~チャンミン~
僕のお尻から生暖かいものが溢れだし、内ももから膝へと滴り落ちる。
排出したいのを耐えてきたけど、もう限界だった。
恥ずかしさのあまり、涙がにじんできた。
お兄さんはちょうどよい温度のシャワーと優しい手つきで、僕の中を綺麗にしてくれた。
さらには、緩んだ穴にお兄さんの舌がぬるりと忍び込んできさえした。
「生きる術の不足した者を、自由にした。
俺がしたことは、ありがた迷惑だったかもしれない」
それは独り言のようだった。
僕に聞かせるというよりも、自分で言い聞かせているかのように聞こえた。
お兄さんが心配になって後ろを振り返ると、彼は泣いていた。
「...お兄さん?」
「でもね、あそこはいけない。
あんなところにいたら、いけないよ」
その理由は、あの場に居たことのある者じゃなければ理解できない。
分かるよお兄さん、僕なら分かる。
僕はお兄さんの気持ちを、もっと分かってあげたい。
なぜなら、お兄さんは頭が良すぎて、心配ごとや悩みごとを僕の何倍も沢山、抱えてしまう人だ。
僕の能天気さをモノサシの基準にしてしまったら、「お兄さんったら、難しく考え過ぎですよ」と豪快に笑って背中を叩いてしまいそうだ。
...そうじゃなくて、想像力を働かせるんだ。
隣の誰かが何を思い、何を感じているか無関心に生きてきた。
さらには、僕が何を思い、何を感じているのかも意識の外に追い出してしまっていた。
思考を...人間を捨てて、感覚と欲だけに生きる犬になろうとしていた。
僕はもう、『犬』じゃない。
お兄さんが何を思って、犬たちを解放したのか、その結果、何に思い悩んでいるのか...想像しろ。
僕はお兄さんとえっちをするために、ここに居るんじゃないだ。
お兄さんから与えられる強烈な快感に溺れるだけが、彼の隣にいる幸せじゃないんだ。
同じ境遇に生きてきた僕らだけど、それについての感想文がそれぞれ違う。
お兄さんは優しい。
『犬』を続けてゆくには、優しすぎた。
優し過ぎるあまり、『犬』を卒業した今も苦しんでいる。
僕のお尻を洗いながら、昔のことを思い出してしまったんだね。
「...お兄さん」
僕はお兄さんの手からシャワーを取り上げ、その場にしゃがんだ。
むせび泣くお兄さんの肩を抱き寄せて、その小さな頭を撫ぜた。
・
湯上りの僕たちは、バスタオルを腰に巻いただけの恰好で、バルコニーのデッキチェアに横になっていた。
星がきらめいているはずの夜空は、人口500万人都市の灯りで霞んでいた。
僕もお兄さんもよく冷えたビールのグラスを傾けていた。
涼しい夜風が、シャワーを長く浴び過ぎて茹だった身体を心地よく冷やしてくれる。
ざわざわと屋上庭園の草木の葉がこすれる音も、小池にちょろちょろと注ぐ水音も耳に涼やかだった。
「自由とは心細いものだ。
俺は金という力で、その心細さをシールドした。
その心細さを知っていながら、この店の『犬』たちを野生に放した。
恋は盲目だな。
俺にいくら金があっても、この世の全ての『犬』を身請けすることはできない。
どこかで聞いたことがある考えだな、これは?
全ての捨て猫を、俺一人で救うことはできないけれど、一匹の猫なら引き受けることができる。
たかが一匹されど一匹だ」
この台詞も独り言のようだった。
「お兄さん、もう言い訳しなくていいですから」
「え...」
「僕にはギゼンとかどうでもいいし、意味が分かりません。
先の先まで心配してしまったら、身動きできません。
店を出た時、そこからどうするかは彼らの責任です。
あの店の中で生き残れたんですから、彼らはそこまでやわじゃないですって。
大丈夫です」
僕は力強くうなずいてみせた。
「僕はお兄さんに賛成です。
お兄さんのすること全部に、大賛成です」
「『自分だったら、こうされたら嬉しい』と思うことをしたんだ。
俺だったらあんなところ、出たくてしかたがなかった。
だから、彼らを自由にしたんだ」
強い口調だった。
「それでいいのではないでしょうか?」
お兄さんのホッとした顔に、僕の方こそホッとした。
今夜の僕は、お兄さんのお兄さんみたいだった。
~ユノ~
あの類の店を手に入れて解散させるには、少々ヤバ目なこともする必要があった。
独りだった時なら、捨て身な覚悟でいられたが、今は違う。
チャンミンがいる。
身辺を気を付けなければ...。
俺に何かあったらチャンミンが困るし、チャンミンに何かあったら、俺は苦しむ。
(つづく)
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