャンミン』として」

 

「はい」

 

「じゃあ、意地悪な質問をするよ。

チャンミンが『チャンミン』だと、どうやって証明する?

『僕はチャンミンです』と連呼しても、それを信じない人がいたとしたらどうする?」

 

「...書類」

 

「残念なことに、俺たちには正式な書類というものはないんだ」

 

「......」

 

「チャンミンは売られた時に、無かった者にされた。

俺も『犬』になる時に、無かった者にされた。

俺たちは同じだよ」

 

僕の背中がヒヤッとし、鳥肌がたり、体表に冷や汗の膜が張った。

 

無かったことにされた...「死んだことにされた」という意味だ。

 

一瞬迷った末、僕の鎖骨の窪みにおさまるお兄さんの頭を撫ぜた。

 

「戸籍が無いのになぜ、このマンションに暮らしてゆけているのでしょう?

答えは分かる?」

 

「...誰かがメイギを貸してくれている?」

 

「ほぼ正解。

このマンションもあの店も全部、俺の名義になっている。

正真正銘、俺の物だ。

ここに、俺の買い主が関わってくる」

 

「そうなんですか」

 

「チャンミンの戸籍はどうなっていると思う?

この世に存在していないことになっているなんて...俺は許さない。

覚えているかな?

チャンミンは素っ裸になってストライキした日があっただろ?

裸のまま家の中をウロウロしてさ。

うちを尋ねてきたアシスタントにヤキモチを妬いた日だよ」

 

「お兄さん!!」

 

そんな時もあったなぁ。

 

裸ん坊になって抗議するなんて...子供っぽいにもほどがある。

 

恥ずかしさのあまり、僕の頬はぼっと熱くなった。

 

「チャンミンの手続きが済んだと、彼女は報告にきてくれたんだよ」

 

「...そうだったんですか」と頷きかけてすぐ、疑問が湧いてきた。

 

僕の気持ちを読んだお兄さんは、「ふふん」と笑った。

 

「こういう時、リッチだと助かるよね。

俺ってほら、狡いから」

 

「僕はズルいお兄さん、大好きです」

 

「兄弟にしておこうかと思ったけれど、それじゃあね...のちのち困るから」

 

「?」

 

「分かるだろ?」

 

「分かるって...何をです?」

 

「分かってるくせに」

 

「分かりませんよ。

教えて下さいよ」

 

とぼけているのではなく、お兄さんの話の意味がホントウに分からない。

 

お兄さんはふっと笑って、僕の乳首をこそこそくすぐった。

 

「ひゃっ」

 

「そのうち分かるよ」

 

「ケチンボですね」

 

「買い主の話に戻ろうか。

あることを条件に、俺はその人に買われた。

俺は...その人の『孫』になったんだ」

 

全く予想もしなかった突拍子もない話に、僕は絶句する。

 

「まご...?」

 

「血の繋がりなど、全くないよ。

その人とは店で知り合い、その人にレンタルされた。

何度目かの時に、身請けが決まった」

 

「凄い...」

 

『犬』の夢は、店を出ること。

 

それは、客のショユーブツになることで、店で『犬』を続けるのと身分は変わらない。

 

それでも、店にいるよりも断然いい。

 

お客だったお兄さんと初めて出会った日、僕は彼におねだりしたんだった。

 

『レンタルだなんて言わずに、僕を買い取ってくださいよ。

僕をここから出して下さいよ?

お兄さんの家に連れて帰って下さいよ?』

 

無理だと分かっていたけれど、半分は本気でお願いしていた。

 

店を出たくて仕方がなかった。

 

あの頃の僕と今の僕。

 

ウンデイノサだ。

 

「条件のよさに、『犬』たちは俺を羨んだ。

俺を家族として迎え入れるのだからな。

夢物語だよね」

 

「『孫』になって欲しいって?」

 

「そうだ。

その時、俺は新しい名前を与えられた」

 

「『ユノ』っていうのは?」

 

「親が付けてくれた本当の名前だよ。

でも、身請けの時に、新しい名前を与えられたんだ。

悪い言い方をすれば、その名前を名乗れと強制されたんだよ」

 

「......」

 

「俺を孫に仕立てないといけない事情が、買い主にはあったってこと。

俺は感心したよ。

こんな『犬』の使い方もあるんだなぁと...なんて、呑気なことは言っていられなかったのが現実の話。

俺を『孫』にしたがったワケを教えてあげるよ」

 

ブーブーとフローリングの床を振動させる物があり、お兄さんの話は中断した。

 

エッチの時脱ぎに脱ぎ捨てた、お兄さんのズボンの中のスマートフォンだ。

 

コール数回は無視していたけれど、鳴りやまないスマホにお兄さんは「ちっ」と舌打ちをした。

 

「ちょっと待っててくれる?」

 

僕の腕の中からお兄さんは抜け出ると、スマホを持って寝室を出て行った。

 

 

(つづく)

 

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