(45)あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

お兄さんの電話は未だ終わらず、僕はベッドで彼を待っていた。

 

その間、僕は考えていた。

 

お兄さんへの誕生プレゼントを何にしたらいいか、ずっと考えていた。

 

あの手紙の登場により、ハンマーでガツンと殴られたかのような衝撃を受けた。

 

なぜなら、ちらとでも愚かな考えが浮かんでいた自分に、反吐が出そうだったからだ。

 

『犬』の過去なんて大したことなく、身体を売ることもどうってことないと信じたかったことから生まれた考え。

 

愚かな考えとは、つまり...プレゼントを買うために、一時的に『犬』になる。

 

お兄さんにお礼がしたかったんだ。

 

困ったことに、僕は仕事をしていないからお金がない。

 

クレジットカードというものをお兄さんから渡されていたし、インターネットで何でも注文できるし、寝室の金庫にはお金が沢山詰まっていて、自由に使っていいと言われていた。

 

お兄さんのお金でお兄さんのプレゼントを買うなんて、変な話だなぁと。

 

それならば、こういう手段もあるな、と思ったのだ。

 

実際に行動に移すことは絶対にしない。

 

しないけれど、『犬』になればお金を稼げるなぁと、ちらっと思ってしまったのだ。

 

お兄さんに大事にされている僕の身体を、ケガすわけにはいかない。

 

それ以上に、お兄さんをケガす行為だ。

 

とは言え、こんな思考回路が生まれてしまう僕は、根っからの『犬』だ。

 

情けなく思っていたところに、手紙の登場だもの。

 

いっぱい助けてもらって、今回もお兄さんに救われた。

 

あの手紙を読んで、いかに自分が長年にわたって傷ついてきたのか、気付かせてくれたお兄さん。

 

加えて、『犬』であった過去と向き合わないと、新しい自分になれないことを教えてくれたお兄さん。

 

僕に夢が出来た。

 

賢くなってお兄さんを助けてあげたいな。

 

僕にできることは限られているけれど、今みたいにお兄さんの話を聞いて、頭を撫ぜ撫ぜしてあげることなら出来る。

 

まずは、感謝の気持ちを表したいなぁ、と思ったのだ。

 

誕生日に素敵なものを贈りたい。

 

そういう訳で、それを何にしようかずっと考えていたのだ。

 

 

通話を終えたお兄さんが、僕の腕の中に戻ってきた。

 

お兄さんの髪からふわりと、僕と同じシャンプーの香りが漂った。

 

こんな時、「ああ、僕らは同じ家に暮らしているんだなぁ」と実感する。

 

僕が思う『家族』とは、ひとつ屋根のもとに暮らす者たちを言うものだと思っていた。

 

お兄さんにうんと大事にされているうちに、僕の方だって彼を大事にしてあげたいし、この先何年も、彼の隣で生きてゆきたいし...こういうのが『家族』なんだろうなぁと、考えがステップアップした。

 

お兄さんがいてくれるから、ホンモノの家族なんていらない。

 

命の危機にさらされる経験は未だかつてしたことはないけれど、もしそんな場面に立ち合った時は、命がけでお兄さんを守ると思う。

 

お兄さんは僕の『家族』なんだもん。

 

...なんて、映画の受け売りだけどね。

 

 

「大事な用事だったのですか?」

 

「どうして?」

 

他人と会話するのは苦手だと、お兄さんは仕事の用事はすべてメールで済ませていて、彼の電話も滅多に鳴らない。

 

寝室を出ていってから20分経っても戻ってこなくて、珍しいなぁと思ったのだ。

 

「長いなぁと思って...仕事のトラブルなのかなぁ、って」

 

お兄さんはふっと笑い、

 

「ちょっとだけね。

解決したから、心配はいらない。

チャンミン、俺の肩を抱いて。

話の続きに戻るよ?」

 

「はい、聞きたいです」

 

「俺が買い主の孫になったのは単純な理由だ。

買い主はとても裕福な人だった。

プラス、家族は孫だけだった。

チャンミンは相続の順番って、分かるかな?」

 

「なんとなくは」

 

「買い主には甥や、亡き兄の孫もいたから全くいない訳じゃない。

最も近い血縁者は孫だった。

俺が買い取られた時、孫は生きていた。

財産が欲しい者にとって、買い主の孫は邪魔な存在だよね。

彼らにとってラッキーだったのは、孫は回復の余地のない病に侵されていた。

買い主より先に孫が亡くなった時、財産はどこにいく...?」

 

「金のモージャ」

 

「うまいこと言うね」と、お兄さんはくすくす笑った。

 

「『犬』だった俺はこの世に存在していないことになっている。

年齢も背格好も似ていた。

最低限のマナーは備わっていた。

買い主は何が何でも、財産を奴らに渡したくなかったんだね。

俺を買って替え玉に据える買い主自身も、金の亡者とも言える。

意地だね」

 

「そんなに簡単にいくものなんですかね?」

 

「単純な作戦だからうまくいったのだと思う。

なんせ彼には金がある。

孫は家の外にほとんど出たことがないというし、意地汚い親戚たちは相続の可能性が浮上するまでは、買い主に接近することはなかったらしい。

孫が亡くなった時、俺は彼の戸籍を引き継いだ。

期間限定のことだって、話したよね?」

 

「はい」

 

「俺がお役御免になる時とは、買い主が亡くなるまでだった。

俺は彼の財産を受け継いだ。

...これが俺が大金持ちになった理由。

『犬』のくせにね」

 

「それじゃあ...もし、買い主が何十年も生きたらどうするの?

お兄さんはずーっと、買い主のところに縛られるんでしょ?」

 

「じーさんだった。

俺を買った時、買い主は80を超えていた」

 

「!!!」

 

「不幸度は比べるものじゃないが、俺はチャンミンよりマシだったのかな?」

 

「...首輪を付けられていましたか?」

 

「いいや。

ただし、一歩も家から出てはいけなかった。

一歩も。

俺が本物の孫じゃないとバレたら大変だ。

まぁ...今も引きこもり生活みたいなものだけどね」

 

「...どれくらいでしたか?」

 

「...7年...かな」

 

「!」

 

「7年...も家の中に?」

 

「ああ」

 

「その間、ユノじゃなくて、違う名前で呼ばれていたんですよね?」

 

「そうだよ」

 

僕の目から涙があふれこぼれるまで、あっという間だった。

 

お兄さんを力一杯抱きしめた。

 

僕よりも辛い目にあったのに、お兄さんはどうして優しくて大きいのだろう?

 

お兄さんの存在に甘えて頼ってばかりじゃ駄目だ、僕も強くならないと。

 

僕は心に決めたのだった。

 

 

(つづく)

 

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