(26)あなたのものになりたい

 

 

~チャンミン~

 

お兄さんが僕だけじゃなく、この店まで買い取った理由は分かったよ。

 

僕が『犬』時代の過去を引きずってはいけない、と僕を思ってしたんだよね。

 

僕のやること成すことに『犬』の名残を見つけてしまい、何とかしてやりたい一心だったのだろう。

 

お兄さんは僕のために一生懸命だ。

 

こうなったらいいなぁ、と何の気なしに口にしてしまったことも、お兄さんは実現させようと即実行だ。

 

「ただの独り言です」と言って、手配の電話を入れようとするお兄さんを止めることもしばしばだった。

 

僕だけじゃなく、この店も『犬』たちも全部、買い取ってしまったお兄さん。

 

僕のためもあるけれど、お兄さん自身も過去をセイサンしたかったんじゃないかな。

 

こんなことまで考えが及ぶようになれるなんて...お兄さんのおかげだ。

 

お兄さんに大事にされるうちに、優しい心が宿ったんだ。

 

他の『犬』たちを蹴落とすことしか考えていなかった僕だったのに。

 

僕もお兄さんをうんと大事にしてあげなくっちゃ。

 

お兄さんの好意を呑気に受け取っているだけじゃ駄目だ。

 

喉仏の上で揺れるダイヤモンドに触れた。

 

「俺に何かがあった時、このダイヤモンドが生活を保障してくれる」と、以前話していた。

 

僕に何かあったとき、お兄さんに託せるものはあるのだろうか。

 

何か形として残してあげらえるものはあるのだろうか。

 

僕はお兄さんを力いっぱい抱きしめた。

 

お兄さんの首筋に鼻をくすりつけた。

 

憐れまれることこそ、憐れだと思っていた。

 

近頃は、お兄さんこそ憐れだと思うようになった。

 

 

 

「ごめんな」

 

謝るお兄さんに、僕は「謝らないでください」と激しく首を振った。

 

「謝る必要がどこにあるのです?

お兄さんは僕に対して、何か悪いことをしたのですか?」

 

「挙げだしたら沢山あると思う。

俺のやったことは偽善、だってな。

『偽善』の意味は分かるか?」

 

「...いいえ」

 

「いい人だと思われたくて行動することだよ。

相手からのリターンを期待してする行動だ」

 

「お兄さんは『いい人』だと思われたくて、店と『犬』を買ったんですか?」

 

「いいや」

 

「じゃあ、偽善じゃないです」

 

「誰かを助けることもできるし、傷つけることもある行為でもあるんだよ」

 

「買いたかったから買ったんですよ...お買い物です。

それだけのことです。

考え過ぎなんですよ」

 

お兄さんの背中に回していた片手を持ち上げ、恐る恐る、彼の後頭部を撫ぜた。

 

立場が逆転して、撫ぜられるばかりだった僕がお兄さんを撫ぜている。

 

嫌がられて手を跳ねのけられるかもしれない。

 

お兄さんの頭は小さくて、人形みたいに整った顔をしていて...こんなに綺麗な人が『犬』だったなんて...悲しくなった。

 

僕は『犬』から抜け出し手助けをしてもらったけれど、お兄さん自身が『犬』を卒業した時、そばで支えてくれた人はいただろうか?

 

...誰もいなかっただろう。

 

お兄さんはじっと、僕に撫ぜられたままでいてくれた。

 

「ねえお兄さん。

お兄さんは賢すぎるんです。

ヒカンテキなんです」

 

最近覚えたての言葉を使ってみせると、お兄さんはふっと笑い、その吐息が僕の耳に届いた。

 

「僕みたいにノーテンキでいなくっちゃ」

 

僕はお兄さんにもたれかかっていた身体を起こし、水槽の通路まで彼の手をひいた。

 

今すぐお兄さんを癒すには...。

 

僕は穿いていたズボンを膝まで下ろすと、水槽に両手をついた。

 

お兄さんは僕の突然の行動についてゆけずにいる。

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

俺の手はチャンミンのそこへと導かれた。

 

チャンミンの手は俺のそこを撫ぜ上げる。

 

俺は低く呻いて、チャンミンの背に覆いかぶさった。

 

思い出したくもない、憎むべき場所。

 

誰かに見られる恐れはないのに、いけないことをしている意識が俺たちの欲を刺激した。

 

元『犬』同士が、『犬』になっていたこの地で、『犬』のように抱き合うのだ。

 

俺たちの出逢いの場。

 

割れ目に先を押し当てたが、潤いが足りない。

 

俺はその場で膝をつき、チャンミンの奥へ舌を這わした。

 

「やっ...ダメ、ダメで...」

 

逃げようとするチャンミンの腰を掴み、谷間を広げ、その底に吸い付いた。

 

チャンミンは後ろに手を伸ばして、俺の頭を除けようとしている。

 

「ダメ...ダメ」

 

その制止の言葉もうわべだけのものとなった。

 

今にも折れてしまいそうに、膝頭が震えている。

 

シワを一本一本、伸ばすように丹念に舐め上げた。

 

針ほどだった穴も緩んできて、ねじこむ必要がなくなった。

 

「口が開いてきたぞ」

 

濡れそぼったそこに指を足す。

 

憎むべき場所で俺たちは、繋がろうとしている。

 

心理的な抵抗感よりも肉欲が増してしまうのは、『犬』だった性なのか。

 

違うね。

 

俺たちのセックスには屈折したものはない。

 

愛情の確かめ合いは当然のことで、もっと単純なワケがある。

 

俺はチャンミンを攻めるセックスが好きなのだ。

 

チャンミンの恍惚とした表情を見ればすぐにわかる。

 

チャンミンも俺に攻められるセックスが好きなのだ。

 

 

(つづく)

 

 

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